ラッパーAwichに”愛”について聞く 女性として、一児の母として貫く生き方とは?
YENTOWNに加入後、Chaki Zuluのトータルプロデュースによるアルバム『8』(2017年)でHIPHOPシーン最注目の存在へと急浮上したAwichが1月11日にリリースした『孔雀』は、すでに“名盤”と呼ぶべき作品だ。「『8』が今までの私の人生を語ったアルバムだとしたら、今回は『人生そのものを語るのではなく、その人生のストーリーの中で私が得てきたレッスンとか理解みたいなものを散りばめた作品』」とAwichが語る本作には、今や彼女の代名詞とも言える“女神”というワードが何度も登場する。確かな音楽性とクリエイティビティ、そして彼女の生き方や思考がなぜ人を惹きつけるのか。今作を聴いて、どうしてももっとAwichがどういう人かを知りたいと思った。
この時代に新たな女性像を提示し、HIPHOPを通して音楽シーンに一石を投じる存在ともいえるAwich。ラッパーであり一児の母であること、沖縄への思い、「愛」についてーーインタビューで真摯に語ってくれた彼女はまさに“女神”のようだった。聞き手はHIPHOPライターの渡辺志保。(編集部)
困難を「なんくるないさ」の言葉で凌いできた沖縄の人たちの強さ
ーー新アルバム『孔雀』がリリースされてから、周りの反応はどうですか?
Awich:「最高傑作!」という声を多くもらっていて、バズりを実感しております。(プロデューサーの)Chaki Zuluと二人で、「バズってない?」って話してました(笑)。
ーー今回はこれまでよりもさらにコンセプチュアルな内容になっていると感じました。制作時は、Chakiさんと大まかなアイデアから組み立てていった感じでしょうか?
Awich:アルバムを作る前から、Chakiさんとは「コンセプトやストーリー性、そして起承転結があるものにしよう」と話をしていて。前作の『8』(2017年)が今までの私の人生を語ったアルバムだとしたら、今回は「人生そのものを語るのではなく、その人生のストーリーの中で私が得てきたレッスンとか理解みたいなものを散りばめた作品を作るのはどうか」というところから始めました。
ーー『孔雀』というアルバムタイトルにも意表を突かれたのですが、どのようにして決定したのでしょう?
Awich:私のアイデアです。昔、小学5、6年生のころに書いていた私のリリックブックみたいな本に、孔雀のロゴを作って書いていたんです。しかも、そこに「美しくも飛べない羽を引きずって」みたいなポエムも書いていた。それと、「洗脳」の制作中に〈下界に忍ぶ三体の菩薩が Neo babyloniaの街を歩く 丸く背を曲げ足取り深く 毒を持つ蛇を好む孔雀〉 ってリリックを書いたんです。もともとこの曲は、カオスな状態に洗脳された世界を言葉で紡いでいくというイメージで書いた曲で、韻を踏んでいてたまたま〈孔雀〉って言葉を思いついた。そのあと孔雀が引っかかっていて調べてみたら、神経系の毒を持つ虫や蛇を好んで食べるくらい獰猛で、それ故にいろんな宗教でも重宝されている存在らしいということが分かったんです。孔雀は、毒を持つ動物を食べても身体の中は変わらない構造になっているみたいで。
その後、アルバムが出来上がってきて、タイトルを決めようとなった時に、英語のタイトルも色々書き出しながら、最後に『孔雀』って書いておいたんです。そしたら、Chakiさんが「これだ!」って。そうしたら、「洗脳」の〈毒を持つ蛇を好む孔雀〉のラインがさらに意味を帯びてきて。同時に、「最初に描こうとしていた世界は“毒”だったんだ」と閃いて、そこから「Poison」もできた。もともと、アルバムそのもののアウトラインはできていたんですけど、その中で、『孔雀』ってコンセプトを決めたら「じゃあ、こういう曲も必要だ」とか「そしたら、これも!」って、相乗効果で決まっていった部分もありました。
ーー序盤に「洗脳」や「Poison(feat.NENE)」、「Bloodshot (feat. JP THE WAVY)」といった、まさに混沌としたアクの強い曲が配置されていて、後半から「First Light」や「Pressure」のような、愛や解放をテーマにした曲が登場してくる。アルバムの最後にむけて、どんどんデトックスされていくようなイメージを感じました。
Awich:そう。最終的にその方向性に向かっていきたかったんです。でも、途中で毒に飲まれそうになったり、「できるかどうか分からない」って気持ちにもなったりした。やっぱり色んな作業の中でコンセプト通りに進まないこともあったんですが、制作を進めていくと「これだと辻褄が合うんじゃない」みたいな瞬間がいくつもあって。それってシンクロニシティだと思っていて、結局、いい風に収まるというか、全てがアライン(一列に揃う)する。
ーー『8』をリリースしてからさらにブレイクし、今作に至るまでの間には結構ご自身の環境にも変化があったんじゃないかと思うんですが、『孔雀』の制作にあたってプレッシャーはありましたか?
