コロナ禍のなかで生まれた新たな音楽体験ーートラヴィス・スコット『Astronomical』を機に考えるライブの可能性

バーチャルでの体験が現実での体験を凌駕する

 『Astronomical』が真に画期的なのは、これまでに実施されてきたバーチャル空間上でのライブとは異なり、"もはや現実世界のライブの代替ではない"という点にある。バーチャル空間でのライブやインタラクティブな音楽体験というのは、YouTube等の配信サービスやVR/AR技術を中心に、これまでも数多く行われてきていた試みだ。しかし、それらの多くは、バーチャル空間上でライブ会場を再現する、あるいは中継するといった内容に留まっている。前述のMarshmelloのパフォーマンスについても同様で、あくまで前提は現実世界にあり、それをいかに再現するか、あるいはどのように演出を行うかが主な目的となっていた。

 しかし、『Astronomical』では開始早々に数百メートルはあるであろう超巨大なトラヴィス・スコットがゲームフィールドに降臨し、楽曲に合わせて動き出す。さらに、彼がジャンプするとプレイヤーも合わせて空中へ放り投げられ、スカイダイビングやスイミングなど様々なシチュエーションのなかで自ら操作して探索することになる。いつものゲームフィールドも楽曲展開に合わせて原型を留めないレベルで見た目を変え続け、最後には宇宙空間へ放たれてしまう。『フォートナイト』全体がトラヴィス・スコットの世界観一色に塗り替えられたのだ。

 これらは、現実世界ではできないことも可能にしてしまう、ゲームだからこそ実現できるパフォーマンスであり、ついにバーチャルでの音楽体験が現実を凌駕する日が来てしまったわけである。今後、トラヴィス・スコットの実際のコンサートに足を運んだ人々が、"ゲームの時と比べて物足りない"という感想を抱くという可能性も決して否定することはできない。あるいは今回のパフォーマンスで自身のクリエイティビティを限界まで炸裂させたトラヴィス・スコット本人ですらそう感じてしまうかもしれない。それは『Astronomical』を体験した他のアーティストやファンにも言えることであり、今後全てのライブパフォーマンスはゲームと比較されることになったというわけだ。

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