『花が咲いている』インタビュー
石川さゆりが語る、“歌うこと”へのモチベーション「みなさんの心や生活に寄り添える歌が歌えたら」
石川さゆりがこの夏、通算123作目のシングル『花が咲いている』をリリースした。プロデューサーに亀田誠治を迎え、作詞・作曲を水野良樹(いきものがかり)が担当したこの曲は、〈きっとだいじょうぶ きっとだいじょうぶ/くちずさんで唇 また噛みしめ〉というフレーズが心に残るミディアムナンバー。小豆島を舞台にしたカップリング曲「オリーブの島」(作詞:いしわたり淳治/作曲:水野良樹/編曲:亀田誠治)を含め、平成最後の夏を彩るシングルに仕上がっている。
リアルサウンドでは石川さゆりにインタビューを行い、本作の制作過程、歌に対する姿勢などについて語ってもらった。(森朋之)
「“たかが”と“されど”を行ったり来たりするのが歌」
ーーニューシングル『花が咲いている』は、亀田誠治さんがプロデュースを担当。亀田さんとは以前からつながりがあったそうですね。
石川さゆり:(以下、石川)はい。林檎ちゃん(椎名林檎)と一緒に、あるライブを観に行ったときに亀田さんもいらっしゃっていて。初めましてと挨拶したのが最初だったと思います。その後、私のリサイタルや公演を何度か観てくださって、「いつか一緒に歌を作れたらいいですね」という話をしていたんです。それが今回、ようやく実現したということですね。
ーー「花が咲いている」の作詞・作曲は水野良樹さんです。
石川:水野さんも亀田さんのご紹介なんです。歌を作るときはいつも、作詞家、作曲家、アレンジャーなど、関わってくださる方々と話し合うんですね。今回もまず「私はいま、こういうことを考えているんだけど、どう思う?」と話をして。演歌、ポップスといったジャンル分けがあるけれど、そういう枠を超えて、平成から年号が変わる最後の夏にみんなの心に沁みていくような歌を作りましょうって。今年もいろいろな出来事があったし、いま、日本中が大変な時期だと思うんですね。そのせいかわからないけれど、みんながイライラしているような気もするんです。混んでる電車で少し肩が当たっただけでも、「ごめんなさい」「すみません」ではなく、チッと舌打ちが聞こえてきたり。ニュースを見ていても殺伐とした空気が感じられるし、寂しさや孤独を抱えてる人が多いのかなって。そういう気持ちをフッと解きほぐせる歌がいいよね、という話もしていました。
ーー現在の日本の雰囲気を汲み取ったうえで、観衆が必要としている歌を作るということですか?
石川:歌を作るというのは、そういうことだと思います。歌はいつも近くにいてくれる、小さくてささやかな文化だと思うんですね。大勢でも一人でも、嬉しいときも悲しいときも寂しいときもそばにいてくれて、「だよね」「わかるよ」って言ってくれる。それが歌のお役目なんだろうなって気がするんです。いまの時代のことを考えると、「がんばれ」っていう言葉はイヤだろうなと思ったんですよね。「花が咲いている」の歌詞は〈きっとだいじょうぶ〉がキーワードになっていて。誰も明日のことはわからないし、絶対に大丈夫とは言えない。でも、行き詰ってしまった今日にさよならして、〈きっとだいじょうぶ〉という言葉を胸に明日を迎えようよって。
ーーさゆりさんの包み込み、語りかけるような歌声も相まって、じんわりと沁みてくるような感覚がありました。
石川:私もこのフレーズがみなさんに届くといいなって思います。事務所のスタッフがね、この前、東北の“鬼剣舞”(岩手県)というお祭りに参加したんですよ。仕事が忙しくて思うように稽古ができなくて、本番前はすごく不安だったらしいんだけど、そのときに〈きっとだいじょうぶ〉って小さい声で歌ってたみたいで(笑)。そんなふうに、ちょっとした励ましや応援ができたらいいなとも思いますね。“たかが”と“されど”を行ったり来たりするのが歌だけど、そうやって誰かの力になれるとしたら、すごく素敵なことなので。
