嘉門タツオが世代越えて支持される理由 普遍性と時代性を備えたシンガーソングライターの魅力

 スマホゲーム『パズル&ドラゴンズ』のTVCMのフレーズ〈チャラリー鼻からパズドラ〉のネタ元として、人気が再燃している嘉門タツオ。還暦を迎えた今年リリースした2枚のベスト盤『嘉門タツオ 祝☆還暦 オールタイム・ベスト〜還盤〜』『嘉門タツオ 祝☆還暦 オールタイム・ベスト〜暦盤〜』に、「鼻から牛乳」「アホが見るブタのケツ」をはじめ、子どもだけでなく大人だからこそ笑える“あるあるネタ”も多数含まれた、昭和と平成の時代を彩った風刺ソングが満載された作品。令和という新時代になった今、かつての時代を懐かしみながら振り返るのに最適で、しかも親子で楽しめて新たな発見もある、昭和と平成の“あるある大辞典”のような作品だ。

紅白出場から皇太子殿下の御前公演も経験 

 もともと嘉門タツオは、ラジオの深夜放送とフォークソングに憧れをいだいて、この世界に飛び込んだ。当時オーディションなども特にない頃で、入り口を探していた彼は高校在学中にラジオのパーソナリティとしても大人気だった笑福亭鶴光師匠に弟子入りし、笑福亭笑光という名前で活動を始めると、威勢の良い、風刺の効いたトークが人気を集め、MBS『ヤングタウン』などラジオパーソナリティとして才能が開花した。実は嘉門の現在のスタイルの原点がここにある。その後、一門から破門されて流浪の旅に出るものの、救世主となったのがサザンオールスターズの桑田佳祐だった。桑田が“嘉門雄三”という別名義で活動していたことから、“嘉門”という姓をもらい受け、嘉門達夫(2017年に嘉門タツオに改名)としてデビューした。

 メジャーデビューシングル『ヤンキーの兄ちゃんのうた』(1983年発売)は、横浜銀蝿などのツッパリがブームだった時代を背景にした、ツッパリのあるあるネタが若者にうけてヒット。その年の『YTV全日本有線放送大賞』新人賞や、『TBS日本有線大賞』新人賞などに輝いた。この“あるあるネタ”を曲に乗せて連発するという、今ではお笑いの常套手段となった手法は、嘉門のスタイルとして定着。その後も、当時ヤラセ疑惑がありながらも子どもも大人もドキドキしてテレビにかじりつき話題を集めていた番組『水曜スペシャル 川口浩探検隊シリーズ』をネタにした「ゆけ!ゆけ!川口浩!!」や、小学生あるあるをネタにした「アホが見るブタのケツ」が、子どもの間で大ブームとなった。他にも『サザエさん』をネタにした「NIPPONのサザエさん」、当時のベストセラー書籍をネタにした「マーフィーの法則」などの、“あるあるソング”がリリースされている。

 冒頭で触れた、『パズドラ』のTVCMでパロディされた「鼻から牛乳」も、そうしたあるあるソングの1つだ。曲中のオチで歌われる〈チャラリー鼻から牛乳〉というフレーズが、小学校の給食のシーンでのひとコマを想像させるものの、当時のオリジナルバージョンは“男女のあるあるネタ”で、若者〜大人に人気を集めた楽曲だった。その後さまざまなバージョンを経て、テレビ東京系の『ピラメキーノ』や『パズドラ』CMへの起用などもあって、彼が「魔法の言葉」とも言っているそのフレーズは子どもに人気の曲というイメージが浸透した。

 1990年代は、『第43回NHK紅白歌合戦』への出場を始め、NHK『青春メッセージ』に出演して皇太子殿下の御前公演を実現した他、大規模なツアーを毎年開催し、日本武道館、大阪城ホールや名古屋レインボーホールでもライブを成功させている。そんな人気を後押ししたのが、1991年にリリースした「替え唄メドレー」だ。同曲は、井上陽水「リバーサイドホテル」、JITTERIN’ JINN「プレゼント」、長渕剛「とんぼ」、山下達郎「クリスマス・イブ」など、当時のヒット曲をモジってメドレーにして歌い、80万枚を超えるセールスを記録した。その人気を受けて同曲は進化を続け、「替え唄メドレー3(完結篇)」が、オリコンチャートで3位にランクイン、1992年末には同曲で『第43回NHK紅白歌合戦』に出場。その後、「サザン替え唄メドレー」や「TK替え唄メドレー」など、今や数えるとCD化されているものは30種類ほどのバージョンが存在している。

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