アルバム『Wired Future』インタビュー
楽曲制作における“ミキシング/マスタリング”の重要性とは? PAX JAPONICA GROOVEが語る、海外エンジニアから受けた刺激
00年代後半にSTUDIO APARTMENTやDAISHI DANCEらが所属するレーベルの新鋭として話題を呼び、2013年に自身のレーベル「Office Premotion」を設立。現在までに9枚のオリジナルアルバムを発表し、teamLabの展示作品の音楽や、旅客機のボーディングミュージックへの採用などでも知られる黒坂修平による音楽プロジェクト、PAX JAPONICA GROOVE。彼が10作目となる最新オリジナルアルバム『Wired Future』を完成させた。
この作品では、海外での活動も視野に入れ、実際に欧米の様々なクリエイター/DJ/エンジニア/パブリッシャーと2年にわたり制作。代名詞とも言えるピアノハウス的な楽曲に加え、The Chainsmokersなどを筆頭にした現在のEDMの要素も取り入れて、音楽性の幅を広げている。新作完成までの経験は、アルバムにどんな影響を与えたのか。本人に話を聞いた。(杉山仁)
“チャゲアス”からスタートした音楽人生
――黒坂さんの音楽は、ハウスを筆頭にしたクラブミュージックをベースにしつつも、色々な音楽の要素が入っていると思うので、これまでどんな音楽に触れてきたのかが気になります。最初に音楽に魅力を感じたきっかけはどんなものだったんでしょう?
黒坂修平(以下、黒坂):僕はもともと、小学校1年生ぐらいの頃に光GENJIが好きだったんですけど、3~4年生になってCHAGE and ASKAの曲に出会って、「この音楽、すごいな」と思ったんです。そのとき「チャゲアスみたいになりたい」と思ったのが、音楽に興味を持つきかっけでした。しかも、その後ASKAさんが光GENJIの曲をつくっていたことを知って(「パラダイス銀河」や「ガラスの十代」など)、驚いて。あれは今までで一番驚いた瞬間かもしれません(笑)。
――自分が好きになるものに、何か傾向はあると思いますか?
黒坂:よくも悪くも何か特定のものだけにこだわるようなタイプではないのかな、とは思います。もちろん、音楽は好きですけど、大学時代にバンドをしていたときも、それもみんなで集まってワイワイすることも含めて魅力を感じていたので、音楽だけに興味を感じるかというと、全然そうではなかったりもして。色んな音楽や色々なものを好きになるところがあるので、中学に入ると、BostonやAerosmithのようなロックバンドや、Roxetteも聴くようになって、洋楽にも興味を持ちはじめました。OsannaやSoft Machineのような、プログレも好きでしたね。でも一方で、流行りのJ-POPももちろん好きで。そして、大学に入って、アシッドジャズも聴くようになるんです。
――なるほど。そこでクラブミュージックとの距離がぐっと縮まったんですね。
黒坂:そうなんです。IncognitoとThe Brand New Heaviesにかなり衝撃を受けました。でも、基本的に、何か特定のルーツがあるわけではなくて、色んなものを自然に聴く中で、その要素を取り込んでいるんだと思います。僕は音楽をつくりはじめた頃から、コピーをしたことも全然ないですし、その時々で、自分の音楽に色んな要素を加えている感覚ですね。
――では、新作『Wired Future』について色々と聞かせてください。つくりはじめる際に、何か考えていたことはありますか?
黒坂:2年前のアルバム『PIANORIUM』は、自分の手癖が強く出た作品だったので、今回はそれとは違うものをつくりたいと思っていました。そこで、今回の『Wired Future』は、サウンドとしては今のEDMの要素を取り入れた作品になっています。EDMと言っても色んなものがありますが、いわゆるパリピ的なものではなくて、チャラくないけれども、おとなしすぎるわけでもない、ポップなEDMの要素が前に出た作品にしたいと思っていました。たとえば、The Chainsmokersのような人たちの音楽には、近いものを感じています。
――そもそも「前作とは違うことをしたい」と思ったのは、なぜだったんでしょう?
