動画サービスから起こるムーブメント 夏代孝明が語るアーティスト像とシーンの未来

夏代孝明が語るアーティスト像とシーンの未来

 昨年「Lemon」のヒットなどを経て『NHK紅白歌合戦』に出演した米津玄師を筆頭にして、近年活躍著しい動画サービスを出自に持つシンガーソングライターたち。その勢いはますます加速中で、Eveや、須田景凪、神山羊、Uruなど、様々なアーティストが日本の音楽シーンの中心地へと活動の舞台を広げている。その重要アーティストのひとりが、動画サービスで人気を集め、2015年にカバーを主体にしたアルバム『フィルライト』を発表。今では自身で作詞作曲したオリジナル曲をリリースするシンガーソングライターとして、10~20代のリスナーを中心に高い人気を誇り、3月に控えたリキッドルームでのワンマンライブのチケットを即完させるまでに至った夏代孝明だ。

 彼が初めて全曲オリジナル曲で完成させた最新アルバム『Gänger』は、ギターロックを中心に据えつつも、全10曲の中にヒップホップや、シティポップ、ジャズ、レゲエ、エレクトロポップといった様々な要素が詰め込まれ、「Gänger」のMVではダンスも披露するなど、その音楽がより豊かに外へと広がっていくような作品になっている。また、「Gänger(=人)」というアルバムのテーマに、SNSなどを駆使してファンと近い距離で活動を続けてきた彼ならではの気持ちが反映されていることも、作品の大きな魅力に繋がっている。アルバムに込めた様々な工夫や思いを通して、彼の音楽が支持される理由を探った。(杉山仁)

表現者としての原点に 

ーー昨年11月14日にリリースされた最新アルバム『Gänger』は、初めて夏代さんが作詞作曲を担当したオリジナル曲ばかりで構成されたアルバムになりましたね。まずはこの変化がどんな風に起こっていったのか、改めて教えてもらえますか?

夏代孝明(以下、夏代):僕のもともとの音楽のルーツはバンドなので、完成度は今とは全然違いますけど、オリジナル曲には高校生の頃から挑戦していたんです。でも、4年前の『フィルライト』は、その時点ではシンガーとして注目していただいていたこともあって、シンガーとしての自分を出した作品となりました。だから、今回は表現者としての原点に帰りたいという気持ちもあって、作詞作曲をすべて自分でやろうと思いました。シンガーとしての自分から、シンガーソングライターとしての自分に移行するために、4年間かかったという感じなんだと思います。

ーー今考えてみると、その変化には何かきっかけがあったと思いますか?

夏代:カバーが中心だった『フィルライト』で1曲だけ作曲をしたときに、伝えたいことを曲に乗せて発信することで、自分の中の負の感情が浄化されるというか、若干軽くなるように感じたんです。僕はもともと、自分の気持ちを伝えるのは苦手な人間で、相談ごとも得意ではなくて。だから、音楽が自分の内面を誰かに発信する方法としてすごく機能していることに気づいたというか。たぶん、そこがひとつの起点になって、徐々に変わっていった気がします。

ーーとはいえ、全曲作詞作曲してアルバムを作るのは、大変だったんじゃないですか。

夏代:やっぱり、想像していたよりもカロリーは高かったです(笑)。カバーをするのとはまた違って、自分の中の二面性に向き合うような作業でした。僕の場合、前向きな曲を作っているときは、自分自身は相当後ろ向きな気持ちのことが多かったりするんですよ。たとえば、誰かを励ましたいと思って曲を作っているときって、思い返してみると、「自分自身も励まされたい」という気持ちになっていたりして。「誰かのために」と思っている自分と、「自分が救われたい」と思っている自分のどっちが表に出るかで、曲の方向性が決まってくるんです。そのバラバラな感じがすごく不思議な気分になるんですよ。意図せずにムーンウォークしているような感じというか、景色は変わっていっているのに、自分自身は動いていない感覚がするというか……。

ーー原曲に寄り添うことも必要なカバー曲とは違って、より深く自分を見つめていくことが必要なオリジナル曲ならではの苦労を経験したのかもしれませんね。

夏代:そうですね。やっぱり、自分のことって、嫌なことの方が目に付きやすいじゃないですか。だから、オリジナル曲を作るにあたって自分との対話を繰り返していくと、結果的に自分の嫌なところにも、たくさん向き合わなければいけなくなったのかもしれないです。

