橘慶太の「composer’s session」:Night Tempo
w-inds. 橘慶太×Night Tempo対談【前編】 サウンドメイクのこだわりと独自のジャンルを更新することの難しさ
w-inds.のメンバーであり、作詞・作曲・プロデュースからレコーディングにも関わるクリエイターとして活躍中の橘慶太。2020年3月にはKEITA名義で4年ぶりとなるソロアルバム『inK』をリリースするなど、積極的な音楽活動を行っている。そんな彼がコンポーザー/プロデューサー/トラックメイカーらと「楽曲制作」について語り合う対談連載「composer’s session」。第6回は外出自粛期間を利用して韓国在住のプロデューサー/DJであるNight Tempoとのリモート対談を行った。
「フューチャーファンク」の代表的人物として知られ、80年代のシティポップ、昭和歌謡、和モノ・ディスコチューンを再構築した「昭和グルーヴ」という新たなジャンルを追求するNight Tempo。一度は諦めた音楽の道を歩みだした経緯、敬愛する日本のアーティストのレコーディングを学びながら独自のサウンドを作り出す彼の楽曲制作のスタイルについて、橘慶太が様々な角度から質問を投げかけていく。(編集部)
日本の昭和の音楽との出会い
橘:はじめまして。w-inds.の橘慶太です。Night Tempoさんよろしくお願いします。
Night Tempo:よろしくお願いします。Night Tempoと申します。
橘:みなさんに最初に聞いているのですが、まず音楽に興味を持った時期や音楽を始めたきっかけから教えていただけますか?
Night Tempo:もともと僕はプログラマーの仕事をする会社員だったんです。2013~2014年あたりから仕事に余裕ができて、体を動かさずにできる趣味はないかと考えた時に、昔から音楽を聴くのが好きで音作りをやりたかったことを思い出して、趣味として音楽を作り始めました。
橘:子供の頃から音作りに興味があったんですか?
Night Tempo:はい。でも中学の時に音楽をやりたいと言って反対されたことがあって……その時に一度音楽という夢を諦めているんです。自分も大人になったし、もう少し遅くなったら何かを新しく始めるのは難しいんじゃないかと思ってそのタイミングで始めることにしました。最初は軽い気持ちでYouTubeなどにある音楽を真似しながら作りましたね。Daft Punkや角松敏生さん、山下達郎さん、フランスのハウスと日本の昭和歌謡、ニューミュージックのシーン、それぞれからすごく影響を受けています。
橘:ジャンルとしても昔からフレンチハウスと日本の昭和の曲が好きだったんですか?
Night Tempo:そうです。
橘:なるほど。韓国で生活をしていて、日本の昭和の音楽をどうやって知ったのかが気になります。フレンチハウスはなんとなくわかるんですけど。
Night Tempo:お父さんからもらったお土産のCDですね。
橘:日本に来ていたんですか? お父さん。
Night Tempo:仕事の都合でよく日本に行っていました。日本の音楽をいいなと思ったのはその時で、もっと掘り出したり聞くようになったのは2000年代の中頃。大人になってインターネットなどで情報を探せるようになってからです。そこからカセットテープをたくさん集めて曲を聞いてみたり、関連あるアーティスト同士で組み合わせてみたり、マニアックなリスナーとして楽しんでいました。
橘:そうやって昔から聞いてきた好きな音楽の感覚やジャンルを取り入れながら自分の音楽を作り始めていったんですね。
Night Tempo:はい。おいしいものだけを食べるような考えで、自分が好きなテイストだけを持ってきて作り始めたのが、そのまま僕の音楽ジャンルになりました。ネット上でフューチャーファンクと呼ばれているジャンルがありますが、そこで呼ばれている音楽性とは少し違って、僕はもうちょっと和の色を出しながらフレンチの作法で作っていて。それがNight Tempoの色だと思っています。
橘:きっと僕より日本の昭和の音楽に詳しいんだろうなと思うぐらい、日本の昭和のメロディを生かしながら、Night Tempoさんの色のトラックを作っていますよね。初めて聴いた時は衝撃的でした。
Night Tempo:最初は「原曲とあまり変わらないんじゃない?」とか、いろんな意見がありました。リスナーの中に「なぜこうしたのか」という理解がない状態だったので。でも続けていくうちに「なぜこういう風に、こんなかたちにしたのか」をわかってくださる方が増え始めて、いろんな国の方にサポートしていただいて自信がでました。せっかく応援してくださる方が多くなっているから、1年くらい音楽に集中して自分なりの答えを出してみようと思ったのが2018年です。仕事も忙しかったのですが、いったん休ませてもらって音楽の道に進みました。
最初の目的は1年間勉強や自分ができそうなことをやり続けて、年末くらいにある程度形にできたらいいなと。だから『FUJI ROCK FESTIVAL』に出たり、ツアーを回るようになったり、『ザ・昭和グルーヴ』というプロジェクトが続いていい結果が出るようになったり、というのは当初の自分のプランにはなかったことです。今は音楽100%で進もうと思っています。
橘:『ザ・昭和グルーヴ』の第5弾『斉藤由貴 - Night Tempo presents ザ・昭和グルーヴ. 斉藤由貴 -』を先日リリースしましたよね。この作品でこだわった点はありますか?