黒坂:僕の場合、自分の音楽を聴いてくれる人たちが求めているのは、個人的に密かに「壮年ハウス」呼んでいる(笑)かつて乙女ハウスと言われた雰囲気のボーカル曲や、『ミヤネ屋』のOP曲にもなっている「Pianophonic」のような楽曲に感じています。後者は四つ打ちでベースがうねうねしていて、ピアノは基本的にパワーコードで、16分や8分でキラキラしているような――。そんな曲を好きになってもらえることが圧倒的に多くて。もちろん、それも嬉しいことなんです。ただ、それだけをつくり続けていたら、次のアルバムも同じような内容になってしまいますし、置きにいくことにもなってしまいます。そこで、今回はそれとは違う作品にしたいと思っていました。
海外のエンジニアから受けた手厳しい洗礼
――期待には応えたいけれども、同時に新しい挑戦もしていきたい、と。
黒坂:そうですね。それで、「何で受け入れてもらえる曲のタイプが決まっているんだろう?」と考えたんですけど、「これってジャンルの問題でもないんだろうな」と思ったんです。むしろ、自分の能力が足りていないから、そのスタイルに依存しているんじゃないか、と。またたとえ同じジャンルであっても「レベルアップの先に可能性はあるはず」と思って、今回は制作前に、海外のDJやプロデューサー、ミキシングエンジニア、パブリシストにひとりずつアポを取って、2年間で100人ぐらいの人たちとやりとりをしながら、色んなことを学び直すことにしました。でも、その最初の頃に、エージェントに「デモをつくったから、海外のクリエイターに渡してくれ」と伝えたら、「これでは話にならない。アマチュア過ぎる」と言われて……。
――いきなり洗礼を受けてしまったんですね(笑)。
黒坂:はい(笑)。「もっとディープに、もっとジューシーに」と言われて。その際、「目利きが大事だな」ということも実感しましたね。というのも、「(ミックスなどを)Aさんに頼んだけど、期待したものが返ってこない」ということも多くて、結構時間や予算を無駄にしてしまったんです。それは「この人ならこの曲に合うだろう」ということを、上手く判断出来ずに頼んだ自分が悪いので。そういうことを、もっと考えなければいけないな、と思いました。
――逆に、いい意味で印象的だったやりとりはありますか?
黒坂:結局ボツにしたので名前は出せないですが、中にはビルボードチャートで1位を取ったクリエイターもいて、彼らとの制作は自分にとってもいい経験になりました。でも、一番大きかったのは、ミキシングとマスタリングをしてくれた、Wisseloord Studios(ミック・ジャガー、U2、エルトン・ジョン、The Police、マイケル・ジャクソンらも使用したオランダの名門スタジオ)との出会いですね。そこの人たちがとても親切で、半年ほどかけて、最後まで丁寧に、真摯に仕事をしてくれたんですよ。
僕はずっと、自分に足りないのは「音作り」なのか、「アレンジ」なのか、「ミキシング」なのか、「マスタリング」なのか気になっていて、今回のアルバムに向けての海外経験は、その答えを見つけるためでもありました。彼らは最初に、僕の曲を分析してくれて、「音作りもアレンジも問題ない。ミキシングとマスタリングをちゃんとすれば、もっとよくなると思う」という話をしてくれて。色んな人とやりとりをしていく中で、そのエンジニアさんが言ってくれたことが一番納得できました。
あと、今回は、「売れる」ということを目指しているわけではないんですけど、僕の音楽を「知ってもらう」ということを強く意識しています。やはり知ってもらわないとそもそも選択肢に入らないので。そして「正解は存在しない。自分がやっていることを正解にする努力が必要だ」と思っています。だからこそ、自分が全てにおいて納得のいく最高峰のものにしたかったのです。