ーーそういう意味では、今回の『Gänger』は、「ユニバース」や「世界の真ん中を歩く」「ニア」のように前向きな/誰かのために歌うような楽曲も、より夏代さん自身の感情をさらけ出すような楽曲も、どちらもが詰まっているように感じました。「そのどちらもが自分だ」という雰囲気が感じられるような作品になっているのかな、と。

夏代:そうですね。タイトルの『Gänger』はドイツ語で「人」を意味する言葉なんですけど、「〇〇Gänger」という形で単語の後ろにつけると、「〇〇する人」という言葉になるんです。今回のアルバムでは全体を通して「人」について書こうと思っていて、それぞれの曲が「〇〇Gänger」の「〇〇」に当たるようなものになっています。つまり、自分も含めて、色んな人の内面を書いていこうと思ったんですよ。僕の場合、自分のことを好きでいられている自信はないんですけど、人自体はすごく好きで、誰かと話すのも遊ぶのも好きなんです。それから、今回は全曲オリジナル曲で作った1枚目のアルバムでもあるので、自分の固定概念を取っ払って、音楽を楽しむことに力を入れました。今まで自分が通ってこなかったような音楽も色々と聴いて、取り入れられるところは取り入れていったんです。そういう挑戦をしつつも、サビがきたら僕らしさを感じてもらえるような、そんな作品にしたいと思っていました。

Gänger / 夏代孝明 MV

ーー実際、今回の『Gänger』は、曲自体もアレンジも、歌い方も含めて、新しい挑戦がたくさん詰まっている作品になっていますね。たとえば、1曲目の「Gänger」はAメロでアコギとラップの要素が取り入れられていて、サビで一気にポップに変わる構成が面白いです。

夏代:この曲はまず、AメロとBメロの部分はアコギ主体で洋楽の要素を取り入れていて、ラップにこれまであまり触れてこなかった自分なりに、昔よく聴いていた曲を思い出しつつラップを入れました。洋楽の要素やラップの要素はこれまで上手く取り入れられたことがなかったので、そこを強調しつつ、サビは僕らしいものに仕上げた曲ですね。

ーー洋楽というと、夏代さんはどんな音楽を聴いているんでしょう?

夏代:楽曲単位のことが多いので、特別好きなアーティストがいるわけではないんですが、最近だとエド・シーランさんの曲はよく聴いていますね。

ーーなるほど、実は最初に『Gänger』を聴かせてもらったとき、全体の雰囲気として僕もエド・シーランの作品に通じる魅力を感じたんですよ。あの人はシンガーソングライターでありながら、ヒップホップやアーバンなものも取り入れて作品を作っていますよね。

夏代:ああ! ありがとうございます。日本語は母音が強い言語なので、普段は歌詞につられて歌のリズムも8分や16分に引き寄せられてしまうことが多くて。この曲に限らずなんですけど、今回はそれをどこまで崩せるかを考えていたんです。特に「Gänger」や「ジャガーノート」は、それに挑戦できた曲になったのかな、と思っています。

ーー2曲目の「エンドロール」は、イントロの鍵盤の音がすごくアーバンな雰囲気のものになっていて、ここでも音楽性の広がりを感じました。

夏代:「エンドロール」は、「ひとつの曲の中でどれだけひねれるか」を裏テーマにしつつ、「自分との対話」を表現できるように曲を作っていきました。アレンジの面では、ちょっとシティっぽい雰囲気も出しつつ、僕が自分の楽曲で得意だと思っている転調のしかたをより工夫しようと思っていました。どれぐらい聴いてくれている人が「?」を持ってくれるかということを意識して、Bメロの中で転調したり、2番のサビ終わりのところで全然関係ないところに飛んでみたりしたんです。音楽って、メッセージを伝えることも重要ですけど、エンターテインメント性が高いとより楽しめることがありますよね。「リズムが効いていて楽しい」とか「サビが耳に残る」とか、そういうことも音楽ならではの強みだと思うので、「メッセージをそのまま曲にしました」というだけではつまらないんじゃないかと思ったんです。

ーー「音楽」の色々な側面を使って曲を作っていきたい、ということですか?

