キーパーソンが語る「音楽ビジネスのこれから」 第12回

Merlin Japan 野本晶が語る、世界のリスナーに音楽を届ける方法「どこにチャンスがあるかわからない」

 音楽文化を取り巻く環境についてフォーカスし、キーパーソンに今後のあり方を聞くインタビューシリーズ。第12回目に登場するのは、Merlin Japan・ゼネラルマネージャーの野本晶氏。
 
 野本氏はこれまでiTunesとSpotify Japanに在籍し、音楽配信やストリーミングを日本に本格導入して定着させる役割を担ってきた人物。今回リアルサウンドでは、昨年Merlin Japanのゼネラルマネージャーに就任した野本氏に、デジタル領域における世界的な音楽マーケットについて取材を行った。インディーレーベルのライセンシング団体であるMerlinの活動内容から、トム・ミッシュをはじめとするMerlinとの協業で成果を挙げているアーティストの実例、さらには日本のレーベル事情まで、今後日本のアーティストが世界で活躍していく可能性と展望を語ってもらった。(編集部)

日本にあってほしい海外のサービスを選んできた

ーー野本さんはiTunesとSpotify Japanを経て、昨年インディーレーベルのライセンシング団体Merlin Japanのゼネラルマネージャーに就任しました。野本さんがキャリアを選ぶ際に意識していることは何でしょうか。

野本晶(以下、野本):iTunesの時もそうでしたが、日本にリアルにあってほしい海外のサービスは何か? といつも考えてきました。Spotifyはプレミアム会員、つまり有料会員が自由に聴けるっていうモデルがありつつも、フリーでも使えるっていう点が非常に大きかったですね。フリーからプレミアムに進んでいくーーつまりフリーミアムモデルが言葉だけじゃなくて実態として成功しているサービスだったので、それを日本に持ってこなければいけないと。動画共有サービスで、フリーで音楽を聴く人しかいない世界になってしまうと音楽産業としてもなかなか厳しい。日本に一番あってほしいサービスを選んできたと思います。

ーー昨年、Merlinに移籍した理由もその延長上ですか。

野本:はい。日本にあってほしい海外の何か、ですね。

ーーMerlinはそもそも、どんな趣旨で設立された組織なのですか。

野本:今、Merlinの会員であるインディペンデントレーベルは約2万レーベル存在します。会社としては800社以上を数えるんですけども、その人たちに利益を還元する非営利団体という面がまず1つ。ただし、全体の売り上げを伸ばすという意味では会員もMerlinも目的は一緒ですので、そういう意味での営利活動をしています。

ーー組織として株式会社化されている部分もあると?

野本:たとえば、僕は株式会社であるMerlin Japanに所属しています。ロンドンとニューヨークにもオフィスがあり、それぞれ営利活動をしています。そして、本社は非営利団体であり最終的な利益をMerlinの内部に留保しない、という形です。

ーーMerlinの具体的な活動内容とは。

野本:世界の主要なデジタルサービスプロバイダ(DSP)ーーSpotifyもAppleMusicもそこに含まれますーーに対し、Merlin会員の持つデジタルの権利をできるだけ有利な形で契約できるように活動しています。ストレートに言いますと、音楽産業の中で大きなマーケットシェアを持つ会社の交渉力はとても大きいのです。たとえば世界のユニバーサルミュージックのシェアは4割近いのですが、彼らは交渉力があるのでいい条件で契約締結できる確率がとても高いんですね。それに比べて、一般的なインディーレーベルの契約内容は劣っている面もある。そのギャップをどう埋めればいいんだと考えた時に、インディーレーベルが集まって団体で交渉したらいいんじゃないかというのが、そもそものMerlinの発想です。10年前の設立時には音源ダウンロードの時代でしたが、違法ダウンロードを止めるための法的アクションをするにしても、個別に訴訟をしてもなかなかうまくいかない。これをまとめてやろうという趣旨で各レーベルを一つに束ねたのがMerlinですね。ロンドンが活動拠点になっていて、そこの精鋭チームがDSPとライセンスの交渉をしています。

ーー現在、世界のデジタル音楽マーケットにおけるMerlinのシェアは、15%を超えると伝えられています。

野本:現在、第3位であるワーナーさんが16%くらいですので、バーチャルな意味で「第4のメジャー」という言い方をする場合もあります。世界の音楽業界の中でそういったポジションになりつつあると思います。

ーーインディーレーベルの交渉力が強くなることで、アーティストも世の中に出やすくなり、いい条件で音楽を届けられるなど、さまざまなメリットがあると思います。Merlinがアーティストに提供するメリットについてはどうお考えですか?

