姫乃たま『First Order』インタビュー
姫乃たまが乗り越えた、アイドル活動の葛藤 「やりたくないことをやるのが仕事だと思っていた」
好きなものとアイドルが乖離していた
——そもそも姫乃たまさんが聴いてきた音楽は何でしょうか?
姫乃:胎教はレニー・クラヴィッツとビートルズで、生まれてからもビートルズを聴いていました。初めて能動的に聴いたのはザ・ブルーハーツとザ・コレクターズで、ザ・コレクターズは今も好きです。中学に入る前からヒップホップにハマって、SOUL'd OUTやBENNIE Kは地方まで追いかけていました。2BACKKAも好きでしたね。ヒップホップを掘ったら、妄走族が一番好きで、いまだに同じアルバムを聴いています。ほかの音楽は軟弱だと思っていたんですよ、「ナヨナヨしている」と。高校時代に矢野顕子さん、小島麻由美さん、戸川純さんが好きになったけれど、好きなものとアイドルが乖離していて、アイドルの「仕事感」がすごくて活動を休止したのが19歳のときでした。
——「仕事感」というのは具体的にはどういう感覚だったんですか?
姫乃:ファンの人が好きそうなアニソンを歌って、やりたくないことをある程度やるのが仕事だと思っていたんです。
——趣味に近いことも当時やれば良かったのかもしれませんね。
姫乃:アングラ文化とも出会ったんですよ。魔ゼルな規犬さんと知り会ったのもその頃なんです。
——そういう方向性のアルバムは残ってないんですね。
姫乃:作品にするより、その場でやる感じでしたね。
——そういう時期も乗り越えてきたSTXさんから見たボーカリスト・姫乃たまの魅力はどこでしょうね?
姫乃:わからないですね……。ここ2年ぐらいボーカルの劣化がひどいんで。技術と頑張りが合致していたのがFriendly Spoonかな?
——でも、私は「僕とジョルジュ」で「姫乃たまさんってこんなに歌えるんだ?」と思ったので、きっと自己評価とは違うんですよ。STXさんのほか、藤井洋平さんや宮崎貴士さんを『First Order』で起用したのはどういうきっかけだったのでしょうか?
姫乃:おふたりの曲を聴いていいなと思ったんです。おふたりは3曲ずつと決めて、レコーディングのときまでほぼ会わなかったですね。宮崎さんは私のことをすごく考えてくれて、「姫乃たまさんはこういう人だと思う」とメールをくださるんですよね。すごく褒められて、買いかぶられているかなと……。藤井さんは、ぱいぱいでか美ちゃんの「レッツドリーム小学校」(2014年)で藤井さんの曲(「long vacation』」を聴いて、「藤井さんがいい」と私が言ったんです。
——「来来ラブソング」で、工藤静香の「MUGO・ん…色っぽい」をいきなり引用しているのには不意を突かれました。
姫乃:STXさんが作ってきて、「ギリギリなんで歌詞で寄せないでくださいね」と言われたけど、面白いので寄せました(笑)。レーベルにもギリギリまで送らないで。最初は途中で変える予定だったけど、キャッチーじゃないですか?
——たしかにすごくキャッチーですね、ギリギリで……。『Switch』(2013年にリリースされた姫乃たまの非全国流通盤)にも収録されていた「ねえ、王子」は、今回何バージョン目なのでしょうか?
