三宅彰×加茂啓太郎対談 2人が考える“音楽プロデューサーの役割”

 宇多田ヒカルのプロデュースや米津玄師のボーカルディレクションを担当したことで知られる三宅彰。そして、ウルフルズ、氣志團、NUMBER GIRL、Base Ball Bear、相対性理論などを発掘し、現在はフィロソフィーのダンスのプロデューサー、寺嶋由芙のサウンドプロデューサーを務める加茂啓太郎。かつてはふたりとも東芝EMI(後のEMIミュージック・ジャパン、2013年にユニバーサルミュージックに合併)に籍を置き、三宅彰が先輩、加茂啓太郎が後輩の関係だった。

 今回は、ふたりに現在のメジャーのレコード会社の役割、そしてプロデューサーの役割について存分に語りあってもらった。「CDが売れない」と言われる時代だからこそ、重要な思想がこの対談には詰まっているはずだ。(宗像明将)

「歌は1時間ぐらいの勝負でまとめないと絶対ダメ」(三宅)

三宅彰(左)と加茂啓太郎(右)。

ーーおふたりとも、もともとは東芝EMIにいましたが、今は加茂さんがソニーに転職して、三宅さんもソニーに移籍した宇多田ヒカルさんのプロデューサーとして“再会”した形ですね。

三宅彰(以下、三宅):EMIが長かったので辞めたんですけど、ユニバーサル時代も宇多田ヒカルのプロデュースをしていました。僕はソニーに所属していない外部プロデューサーとして、ソニーに転職した加茂さんを追いかけた形です。

ーー加茂さんのソニーへの転職を三宅さんが後押ししたという話も聞きました。

三宅:会社をやってる僕に、会社をやりたいと相談しに来たんですよ。会社をやるっていうのはどれだけ大変なことか、馬鹿なことはやめろと言いましたね。各社いいところも悪いところもあるけど、そういうものを経験したほうが加茂さんの今後の10年、20年に役に立つんじゃないかなと思いましたね。

加茂啓太郎(以下、加茂):ありがとうございます。ソニーに入ってみて、やっぱり社風が全然違うっていうのはわかりました。

ーーおふたりは東芝EMI時代から長い付き合いですよね。

三宅:僕は79年入社で、加茂さんが新入社員で入ってきたのは……。

加茂:83年ですね。

ーー35年前! 加茂さんはブログでボーカルディレクションの師匠として三宅さんの名をよく挙げていて、「自分がそう思ったら、そう貫け」「自信を持ってやれ」と言われたと書いていましたね。

加茂:三宅さんのやり方を見てなるほどなと思ったんです。自分が正しいと思ったらそれを言い通せ、って。

三宅:人間だから、ディレクターでもプロデューサーでも迷うことだらけじゃないですか。本当のことを言ったら、右でも左でもどっちでもいけるなと思うんですよ。そういったときにどうするかって言ったら、よく見るんですよ。そうすると1ミリぐらい右が上だったりするんですよ。そうしたら「100%右だろ」って言うとみんなついてきてくれるんです。それが僕はディレクションだと思うんですよね。

ーーその姿を横で加茂さんが見て学んでいたと。

加茂:そんなに長い期間でもないですけど。

三宅:最近気がついたんだけど、プレイバックってめったにしたことないんだよね。歌入れしててほとんどしたことない。

加茂:マジですか、聴きたいとか言わないんですか?

三宅:だって全部できあがってから聴いてもらえばいいでしょ? ほとんどのアーティストに対してそうやっていたので、それが当たり前だと思ったら、異常だって言われたんです。

ーースタジオのブースで「今のテイクどうですか?」ってアーティストに聞かれないんですか?

三宅:聞かれたことあまりないな。聞かれる?

加茂:何回かやってると、自分でもわかんないじゃないですか、いいか悪いか。三宅さんのやり方は初期のビートルズ・スタイルですね。60年代中盤まではそうやってましたからね。プレイバックもないし。

三宅:僕はそういうものだと思ってたの。だってね、普通の人でも、カラオケで1曲を10回歌わないでしょう。そんなことをしたら精神力が尽きてしまう。アーティストも同じ歌を10回以上歌うことはかなり苦痛なんですよね。だったら、やっぱり歌は1時間ぐらいの勝負でまとめないと絶対ダメだし、その中で最高なものを作るのが仕事だと思ってるんです。

ーーそれは宇多田さんも同じスタイルなのでしょうか?

三宅:そうですね。宇多田ヒカルだけではなく、米津玄師でもやっているんだけど、本当に通常よりも歌入れのレコーディングは短いんですよ。

加茂:うちも一回やってみましょうかね。(寺嶋)由芙ちゃんの場合は、全部歌って完パケした後に歌い直すと3割ぐらいいいテイクがあったりするので差し替えたりするんです。正解はないですから、いろいろ実験はしてますね。録った後に何でも直せる世の中に対するアンチテーゼみたいなものもありますね。

ーー今、加茂さんがアイドルのプロデュースをしているのを、三宅さんはどうご覧になっていますか?

三宅:意外だったけど、それぞれ人の生き方だよね。僕も最近アイドルを頼まれるんだけど、あんまり興味ないんでやらないね。限られた時間でそんなにたくさん仕事はしたくない。むしろ空いた時間に本を読んだり、加茂さんみたいに映画を観たりしたい。加茂さんと映画館でバタっと会ったりしますもんね。そういうことをしながら音楽をやりたいから、あまり時間を潰したくないですね。

ーー今三宅さんが手掛けているのは、宇多田さんのプロデュースと米津さんのボーカルディレクションだけでしょうか?