Night Tempo:最初は有名な曲を2曲選んでいたんですけど、自分はいろいろな曲を紹介しようと思っている立場なので、今まで知られていなくても自分的に「若い人にも分かりやすく聞いてもらえるかも」と思った曲を最終的に選びました。「卒業」はもともとすごくいい曲でみなさんも知っているから聞きやすいですし、「ストローハットの夏想い」はアルバムの中の1曲ですが、個人的にすごくいい曲だと思っていて。これはみなさんに絶対聞いてもらいたいと思ってピックアップしました。
「ストローハットの夏想い」で初めて90年代のヒップホップっぽい古いドラムサウンドを入れて、ローテンポのーージャンル的になんと言えばいいかわからないんですけど、「昭和グルーヴ」という自分のカテゴリーの中では「昭和ホップ」と言えばいいのかなと思うんですけどーーすごくゆっくり聞ける美しいサウンド、寂しくて美しいサウンドの曲になりました。去年、杏里さんの「Remember Summer Days」という曲をリエディットしてすごく反応がよかったんですけど、それと少し似たような感覚があります。
リリースしてから2週間くらい経ちましたが、いろいろなところでピックアップされています。すごく面白いのがブランドのH&Mのグローバル・インストア・プレイリストに選ばれたこと。斉藤由貴さんの昭和ポップスが、他のおしゃれな洋楽曲の中に混ざって流れるというのはとてもうれしいことです。シティポップのような音楽を好きな人たちは有名な曲以外にもいい曲であれば聞いてくれるんだな、ということを今回確認できたと思います。
橘:シティポップは世界中にリスナーがいますが、ここまで世界的に人気が広がった一番の要因はなんだと思いますか?
Night Tempo:みなさんご存知のとおり、きっかけは竹内まりやさんの「プラスティック・ラブ」ですよね。YouTubeにはカラオケバージョンが前から上がってたんですけど、エディットして紹介したのは僕が初めてでした。最初からすでに何カ月も数十万回再生されていて、そのあと1年後くらいにオリジナルが上がって、それがいろんなところに出回って一緒に伸びていきました。それを機に山下達郎さんや杏里さんなどの夏だけどちょっと懐かしさのある曲、80~90年代のアニメーションのビジュアルと似合っていた曲たちが一緒にどんどん広がり始めて。ネットでは2017年がクライマックスで外国での流行はいったん落ち着いたんですけど、それが2018年頃から日本や韓国に流れてきて。外国で流行っていた曲たちが逆輸入されたかたちですね。日本の中でも「日本の音楽が海外でやっと認められた」という反応が出てきて、国内でもすごく推していたと思います。
それとともにレトロブームが訪れました。レトロブームの要素となるアイテムは、ラジカセ、カセットテープ、ウォークマン、ほとんど日本のものなんですよね。昭和レトロが海外に広がって海外でウケたことで日本でも若者たちがトレンディなおしゃれなものとして扱うようになった。いろんなところで小さい爆弾が同時に爆発することで全体でいい流れが生まれたんだと思います。
橘:カルチャーも結びついたことでどんどん広がりを持ったということですね。
Night Tempo:そうだと思います。シティポップを音楽的に好きな人ももちろんたくさんいますが、ビジュアルに惹かれて一緒に好きになった人も多かったと思いますね。