姫乃:4、5回トラックを変えて録り直しているんですよ。私が下手で、コーラスも入ってもらっていたけど、自分のボーカルだけで録ってみたら、ライブで歌いすぎていて逆に難しくて(笑)。ライブと違うテンションなので、音源では落ち着いています。
——「マジで簡単なコネクション」は、語りともラップともつかないボーカルですね。水曜日のカンパネラみたいです。
姫乃:聴いたことないんですよ(笑)。全部打ち込みのバンド・サウンドだけど、さっき話したように「これじゃないよね」っていうバンド・サウンドの時期もあったので、昔の自分も俯瞰できる曲ですね。
——姫乃たまさんによる歌詞も尖っていますよね、ほかのアイドルにも突き刺さるような……。
姫乃:思ってないですよ、こんなこと! 歌詞の「にゃ〜」という語尾は、筋肉少女帯の「暴いてやりなよドルバッキー」ですね。リアルサウンドでDARTHREIDERさんと対談して(参考:姫乃たま、DARTHREIDERにラップのイロハ教わる「気持ちいいリズムを見つけるのが最初の作業」)、どう韻を踏んで歌うのがいいのかを教えてもらったんです。DARTHREIDERさんから「いいライミングだよ」と言ってもらえました。
——「DSK109」の「レコードさくさくしている君」という歌詞も、姫乃たまさんの世代の表現としては新鮮な印象を受けました。下北沢育ちのアイデンティティが濃厚に出ていますね。
姫乃:そういうところが40代、50代に刺さるんですかね(笑)。
——同世代との差がありますね……。
姫乃:周りに20代があまりいないんでわからないんですよ。私の友達はだいたいレコードプレイヤーも持っていますよ。
——「拝啓ジョーストラマー」に、SPANK HAPPYの「拝啓 ミス・インターナショナル」のオマージュを入れているのも呪われていて、姫乃たまさんらしいと思いました。
姫乃:これひどくて(笑)。これだけ作詞が3年前とかで、ライブで歌っていた時期もあったんですけど、今ならこんな露骨な書き方はしないです(笑)。「拝啓 ミス・インターナショナル」もライブで歌っていましたね。
——今回は藤井洋平さんによるブラック・ミュージック色の強い「そういうこと」や「人間関係」を歌っている姫乃たまさんが新鮮でした。ボーカリストとしてはいかがでしたか?
姫乃:めちゃくちゃ大変でした。いかに藤井さんみたいに歌えるかがんばりました。完全に卓球のラリーみたいに、藤井さんが1行ずつ横で歌ってくれて、私も同じように歌って。「人間関係」とかめっちゃいいですよね。でも、歌うとなると一番大変でした。
——「人間関係」は歌詞も含めて退廃的でけだるくて、新しい「姫乃たまらしさ」が出ているように感じました。
姫乃:問題作ですよね。高校生のときの私と友達の歌なんです。スペイン坂に「人間関係」っていうカフェがあって、そこで歌詞を書いたんですよ。「この歌詞、良くないのでは……?」と送ったら、藤井さんと金野さん(金野篤。MY BEST! RECORDSディレクター)にめちゃくちゃ気に入られました。
——宮崎貴士さんは「ポール・マッカートニー出身」ならではのメロディーですね。「おかえりのうた」や「さよならのワルツ」は、「姫乃たまによるひとりビートルズ」の感がありました。
姫乃:特に「おかえりのうた」は、歌詞も気に入っているし、ああいう歌があるのもいいですよね。宮崎さんが作ってくれた「愛はさかあがり」は、とり・みき先生へのオマージュ(とり・みきの漫画『愛のさかあがり』)です。恋愛って最初はいいのにさかあがりみたいに頭に血がのぼってしまうよね……っていう歌詞だけど、さかあがりが上手い人は頭に血が止まらないんですよね。さかあがりができなくて途中で止まるのは、運動のできない私の発想(笑)。
——「静かに静かに」と「くれあいの花」でSTXさんが作詞も担当して、作詞作曲編曲すべて手掛けたのはなぜでしょうか?
姫乃:めちゃくちゃ作詞してくる人なんですよ。「マジで簡単なコネクション」も「拝啓ジョーストラマー」も歌詞があって、それを私が書き換えているんです。でも、私は作詞があんまり得意じゃないので、歌詞があったらあったでいいんじゃないかなと思うんです。「静かに静かに」は思い入れがありそうでいじれなくて。「くれあいの花」は、3年ぐらい前に一度レコーディングをしているんですよ。だからもう歌詞もそのままでした。