サイプレス上野が考えるヒップホップとの向き合い方「普通のヤツが知恵と工夫でサバイブしていく」
「俺と吉野は今までこれっぽっちも勝っていない」
ーーヒップホップ界の名A&Rとして知られる、P-VINEの故・佐藤将さんのエピソードも印象的でした。
サ上:佐藤さんは俺にとって友達でもあるし、恩人でもあるって感じですね。俺たちのことをすごく気にかけてくれて、やりたいことやっていいからって。川崎に住んでいたけれど、いつもドリームまで送ってくれたりして。俺たちが出ている雑誌をカラーコピーして、それを冊子にしてみんなに配り歩いていることを知ったときは、「この人は変態だな」って思いましたけれど、すげぇ嬉しかったですね。フットワークが軽くて、新しい音楽を見つけるのが好きで、どんどん世に出したいっていう人でした。気付いたら、俺の地元の奴とも仲良くなっちゃって、麻雀でカモにされていたときは、さすがにちょっと怒りましたけれど。一緒にフジロックに行ったときは笑ったなぁ。車で行く途中、渋滞に巻き込まれて、「お前たち、新幹線に乗って先に行け。俺は諦める。お前たちのライブを信じている」って言ってくれて。佐藤さん、気合い入れて山用の服とかいっぱい買っているのに。それで、新幹線代をもらって俺たちだけ先に行って、佐藤さんは帰ったんですね。でも、その後に続いていた俺の地元の奴らは、途中で渋滞が解消されたみたいで普通に間に合っていて(笑)。
ーーちょっと天然なところがある方だったんですね。
サ上:愛すべき人でしたね。火事で亡くなったから、燃えていたりしたら嫌だなって思っていたんですけれど、すごく綺麗な顔していて。一緒にお世話になっていた漢くんは「草吸ってそのまま寝ちゃったんじゃない?」って言っていたけれど、たぶん佐藤さんらしいズッコケだったんじゃないかな。ショックはショックだったけれど、最期まで愛嬌がありました。
ーーほかにも、貴重なエピソードが盛りだくさんで、伝記モノとしても面白かったです。逆説的ですが、ヒップホップの話にとどまらないところが、すごくヒップホップな一冊だと感じました。
サ上:そういう風に読んでもらって、ヒップホップって面白いなって感じてくれたら、すごく嬉しいですね。本にも書いたけれど、俺と吉野は今までこれっぽっちも勝っていないんですよ。特別でもなんでもない、普通の人間だし、ビッグヒットもない。でも、普通のヤツが知恵と工夫でサバイブして、オリジナルを見つけていくのが俺にとってのヒップホップで、まだまだこれからです。もっと上を目指して頑張っていくので、本を読んで興味を持ってくれた方は、俺たちのこれからの動きにも注目してください。
(取材・文=松田広宣)