CHAI、海外での評価は“面白そうなバンド”から“最注目若手バンド”へーー宇野維正が現地ライブで目撃
アメリカで最も影響力を持つ音楽ウェブメディアの一つにして、辛辣なレビュー(それが理由でミュージシャンとモメることも)でも知られるピッチフォーク。今年3月、そのピッチフォークがCHAIのニューアルバム『PUNK』に「8.3」という異例の高得点を与え、その週のBEST NEW ALBUMに選出したことが、日本でも一部で話題になった。まあ、海外のメディアでの話だし、多くの読者にとっては言語の壁もあるしで、今の段階では「一部で」というのも仕方がないのかもしれないが、「かなりヤバいことが起こってる」ことを、先日ピッチフォークの本拠地でもあるシカゴで体験してきたので報告したい。
アジア、ヨーロッパ、アメリカで独自のファンベースを築くようになった日本のバンドやミュージシャンは、近年確実に増加傾向にある。その背景には日本の音楽マーケットの飽和と停滞、ミュージシャンの意識の変化、ストリーミングサービスによるグローバルなリスナー環境などがあるわけだが、CHAIのここまでの歩みは過去の日本のバンドとはちょっと違う。これまで海外である程度の規模の成功を収めてきたバンドは、アニメ主題歌などの別ジャンルのファンダムとの接続や、長年にわたる海外でのツアー活動など、いわば草の根的な活動によって外堀を埋めるようにだんだんと支持を広げていくのが通例だった。もちろんCHAIも2017年以降9回の海外ツアーを敢行するなど、その存在を世界にアピールするためにやるべきことをやってきたわけだが、まだ日本で初の全国流通盤をリリースしてから3年足らずであることを考えると、ここまで異常なスピードの速さで支持を広げてきたことになる。そして、スピードよりも重要なのはその広がり方だ。
今年の3月から6月にかけてアメリカ、イギリス、ベルギー、オランダ、ドイツ、フランス、スイス、スペイン、そして日本とワールドツアーを回った後、この夏のCHAIはアメリカだけで11公演(フェス出演も含む)のアディショナルツアーを行った。その序盤となるワシントン公演の前には、かつてアデルやマック・ミラーやアンダーソン・パークやタイラー・ザ・クリエイターやチャンス・ザ・ラッパーやカリードの出演回が大きな反響を呼び、最近もリゾやタイ・ダラー・サインといったトップスターが出演したばかりのタイニー・デスク・コンサートの収録をおこなった。タイニー・デスク・コンサートとは、アメリカの公共ラジオ放送NPRの番組で、同局のオフィスの片隅で舞台照明なし大型PA機材なしでライブをおこなうという、アーティストの楽曲力やパフォーマンス力が丸裸にされる、いわば2010年代の「アンプラグド」のような名物プログラム。YouTubeにアップされるそのライブ動画は、多くのバンドやミュージシャンにとってブレイクへの足がかりとなってきた。日本人のアーティストでは昨年コーネリアスが出演しているが、CHAIはその場所に海外進出からたった2年足らずで駆け上がったわけだ。
他にも、ツアー中のミュージシャンの姿をビルボード広告、ビデオ、ソーシャルメディアで広告展開しているアップル社iPhoneのグローバルキャンペーンShot on iPhone "On Tour"におけるトラヴィス・スコットやスクリレックスと並んでの起用、CNNの動画配信サイトGreat Big Storyにおけるドキュメンタリーの公開など、今夏の快進撃には目を見張るばかりだ。さらに、2020年1月に行われるマック・デマルコのオーストラリアツアーのサポートアクトとして出演することも決定している。
そのCNNによるドキュメンタリー「Redefining Kawaii | The Japanese Punk-Band CHAI」でも紹介されているように、CHAIがその活動で掲げている「NEOかわいい」というキーワードや「コンプレックスはアートなり」という思想は、女性のエンパワーメントやルッキズム(外見至上主義)批判がポップカルチャー全体に広がっているアメリカやヨーロッパでも、これまで大きく取り上げられてきた。きっと、それはCHAIというバンドがまず認知される上でのツカミとなってきたのだろう。しかし、海外でツアーを続け、同じ街にライブをするために「戻ってくる」ことも増えてきた現在のCHAIを取り巻いているのは、日本からやってきた「NEOかわいい」バンドへの好奇心や興味という段階を超えた、バンドそのものと音楽そのものに対する共感とその未来への大きな期待だ。ポップとラップの全盛で、どのジャンルでもソロアーティスト指向が高まっている現在のグローバルな音楽シーンにあって、今やCHAIはごくシンプルに、インディーミュージック、バンドミュージックの世界的な希望の星となっている。
7月19日の深夜、シカゴのウェストサイドにある名門ライブハウス、Empty Bottle(東京でいうと新宿ロフトのようなハコ)でおこなわれたライブは、キャパを超える300人以上のオーディエンスで酸欠寸前の状態だった。深夜ということもあって年齢層は比較的高かったが、男女比はほぼ半々。いずれも筋金入りのインディーファンといった風情のオーディエンスだ。最新アルバムを『PUNK』と確信犯的に名付けてみせたCHAIだが、彼女たちの楽曲はパンクからポップまで、メンバーのラップがフィーチャーされた曲からビートを同期させた曲まで、1曲ごとに目まぐるしくその表情とリズムを変えていく。そのリズムに合わせて、満面の笑みを浮かべて歓声をあげ、踊りまくるオーディエンス。腕を組んで様子をうかがうような、新人バンドのライブにありがちなノリは皆無。みんな最初っからCHAIのことも、曲ごとの盛り上がりどころもよく知っている。その場の親密な空気感に驚かずにはいられなかった。