野本:日本で考えると、メリットは大きく2つあります。たとえば、今注目を集めている中国のサービスを見ると、テンセント、ネットイース、アリババという3社がマーケットを押さえていて、数億人規模のユーザーがいる。仮に日本のレーベルのアーティストがこの大きな市場に打って出たいと思っても、大手3社と同時に直接契約できるルートはなかなかありません。中国に限らず、そうした新しい市場にリーチしていくことを、世界的な契約ネットワークを使って非常にスムーズにできるようになることが、Merlinが提供するメリットの1つです。

 もう1つはベーシックなところで、単純に直接契約はできるかもしれないけれど、よりよい条件を目指す場合に役立つということです。インディーにおいては、やはりメジャーレーベルと比べると、契約条件にはだいぶ開きがある。しかし、Merlinはインディーレーベルを束ねることで高い交渉力を持っており、自社のみで獲得収入を得るよりいい条件を引き出せる可能性は高いのです。

トム・ミッシュが成功した理由

ーーいい条件で活動を続けていくことができれば、アーティストがインディーにとどまって活動していく動機づけになるということですね。たとえばMerlinと契約しているトム・ミッシュも1つの成功例でしょうか。

野本:そうですね、トム・ミッシュはある意味王道的にインディーを志向しています。つまり彼はレーベルを決める時に、「原盤を自分で持ち、自分で活動をある程度コントロールしたい」と考えました。そこでコバルトという出版の会社と、その会社が株式を持っているAWALと契約をすることになったんです。そもそもAWALは「アーティスト・ウィズアウト・ア・レーベル」、つまり「レーベルがいらないアーティスト」という名前の会社で、まさに新しいタイプのレーベルを目指していると言えます。そこと契約したのが2014年でした。

ーーそこからの活躍は目覚ましいですよね。トム・ミッシュの成功の理由をどう考えますか。

野本:やはり、自分の活動を自らコントロールしようという意思があったことと、さらに、最初からスプリットシングルをリリースしましたが、コラボレーションが非常にうまかったことが大きいと思います。その上に多作で、コンスタントにリリースを重ねることで、ファンベースを増やすことがうまくいった。実はシングルとして、世界中のみんながカラオケ的に歌えるヒット曲があるわけじゃないんです。彼らはアルバムタイプのアーティストで、2018年の1stアルバム『Geography』で最終的にブレイクしたと言われているのですが、そのタイミングで、過去にリリースしてきたカップリング曲が6倍くらいのスケールでストリーミングで聴かれるようになりました。

ーー過去の楽曲もだんだん聴かれるようになって。

野本:そうですね。これまでのアーティストは、たとえばYouTubeで何百万回再生されたとか、CDが何百万枚売れたとか、何百万ダウンロードされたという数字で評価されることが多かったのですが、彼らはどちらかというと、SNSのフォロワーや、実際のリスナー、ファンの数というものをベンチマークにして活動しており、それがうまく回っていまの大きなポジションを獲得したということが、すべてのヒントになっていると思います。

ーー「ファンの数」を1つの指標にすることで、音楽活動が豊かになっていくという道筋を見出したということですね。

野本:選択肢が広がる、というイメージだと思います。ファンの多くはもちろん、SpotifyやApple Musicという世界的サービスにいますが、たとえば中国や南米、中東にアフリカ、日本もそうですが、さまざまな地域にローカルなサービスがあったりするので、それらも組み合わせていかないと、世界中のファンに認知されたとは言えない。そういう面で、Merlinが交渉の窓口を代行してきました。

ーートム・ミッシュもそうだというお話でしたが、自分で権利関係をコントロールしたいと考えるアーティストは、世界的にも増えていると思います。

野本:ここで言う「インディペンデント」という言葉は、メジャーの対義語というより、「独立した」という意味のほうが強いと思います。そして、レーベルでも、アーティストでも、どの単位でも独立心がある人が自分でビジネスを回せるようになったほうが、音楽業界が活性化すると思うんです。AWALのホームページ上にも、「100のアーティストが超お金持ちになるよりも、今の時代、10万人のアーティストが収入を得て音楽活動を続けられるほうが明るい未来のではないか」という趣旨のポリシーを掲出していますが、Merlin側の僕としても同意見だなと。もっとも、ある程度夢はあってほしいので、プライベートジェットを持つまでにはならなくても、少なくとも新幹線のグリーン車で移動できたり、というイメージでしょうか(笑)。

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