乃木坂46、『美少女戦士セーラームーン』ミュージカルに吹かせた新風 画期的な演出方法を振り返る

 このハードルを超えるべくまず施されたのは、ウォーリー木下の演出によるアップデートだった。乃木坂46版セラミューと同じく6月に上演されていた、ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』シリーズなどでも演出を手がける木下によって、今作はプロジェクションマッピングを駆使した密度の高い絵面になった。変身シーンなど呼び物になりやすい場面でこの映像効果が活きるのはもちろんだが、原作のダーク・キングダム編をまとめた今回の物語の中で、登場人物たちの背景にある世界が逐一、具体的に描き出されたことが大きい。視覚的に間延びしないシーンをつなぐことで生まれるテンポは、乃木坂46版セラミューの基調をつくるものになった。これまでのセラミューのオーソドックスな継承にはなりにくいこの企画にとって、今日的な2.5次元演劇の想像力によって生まれたこの演出は大きな役割を果たした。

 そのうえでなにより重要なのは、セーラー戦士を演じた乃木坂46メンバーたちの、役柄への専心だった。2チーム制(「Team MOON」「Team STAR」)でキャスティングされた5人のセーラー戦士のうち、演劇に重きをおいてきた乃木坂46のなかでも着実な実績を積んでいる井上小百合と、よりアニメ的なディフォルメを細部に宿した山下美月によるセーラームーン/月野うさぎ役が好対照をなして、2チーム制を意義深いものにした。

 乃木坂46というグループとして見るならば、1~3期生がそれぞれの現在地をポジティブに示せたことが芝居全体に良い効果をもたらした。山下に限らず伊藤理々杏、梅澤美波ら3期生はすでにキャリアの差を感じさせない成長スピードの速さを見せつけ、またこれまでグループの中で演劇分野での実践が多いわけではない寺田蘭世、渡辺みり愛ら2期生はセーラー戦士にうまく適応していた。1期生同士の対照の妙でいうならば、セーラーヴィーナス/愛野美奈子役を分け合った中田花奈と樋口日奈は、互いに大きく違う仕方で培った引き出しを見せる面白さが目を引いた。台詞の発声でセーラー戦士随一の安定感をみせる能條愛未や、セラミューの身体を最も強く意識していたようにみえる高山一実を含め、1期生がこれまでの活動の厚みをそれぞれのやり方で表現していたのが興味深い。

 キャストのバランスの良さはセーラー戦士のみならずトータルに感じられる。なかでも石井美絵子が演じるタキシード仮面/地場衛のバランスが光る。従来のネルケプランニング版で大和悠河が表現する人物造形がある種の男役の完成形であるだけに、いくぶん舞台上において特権的になりうるのに対し、石井によるタキシード仮面/地場衛はより少年性も強く、セーラー戦士たちと同じ水準に立っているようで面白い。あるいは、プロジェクションマッピングによる都市的なイメージの具現とは対照的に、パペット操演(松本美里、若狭博子)によってルナをキャストと共演させるアナログな手法もフレッシュな効果をみせ、セラミュー史上でもイレギュラーな企画であった乃木坂46版が、明確なスタイルを完成させるのに貢献していた。

 イレギュラーな企画であるとは書いたが、それでもセラミューの歩んできた歴史の先端に乃木坂46版があることを強く認識させるのが、本編終了後のライブショーだった。バンダイ版のセラミュー楽曲であった「La Soldier」「FIRE」が、時を経てネルケプランニング版としても新たな試みとなった今回の企画によって甦ることで、セラミューの歴史性が舞台上にあらわれる。その歴史の体現を、舞台演劇に傾斜しながらキャリアを重ねてグループアイドルのトップに立った今日の乃木坂46が引き受けることもまた感慨深い。

 歴史と新生とを絶妙に感じさせる乃木坂46版セラミューは、キャストと演出とが好相性をみせながら見事な水準でステージを成立させた。この乃木坂46版が『美少女戦士セーラームーン』にかかわるプロジェクト総体にとってどのように位置づけられていくのかは、新演出で行なわれる9月の公演やその先に紡がれる歴史にゆだねられる。ともかくも、相当にチャレンジングでありながら、大いにポジティブな成果をあげた乃木坂46版セラミューが、この先のセラミューを描くうえでも貴重な参照点になったことは間違いない。

■香月孝史(Twitter
ライター。『宝塚イズム』などで執筆。著書に『「アイドル」の読み方: 混乱する「語り」を問う』(青弓社ライブラリー)がある。

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