TOKIO 長瀬智也、雄々しさあるスタイルでアイドルの概念を広げた存在にーー退所発表を機に辿る軌跡

 来年3月いっぱいでジャニーズ事務所を退所することを発表したTOKIOの長瀬智也。突然のことで未だ受け入れられない人も多いことだろう。1994年のCDデビュー以降、バンドに俳優、バラエティ番組とたくさんの景色をみせてくれた長瀬のこれまでの軌跡を辿ってみたい。

 長瀬は1978年生まれの41歳。TOKIOの中では一番年下で、リーダーこと城島茂とは8歳の年齢差がある。グループの末っ子ではあるものの、183センチというジャニーズの中でも群を抜いた長身。年齢と共に貫録が出て、特にここ数年は髭やオールバックと渋さが増している。

 TOKIO加入前の長瀬といえば、サラサラヘアのさわやかな“美少年”という風貌で、高校時代はスケボーで通学しているとアイドル雑誌で明かしていた。(ちなみにお姉さんと登場したこともある)

TOKIOと音楽

 アイドルとして当時はまだ珍しかった、バンドスタイルのTOKIO。サポートとして長瀬が加入した頃はタンバリンを担当していたが、メインボーカルにギター、いまでは作詞・作曲も手掛けるなど、音楽を追求し続けてきた。

 レーベルも、1994年のTOKIOのCDデビューから2000年までがソニーレコード、2001年から2007年までをユニバーサルミュージック、2008年からはジェイ・ストームに所属。レーベルの移籍がTOKIOの音楽に影響をもたらしてきたようだ。

 『日経エンタテインメント!』(2014年8月号)「TOKIOが築いた20年」では、TOKIOの音楽性について語っていた。ソニー時代には譜面の読み方など音楽の基礎を一から学び、レコーディングから楽曲提供のシステムなど、音楽業界というものを学んだという。ユニバーサルに移籍した頃からは、演奏や音など、音楽へのこだわりが出始めたと長瀬。オリジナルを追究することを志した時期ではあったが、楽曲提供を受けたヒットしたこともあり、「試聴する人たちと僕らの間に、けっこう温度差があった時代かもしれない」と振り返っていた。

 TOKIOとして、最も売り上げ枚数を記録したのがデビュー曲「LOVE YOU ONLY」。2014年開催の音楽フェス『JOIN ALIVE』に出演した際には、オーディエンスによるダイブが起きるなど大盛況だったという。デビュー当時は夢にも思わなかった景色だろう。記録も大切だが、人々の記憶に残る楽曲もそう簡単なことではない。