Awich:ありました。でも、絶対に『8』を越してやろうっていう意気込みもありました。『8』よりすんなり行かない部分もあったけど、『8』でも『孔雀』でも制作中に感じたのは、結局どのやり方でも絶対にうまくいくってこと。今回で、完全に自信がつきました。ガイダンス(導き)があるんですよね。それがある時はすんなり着いていくし、ない時は辛抱強く待つみたいな。
ーーアルバムの最後、「DEIGO (feat. OZworld)」から「Arigato」の流れにAwichさんの新たな自信や強さを感じたんです。同時に、地元・沖縄への強い愛情も感じました。『8』でも、沖縄についてはたくさんフィーチャーしていたけど、前作で表現したかった沖縄と、今作で表現したかった沖縄はAwichさんの中で異なるんじゃないかな? とも思いました。
Awich:そうですね。そういう意味では、(2019年に行った)唾奇とのカップリングツアーにインスパイアされたのかもしれません。唾奇の声や言葉って、沖縄の男を代表するところがあるんです。無防備な生きる力に溢れてるというか、純真すぎて危うい、死にそうなんだけどめっちゃ生きる力がある、みたいな。そういうのに、すごく胸が締め付けられる感じがするんです。沖縄の今までの歴史では、一夜にして今まで全て信じてきたことがガラリと変わるような出来事が繰り返し起きてきた。沖縄の人たちって、そういうのを全部受け入れてきた人たちの子孫だから、その変化を受け入れる強さもあるし、あっけらかんとした明るさも持っているんですよね。だから、唾奇の声を聞くたびに、沖縄の男たちの本質みたいな、島の男たちの強さを感じてしまう。
ーー沖縄といえば、昨年、首里城の火災が起こった際にも、いち早くInstagramを通じてご自身のメッセージを発している様子が印象的でした。
Awich:首里城の火事の時、一番最初に話をしたのがレオクマ(OZworld)なんですよ。レオクマから電話が来て、ずっと喋ってたんですけど、その会話自体はめっちゃ明るくて、他の人が聞いたらちょっと不謹慎だと思うくらい。でも、それは島の人たちに共通している強さでもあると思う。落ち込むのはわかるけど、「使えるものはなんでも使って、やるしかないっしょ!」と思えるのが、沖縄人の強さだと思います。
ーー「DEIGO」はもともと、ライブ会場で唾奇さんと一緒に披露していた曲ですよね。それが、アルバムではコラボ相手がOZworldさんになっていてびっくりしました。しかも「Interlude 4」で種明かし的な会話も収録されているという。
Awich:そうそう。だから、唾奇が「DEIGO」を歌わないことさえも、「じゃあこれでウケ狙うしかないっしょ」ってインタールードを作って切り替えました。「どんな状況でもどうにでもなる」っていうのは、周りからしてみたらフワフワした生き方に見られるかもしれないけど、困難を「なんくるないさ」の言葉で凌いできた沖縄の人たちの強さがあると思うんです。だからこそ、笑えて歌えて、音楽が好きで、パーティーや宴会が好き……という、そういう自分たちの生き方に繋がっているんじゃないかな。