ーー最近はリスナーの趣味が細分化して、多くの人の心に届く曲が少なくなったとも言われていますが、この曲を聴くと「歌の力はまだまだ必要だ」と思います。
石川:かつては歌謡曲が歌謡曲として共有されて、街のなかでいっぱい流れる時代がありましたからね。いまは自分が好きな音楽をセレクトして、いつでもどこでも聴けるようになっているから、そこは確かに違いますよね。ただ、みんなが歌を求めていることには変わりないと思うんです。私ね、この前ロサンゼルスで初めてクラブというところに行ったんですよ。そうしたら、若い方たちが一緒になって、大きい声で歌っていたの。それがすごく楽しそうで、気持ち良さそうで。ふだんは違う生活をしていて、違う毎日を送っている人たちが、ひとつの場所に集まって、こうやって楽しそうにひとつの歌を歌って、踊っている。それを見たときに「やっぱり歌っていいじゃん!」って思ったんですよね。コンサートも同じじゃないかな。2,000人のお客さんの前で歌わせていただくときも、私は一人ひとりに向けて「あなたに」という気持ちで歌っているので。
ーーふだんはバラバラの人たちをひとつにしてくれるのが歌の力である、と。カップリング曲「オリーブの島」は、いしわたり淳治さんの作詞、水野さんの作曲による楽曲。小豆島を舞台にしたナンバーですね。
石川:33年前に、同じく小豆島を舞台にした「波止場しぐれ」という曲を作ったんですね。吉岡治さんの作詞、岡千秋さんの作曲だったんですが、リリース当時、小豆島でオリーブの木の植樹を現地のみなさんと一緒にやらせていただいて。今回、オリーブオイルのコマーシャルソングを歌わせていただくことになったときに、当時「平和、幸せの象徴であるオリーブがどんどん繁るといいですね」と話していたことをふと思い出して、オリーブの歌を作ったらどうだろう? と思ってたんです。それを亀田さんにお話したら、「さゆりさん、僕、子供の頃に家族で小豆島に行ったことがあるんですよ」って。曲を作る前に奥さんと小豆島に旅行して、少年の頃に家族写真を撮った場所を見つけて、同じポーズで撮った写真を送ってくださいました。作詞のいしわたりさんも、私たちに内緒で小豆島を旅行してきたみたいです(笑)。
ーー島の風景が自然と浮かんでくる楽曲ですよね。
石川:時は流れても、島の雰囲気は変わらないですからね。私がすごいなと感じたのは、お嫁に行くときの気持ちが描かれていることだったんです。〈何も知らない ふつつかものに/たしかなものは 愛ひとつだけ〉という思いは、昭和でも平成でも同じじゃないかなって。人生の新しいスタートを切ったばかりの若い方にも温かい気持ちで聴いていただけるだろうし、ブライダルソングとしても流していただけたら嬉しいですね。
ーー亀田さん、水野さん、いしわたりさんとのコラボレーションはどうでした?
石川:まず亀田さんは、すごく優しいんです。いつも温かいし、その場を包み込むようにして、みんなの良さを引き出すというのかな。レコーディング中もずっと楽しそうで、私が歌うと「いい!」って応援団のように支えてくれて。これが亀田流なんだなって実感しました。水野さん、いしわたりさんには、みなさんの毎日に染み込むような、または風のように渡っていくような歌詞を書いていただいたと思っています。おふたりとも“いま”を生きている方だし、ヒリヒリしたものを感じている年代だと思うんですよ。もっと年齢を重ねると達観できるというか、「大変なのはわかるよ。でも、過ぎてみれば“あんなこと、どうってことなかったな”と思うよ」と言えるようになるでしょうけど、水野さん、いしわたりさんはそうじゃなくて、痛みや悩みを感じている。それが歌詞にも出ていると思うんです。「吉岡治さん、阿久悠さんだったら、違う表現をしただろうな」というところもありましたが、それでいいんですよね。平成が終わろうとしているいまを生きているおふたりが書いてくださった言葉にボーカルを乗せたいと思ったので。