美空ひばりの歌声はなぜ時代を超えて人の心を震わせる? 『紅白』AI歌唱で復活する「あれから」を機に考察

 大晦日に放送の『第70回NHK紅白歌合戦』(NHK総合)に、AIでよみがえった美空ひばりが出演、秋元康が作詞・プロデュースを手がけた新曲「あれから」を歌うことが発表された。それに先駆け12月23日にはメモリアル映像も公開され、出演した北野武が「美空さんの歌の最高傑作と思うほど良い歌」とコメント。現在Apple MusicやSpotifyでもプレイリスト「美空ひばりが紅白で歌う名曲のすべて」が公開されるなど、美空ひばりを知らない世代にもその歌声が広がっている。没後30年経った現在も世代を越えて愛され続ける、美空ひばりの魅力とは?

美空ひばり(AI歌唱) / あれから(ミュージックビデオ)

上手さを越えた凄さ

  美空ひばりは、9歳でデビューし天才少女歌手と呼ばれた。52歳で亡くなるまでにレコーディングした曲数は1500曲、オリジナル楽曲数は517曲を数え、「柔」「悲しい酒」「愛燦燦」「川の流れのように」などの名曲をいくつも生み出した。1988年には病床から復帰したばかりの身体で東京ドームコンサート『不死鳥/美空ひばり in TOKYO DOME 翔ぶ!! 新しき空に向かって』を開催し、変わらぬ歌声を披露して伝説のコンサートとなった。生涯最後のシングル曲となった「川の流れのように」は、秋元康が作詞を手がけたことでも知られる。昭和から平成になった日の1989年1月11日に発売、ミリオンヒットを記録して(現在は200万枚以上)彼女の代表曲になった。

 例えば東京五輪が開催された1964年に発表された「柔」は、紅白で2度歌われ、「川の流れのように」に次ぐヒット曲として知られる。凛とした力強さ、リスナーに語りかけるようなニュアンス、自在に操られるビブラートに引きつけられる。まさに今から雌雄を決しようという雄々しさと、畳の上の矜持が見事に表現されていた。女性歌手でありながら、あの凄みは美空ひばりにしか表現出来ないだろう。

 「悲しい酒」は1966年に発表。寂しげにつま弾かれるガットギターに続く美空ひばりの歌声は、まるでヴィオラかヴァイオリンなどの弦楽器のようだ。低音から高音へかけての流れるようなスムースさ、細かいビブラートが加えられた語尾のニュアンスなど、表現の細かさに驚かされる。男を忘れられず一人酒を飲む女の情念が表現された、感情の込められ方は尋常ではないほどで、途中で涙をこぼしながら歌っている映像がいくつも残っている。

 また紅白で歌われたことはないが、「愛燦燦」(1986年)も晩年の名曲として名高い。70年代〜80年代の美空ひばりは、来生たかお、坂本龍一、イルカなど幅広いジャンルのアーティストと共演しており、「愛燦燦」は、シンガーソングライターの小椋佳が作詞作曲を務めた。ここでの美空ひばりの歌声は、母親のように実に母性的で、聴く者をとても優しく包み込んでくれている。

 そして「川の流れのように」では、川の流れに例えながら、「愛燦燦」とは違う角度で人生というものを歌い上げた。こちらは実に力強く、スケールの大きな歌声が魅力だ。病と闘い、人生や命というものと深く向き合った彼女だからこその表現は、すべてを悟ったような清々しさがあり、聴く者を癒やすと同時に、力強く背中を押してくれる。歌の上手さはもちろん、そうした技術的なものを越えた凄さが、どの歌声からも感じられる。

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