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『ピースサイン』リリースインタビュー

米津玄師が明かす、表現者としての“核心”「最後に残るのは『普遍的なものを作りたい』ということ」

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「思い出というのは年をとるほどまやかしに包まれていく」

――さて、子ども時代の自分との対話、という意味では、カップリングの「Neighbourhood」に、より純化した形で現れていると思います。

米津:そうですね。「ピースサイン」で対話しているのが、マンガやアニメに一喜一憂して、ワクワクしたり、悲しんだりしながら生きている自分だとすれば、「Neighbourhood」はそれとは違う、もっと日々の生活に近い部分での子どものころの自分というか。

――楽曲としても、王道のギターロックの流れもありながら、もう一つ前の時代の
英国ロックのニュアンスも感じました。

米津:イメージしたのは、Oasis「Don’t Look Back In Anger」と、The Beatlesの「Strawberry Fields Forever」ですね。これにはちゃんと意味があって、彼らはイギリスの労働者階級から出てきて、一躍、国民的なスターになった、というストーリーがあるじゃないですか。そこに共感するというか、「自分もまともな教育を受けてきてねえな」と思う瞬間があるんですよね。もちろん楽しかった記憶もあるし、こんなことを言ったら親に怒られるかもしれないけれど、マジでしょうもない場所だったな、と思うんです。地元には若者の音楽みたいなものはまったくなくて、ライブハウスに行ってもダサいバンドばかり。こんなところで、こんなヤツらと一緒に生きていかなきゃと思うと絶望したし、ずっと早く出ていきたいと思っていたんですよ。この曲は、そういうふうに考えて、くすぶっていたころの自分との対話ですよね。

 でも、絶対に同じようなことを考えている人はいると思うんです。「俺はなんでこんなところにいるんだろう?」って。幸い、自分の場合はインターネットというものが身近にあって、すごく手に入りやすい場所に、自分と似つかわしい、生きていける環境があったから、それを拠り所として生きていくことができた。だから、同じように思っているいまの子どもたちに向けて「大丈夫だよ」と言ってあげたいな、という気持ちもあります。

――そして、その子どもから問いかけられている節もあります。

米津:そうですね。「お前どうなの?」って。

――<煙草の煙で満ちた 白い食卓だ>というフレーズが印象的でした。“白い”というクリーンなイメージのある言葉が、別の意味で表現されていて。

米津:これ実話なんですよね。学校から帰ってきて、居間の扉をバッと開けると、真っ白なんです。“白い食卓”としか形容しようがない。

――そういうリアリティが反映していると。<耳に残るバーバラアレン>のバーバラアレンというのは、スコットランドの民謡ですね。

米津:そうですね。徳島から出てきて初めて知った曲でもあるんですけど、僕はジュディ・コリンズのバーバラアレンがめちゃくちゃ好きで。「蛍の光」などもそうですが、スコットランド民謡って、すごく郷愁を感じるじゃないですか。故郷も「しょうもない場所だったなあ」と思う反面、思い出というのは年をとるほどまやかしに包まれていって、苦しかった出来事は削ぎ落とされていく。クソみたいな環境だったけど、それはそれでよかったんじゃないか、友だちと遊んだり、幸せを感じた出来事もあっただろうと。そういうものだけを抽出して夢に見たり、あのころの友だち、何しているかなと思ったり。そういう郷愁というのは、重要なテーマでした。

――なるほど。確かに、一つひとつのフレーズが鋭くて、少年時代のリアリティのある光景が浮かぶんですけど、そこにちゃんと向き合って、愛を持って眺めている感じがしました。

米津:愛憎入り乱れて、というか。そこから出てきた人間なんだ、ということは認めざるを得ないし、そういうものとして生きていきたいなというふうには思います。

――ネットでボーカロイドを使った音楽を発表していたときは、小学生や中学生に向けて作っていたのに、自分で歌うだけで違うものに捉えられて、という話もありました。米津さん自身は子どもたちにも、大人にも刺さる曲を作ってきたと思うのですが、「誰に向かって歌うか」というときに、いまはやっぱり10代の子たちを大切にしたい、という思いが戻ってきているのでしょうか?

米津:それもまた、愛憎入り乱れる、みたいな話で、自分のなかにはいろんな自分がいるなあと思うんです。10代の子どもたちの感性が好きな自分もいるし、その反対にいる大人たちに向けて音楽を作りたいと思う自分もいる。「もう10代に向けて作んなくてもいいよ」と思う瞬間もあるし、日々のバイオリズムで全然違うんです。自分はそれを別に隠そうとは思わないし、気分に振り回されながら右往左往してるところが、音楽にも現れているなと。『Bremen』以降、自分がやってきたことを振り返ってみると「すげえ支離滅裂だなぁ」と思う瞬間もあって、客観的に見るとそう思われても仕方がない。そこで、自分って一体何なのか、と考えたときに、最後に残るのはやっぱり、「普遍的なものを作りたい」ということなんだろうなと思うんです。誰かを愛したいとか、友だちとずっと一緒にいたいとか、そういうことって、国籍人種関係なく、誰しも思い描くものじゃないですか。そういうものをちゃんと射貫きたいという思いはすごく強くて。

――なるほど。そこはブレていない部分ですね。

米津:その根本さえ忘れずに音楽を作っていけるのであれば、その他の部分に関してはどうでもいいというか。ロックテイストとか、エレクトロテイストとか、スタイルとしてはいろんな形があると思うんですけど、自分が思う普遍的なものというのを満たしていると感じられれば、どんな形でもよくて。それが少年に向けた少年のための普遍性なのであれば、「ピースサイン」という曲になるだろうし。

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