長谷川白紙の音楽が開かれたポップスとして成立する所以 『夢の骨が襲いかかる!』に表れた“生身の発声とリズム”
相対性理論の「LOVEずっきゅん」のカバーでは、速いテンポでのテクニカルな演奏のなかで、浮遊感のある発声で流れるように歌う。かと思えば、〈消えてゆく〉の「く」を執拗に繰り返し、最初のサビ終わりの〈ずっきゅん〉の「きゅ」を息の漏れるような声で伸ばす。
「LOVEずっきゅん」は普段の長谷川の楽曲にみられる発声が使われているが、この作品ならではの声もある。サンボマスターのカバー「光のロック」では、息が切れたように声を震わせ、最後の〈落ちていく〉の「く」はザラついた声でビブラートをかけながら音を伸ばす。サカナクションの「セントレイ」のカバーに至っては、歌詞を一音一音丁寧に発声し、声を張り上げる歌唱を見せている。
このように彼は本作に収録された発声を楽器のように自在にコントロールしながら、原曲とはまったく違う味わいに仕上げているのである。
また収録されたカバーソングたちからは、長谷川の歌のリズムの独特さも露わになっている。前述の「LOVEずっきゅん」一つとってもそうだ。サビで繰り返される〈ラブ〉というフレーズも、やくしまるえつこの歌唱では言葉をはっきり区切るのに対し、長谷川は息を「ブ」の音を次の言葉にかかるギリギリまで伸ばしている。また、反復される言葉のリズムは必ずしも一定ではない。この歌のリズムの自然な「揺らぎ」は、「旅の中で」(崎山蒼志)のサビ頭の〈おーおーおー〉というフレーズの反復や、「ホール・ニュー・ワールド」(Aladdin’s Theme)の無音に近いタメからも感じ取ることができる。この長谷川がみせる「揺らぎ」こそが、実は彼の音楽の本質を表現しているように思える。
長谷川は以前、インタビューにて、このように発言している。
「歪んでいるところがあるから整然としている部分も認識できるのであり、音楽の根源的な『緊張と弛緩』という概念も含め、『歪み』は非常に広大な範囲の音楽にアクセスできる軸だと思います」(参考:Kompass)
ここで言われている「歪み」はそのまま、彼の歌における「揺らぎ」に置き換えても成立するだろう。彼は同インタビューで「音楽を進行させる上で最も強い力は落差」だと述べているが、『夢の骨が襲いかかる!』のカバーにおける長谷川のリズム解釈は、まさにそうした落差ゆえの推進力を感じさせる。
このアルバムの収録曲を聴いたのちに、再度過去の長谷川白紙作品を聴き直してみる。すると、彼の歌がいかに楽曲の根幹を為しているかがわかる。トラックの音像に合わせて自在に変わる声、そして複雑なリズムのなかで生まれる歌の揺らぎ。情報量の多いトラックのなかに埋もれてしまっているように思えた声が、立体感を帯びたものとして聴こえてくる。
ちょうど彼はフィジカル盤リリースにあたって、新しいアーティスト写真を公開した。その写真では、今までのようにイラストではなく、生身の長谷川の姿を加工したものが用いられた。
このアーティスト写真が象徴するように、『夢の骨が襲いかかる!』は彼のシンガー、音楽家としての生身の魅力を露わにしたアルバムなのである。
■吉田ボブ
音楽ライター。1997年生。国内外のポップミュージックについてジャンル問わず執筆・インタビューをしている。カルチャー・エッセイ集団アララ(@alalanote)として、音楽、映画、テレビ、ラジオ、文芸、お笑い、マンガについてのブログを更新中。
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