「リズムから考えるJ-POP史」連載第4回
リズムから考えるJ-POP史 第4回:m-floから考える、和製R&Bと日本語ヒップホップの合流地点
ダンスミュージックの博覧会、『EXPO EXPO』
順調に活動を続けていたm-floだったが、2002年4月にLISAがソロ活動へ専念するために脱退してしまう。以降、m-floはユニットというよりも、コラボレーションのプラットフォームになることで、さまざまな才能をポップスの領域に接続する役割を担うようになる。LISAは2017年末にm-floに復帰するが、ユニークな活動形態は変わらない。
こうしたLISA脱退後の動向も興味深いが、本稿では、2ステップを始めとしたクラブミュージックとJ-POPの関係性を考えるため、LISA在籍時の作品から2ndアルバムの『EXPO EXPO』に注目したい。同作は彼らがほかのミュージシャンとのコラボレーションも取り入れつつ、ポップスのフィールドだからこそできるジャンル横断的なアプローチを実現した重要作だ。
同作は、“ヘルメット型のシミュレーションギア”を通じた、バーチャル空間での博覧会を舞台とする。そのため、曲のあいだに挟まれるスキットは「正門」「東門」「南門」「中央タワー」「西門」そして「アリガトウ」と、ツアーを思わせる構成になっている。ツアー終了後にあたる最終曲に、音楽産業に対する辛辣なリリックが飛び出す「The Bandwagon」が配置されているのは、ここがフィクションの枠組みをとっぱらった現実に対する直接的な言及であることを示している。よくコンセプトが練られていると同時に、それをリアリティの側に引き戻すギミックも忘れない、きわめて戦略的なつくりだ。
重要なのは、このアルバムは架空の博覧会にとどまらない、いわば“ダンスミュージックの博覧会”だという点だ。2ステップ、ドラムンベース、ヒップホップ、R&B、ハウス、さらにはスキットの「南門」には四つ打ちのテクノがBGMとしてフィーチャーされ、「Dispatch」には唐突にユーロビートが挿入される。
これだけの多様なジャンルが同居するのは、クラブのフロアでも難しいだろう。いまでこそこうしたオールジャンルな選曲は珍しくないとはいえ、特定のジャンルやシーンから離れた、ポップミュージックというフィールドだからこそ可能なことだったはずだ。
「come again」のリズム的技巧
そして、このアルバムからカットされた最大のヒット曲が、「come again」だ。BPMは130と2ステップとしては平均的。しかし、このシャッフルしたアップテンポにあわせてラップするのは存外に難しい。半分のBPMでとれば遅すぎる。日本語と英語を織り交ぜることでリズムを柔軟にコントロールし、拍を的確に分割していくVERBALの卓越したスキルがあってこそのラップだ。
もともと2ステップがボーカルをフィーチャーした音楽ということもあってか、LISAは2ステップをとても好んでいたようだ。とはいえ、スタッカートを数多く含んだ譜割りは、歌手にわかりやすい見せ場を提供するバラードとは異なる技巧を必要とする。加えて言えば、それは裏拍を的確に把握するヒップホップ的な“グルーヴ”の作り方とも違う。変則的なビートのうえで、いわば飛び石のうえをはねていくように拍を掴んでいく必要がある。「come again」で聴けるLISAのボーカルは、シャッフルの感覚を強調するために16分音符が多用されている譜割りを、ピッチを明晰にしてメロディの味を活かしながら、2ステップの“グルーヴ”の上に配置する、非常に巧みなものだ。
ビートについていえば、頭サビが終わってからのAメロでは一小節の3拍目にスネアが配置された、いわゆるハーフタイムのリズムが組まれている。つまり、BPM130の16分音符とBPM65の32分音符の重ね合わせが生まれているのだ。前回論じた32分音符が生じさせる多層的な“グルーヴ”がここにも聴き取れる。しかし前述したように、2ステップというジャンル自体、キックドラムの単純な反復を取り払って「一小節のなかに2つのムーブメント」という特殊な“グルーヴ”をつくりだす音楽でもあった。いわば多層性がさらに折り重なっているわけだ。加えて、3分28秒から始まるVERBALのヴァースを支えるビートは、ジャズドラマーのソロのようなダイナミックなリズムと、エレクトロヒップホップのシンプルなリズムが入れ替わり訪れるさらに変則的な構成になっている。
2ステップが持つ複雑さやそれに適応するための技巧を以上のように検討してみると、「come again」をはじめとした2ステップ歌謡がゼロ年代初頭にそれなりにリリースされ、チャートにも登ったことは異例とも思える。実際、2ステップはメインストリームの定番入りすることなくごく限られた時期のブームとして終わってしまうのだが、スタイリッシュなイメージと豊かな“グルーヴ”によって一定の人気を保つジャンルとしていまも若いプロデューサーを惹きつけ続けている。
数ある2ステップ歌謡のなかでも「come again」はTakahashiのビート、VERBALのラップ、LISAの歌唱のどれをとっても2ステップ歌謡の持ちうるポテンシャルを解放しきっており、これからも参照されつづける名曲となるはずだ。
■imdkm
ブロガー。1989年生まれ。山形の片隅で音楽について調べたり考えたりするのを趣味とする。
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