夏代:そうです。このアルバムではまだできなかったことも自分の中ではたくさんあって、たとえば、今ちょうど「トラップっぽい曲を作ってみよう」と試していたりもするんです。まだ自分の中でしっくりくるやり方が見つかっていないんですけどね(笑)。でも、トラップやEDMっぽいことは試しています。EDMをJ-POPに取り入れると、サビが歌になってしまって、「それじゃあEDMじゃないよね?」と思うので、難しいんですよ。

ーー歌を大切にすると、EDMの一番の特徴であるドロップがなくなってしまう。

夏代:はい(笑)。僕はまだ夏代孝明として曲を書きはじめて間もないので、ちゃんと自分の意思を持って歌詞を書いたり、「伝わるような曲」を作ったりと、軸は忘れないようにしつつも、自由に色んなことを試してみたいです。僕の場合は、聴いてくれる人にメッセージが伝わらないなら、自分にとっての音楽の役割は果たせていないかな、と感じるんですよ。

ーー夏代さんは、音楽をコミュニケーションツールとしても捉えている印象がありますね。「誰かのために曲を作りたい」という発想も、そんな人ならではのような気がします。

夏代:いつもではないんですけど、僕は自分の気持ちが乗っているときは自己犠牲の気持ちが出てくることがあるんです。そういうことが、もしかしたら曲にも反映されているのかもしれないです。あと、僕は活動を続けていく中で、SNSでリスナーの人たちとコミュニケーションを取ってきて、それが自分の原点だと思っているんです。だから、僕が何かを伝えたいと思っている人たちが、つねに隣にいるような感覚があって、自分が言ったことに対して「そう思う」とか「そうは思わない」という反応がすぐにもらえる環境にいるので、「音楽を伝える先に誰かがいる」という感覚は、もしかしたら人よりも強いのかもしれないです。

ーーそう考えると、今回の『Gänger』には夏代さんの気持ちを吐き出すような楽曲も収録されたことで、これまで曲を聴いてくれていた人たちとも、より深くコミュニケーションが取れるような作品になっているのかもしれませんね。

夏代:確かに、そうかもしれないです。自分で作詞作曲をはじめたばかりの「ユニバース」や「世界の真ん中を歩く」を作った頃は、僕の音楽を聴いてくれる人に、何かお返しができたらいいな、と思って曲を作っていました。でも僕は、同時に自分の本当にどうしようもないところとか、誰にも言えない葛藤のようなものも持ち続けて活動してきたので、「エンドロール」や「ジャガーノート」を公開するときは、「本当は自分はこういう人間なんだ」ということを知られるのが、若干怖かったりもして。でも、それに対してみんなが「そういう気持ち、僕にも/私にもあるよ」と言ってくれたことが、すごく勇気に繋がりました。だから、また誰かに寄り添う曲を作るときがきたら、その経験が生きてくるような気がしています。「今度こそ本当の意味で、近くにいられるような曲が作れるんじゃないかな」って。

ーー自分の気持ちを隠さずに伝えられるようになってきているんですね。

夏代:僕はたまに、夏代孝明というアーティストが、自分自身ではないように感じることがあるんです。『フィルライト』の頃から、夏代孝明の後ろに本当の自分が立っているような感覚になることがあって、「夏代孝明にスポットライトが当たったときの、その後ろにできる影が自分なんじゃないか?」と思うこともあって。僕は、誰に対しても正直でありたいと思っているので、自分という存在が誰かの中で美化されていく感覚に、自分自身がついていけなくなっていたのかもしれません。それで、「本当の自分はそんなにいい人間じゃない」と、自己嫌悪に陥ってしまって。でも、それって誰の悪意もない現象だと思うんですよ。僕自身もみんなに自分のことをよく思ってもらいたいし、みんなも僕のことを知ってくれて、よく思ってくれているという、誰も悪くないのに起きてしまうことで。だからこそ、僕自身が理想の夏代孝明を越えていく必要があるし、つねに新しいことに挑戦したいと思うんです。

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