三宅:あとうちの事務所で抱えてメジャーデビューさせる女の子がひとりと、もうひとりですね。4人。一人はYouTubeでバンドをやってたのを見たんですよ。僕がシャイだから見に行けなくて、僕の知り合いに「一回見てきて」って言ったら「可愛いです」って言われて「じゃあ会おうか」って。天才ですよ、本当に。頑張り屋だからとんでもなくいい。

加茂:そのバンド、僕も知っててコンタクト取ってたんですよ。

ーーメジャーデビューと言えば、加茂さんはフィロソフィーのダンスのメジャーデビューに関しては慎重ですよね。

加茂:年内くらいにはメジャーの発表をできればいいなと思っていますけど。

ーー加茂さんがよく言うのは「宣伝だけでいい」と。要は、制作は自分たちでできるから、後は宣伝だけしてくれればいいという話ですね。

加茂:しかも、クラウドファンディングでイニシャルコスト以上のものが簡単に集まっちゃうじゃないですか。

ーー今回、2018年6月16日に開催されるフィロソフィーのダンスのリキッドルームでのワンマンライブのためのクラウドファンディングがCAMPFIREで行われて、予定の3倍以上集まりましたね。

三宅:それは加茂さんの懐に入ったの?

加茂:クビになっちゃいますよ(笑)。ソニーの口座に入りましたよ。

ーー今回は生バンドを入れて、映像化するためのクラウドファンディングでしたね。三宅さんから見て、クラウドファンディングはどのように映りますか?

三宅:以前は音楽をやるっていったら、レコード会社に入らなければ何ひとつできなかったんですよ。アナログだって出せなかったし、宣伝もやってもらえないし。そんな状況がどんどん変化してきたじゃないですか。レコード会社に頼らなくてもできる音楽の可能性がすごく広がったんじゃないかなと思います。逆に言うと、もっとレコード会社は変わらないとダメですよね。30年前のやり方をやっていたらダメですよ。加茂さんも言うようにいらないんですよね、今の形のレコード会社だったら。だから僕はレコード会社が変化してくれることをすごく期待しているんです。

ーー三宅さんも、レコード会社は変わったほうがいいと言いましたけれど、メジャーにいる意味が問われる時代ですよね。

三宅:僕はメジャーにいる意味があるようにメジャーが変わってくれればいいと思うんですよね。結局「人」だと思うんですよ。お金があって組織が立派でも、本気でやりたいやつがいなかったら乗り越えて行けないんですよ。これは不思議なほどに。だから僕はどっちかというと人を見ますね。レコード会社が人を大事にして、人を前面に出していくような形がいい。もうちょっと顔が見えるような組織づくりとか人材育成とかをしてほしいですね。レコード会社のOBとしては、新しい型のレコード会社に期待しています。

ーーなんでそうならないんでしょうね?

三宅:そのぶん仕事が増えてるもん。たとえばディレクターはたくさん書類を書かなくちゃいけないでしょ。僕なんか何も書いたことないもん。

加茂:東芝EMIでは書きましたよ、制作計画書とか。

三宅:僕、書いたことないもん。

加茂:昔はなかったですよね、80年代初頭までは。

三宅:だんだん偉くなっていくと書かなくていいわけですよ。でも、常に音楽のことばかり考えられて、書類のことを忘れられるような環境にしてあげないと、やっぱりダメだと思いますよ。

加茂:フィロソフィーのダンスも無駄は排してますね、極力。スタッフも少ないから。上司からも、ソニーに入る時に「加茂くんのやることにこっちは精査しないから」って言われたので。僕の良識の範囲内でやっています。

三宅:加茂さんから良識って言葉が出るとは思ってなかったよ(笑)。

加茂:VOWWOWで制作費3000万円飛ばした話とかのことを言いたいんですか?(笑)

 

ーーなんですか、その3000万円って。

加茂:ボブ・エズリンがプロデュースしたVOWWOWの『マウンテン・トップ』というアルバムの制作費ですね。Kiss やPink Floydのプロデューサーです。当時は石坂(敬一。東芝EMI、日本ポリグラム、ユニバーサルミュージック、ワーナーミュージック・ジャパンで活躍)さんに国際電話で直訴しました。

三宅:そしたら「まぁしょうがないだろう」って。

加茂:石坂さんもPink Floydが好きだから「エズリンならいいんじゃないか」みたいな。全くリクープできなかったですね。バンドも解散しちゃうし(笑)。

三宅:でも、そういうことってものすごく大事で、レコード会社はそういう無駄がないとダメなんですよ。その時の石坂さんは部長ですからね。3000万もの権限が部長にあること自体が素晴らしいですよね。昔のレコード会社って、お蔵入りした音源がたくさんあったんですよ。作ったけど「これダメ」って言われてお蔵入りしたものが。

加茂:ありましたね。編成会議でボコボコに言われて。

三宅:今アルバムの11曲を作るためには、11曲しか仕上げてないんですよ。お蔵入りした音源なんて聞いたことがないですよ。効率化を図っていったり、書類をたくさん書いて人が見えなくなったり、悪い流れになっているから、50年ぐらい前にレコード会社ができた時のシンプルな形にもう1回戻した方が絶対いいと思います。

ーージュークボックスの時代に戻って。

三宅:そうそう、個人がやってる感じにね。小さくなって。

加茂:でも、今はアルバムを300万円で作れっていう時代ですからね。

三宅:僕の場合はそれじゃ成立しないのよ、僕のギャラが高いからさ(笑)。でも、お金が欲しくてギャラを高くしてるわけじゃないんですよ。こういうプロデュースする人たちってすごく虐げられてるわけです。だから「僕がお金を取らなかったら誰が取るのか」っていうつもりでお金を取ってるんですよね。才能とかクリエイティブなものに対してちゃんとお金が払われなきゃいけないと思うから、あえて僕は高くしているんです。でも、給料は安いですよ(笑)。

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