くるりの楽曲を形作る、不変のメロディセンスとコード感覚ーーベスト収録曲を改めて紐解く

 続いて2002年にリリースされた、9枚目のシングル曲となる「ワールズエンド・スーパーノヴァ」(『THE WORLD IS MINE』収録)は、ダンスミュージックの要素を全面的に打ち出した曲。キーはAで、前半はBm7とDMaj7を4小節ずつ繰り返し、そこに八分音符のシンコペーションを駆使した(ちょっとダイナソーJr.っぽい)メロディが乗る。そして、2分を過ぎたところでようやくコードが展開。<D - E - F#m - A - D - E - F#m - A - D - E - F#m - D - Bm7 - C#m7 - F#m - F#m>という間奏を挟み、前半と同じメロディが、<A - D - E - F#m - A - D - E - F#m - D - E - AonC# - F#m - D - EonC# - F#m - F#m>というコード進行の上で歌われ、全く違う響きを醸し出している。全体的に、非常につかみどころのない楽曲で、これがくるりのシングル曲の中で、もっとも商業的成功を収めたというのはなかなか痛快だ。

 2008年9月に発売された、20枚目のシングル曲「さよならリグレット」(『魂のゆくえ』収録)は、バロック調のアレンジが可愛らしく“ビートリー(ビートルズっぽい)”なポップチューン。キーはAで、Aメロは<A - E7onD - AonC#/G#onC - Bm7 – GMaj7 - F#m7 - B7onD# - E>。ここでもベースがルート音を避け、浮遊感を醸し出す。特に2小節目から4小節目までは、半音ずつ下降していく「クリシェ」の技法が用いられている。この曲も、やはりBメロは挟まずサビへ。コードは<AonG - DonF# - DmonF - AonE>で、やはりベースは半音ずつ下降するクリシェ。1小節目から分数コードというのは「ばらの花」と同じアプローチで、このモヤモヤした感覚が、何度もリピートしたくなる中毒性の秘密かもしれない。

 最後は、昨年9月にリリースされた29枚目のシングル曲「ふたつの世界」。TVアニメ『境界のRINNE』(第1シリーズ/NHK Eテレ)後期エンディングテーマに起用されたこの曲は、コードが2拍単位で展開していくという、いつものんびりとした曲調が持ち味のくるりとしては、かなり異色なナンバー。キーがDで、Aメロは<D/G - DonA/A#dim - Bm/E7 - A7 - D/AonC# - Bm - C/A - D>。時おりディミニッシュや分数コードが出てくるが、基本的にはダイアトニックコードによって展開されている。Bメロは<Am7 - D - GMai7 - C7(9) - Bm /A#dim - DonA /G#m-5 - A /A#dim - Bm7 - E7 -Bm7 -E7 /A7>。ドミナントマイナーコード(Am)や、後半ではベース半音下降「クリシェ」なども登場する。サビは、前段が<D /AonE - DonF# /Gm6 - Bm7/E7 - A7 /Aaug>で、後段が<D /AonE - DonF#/ G - C7(9) /Em7onA - D /D7>。Aメロのコード進行を展開させたものだ。アレンジは「さよならリグレット」にも通じるバロックポップで、まるでアラン・トゥーサンのようなニューオリンズ風のオブリガードがピアノで奏でられたり(Aメロの4小節目など)、間奏部分では坂本龍一「戦場のメリークリスマス」を思わせるフレーズが一瞬飛び出したりしてとても楽しい。ドラムはマーチになったりタテノリになったり、フィル・スペクターっぽくなったり倍のリズムになったり、セクションごとにコロコロと変化していく。メロディはいつになく抑揚たっぷりで、彼らの中でもひときわ情報量の多い楽曲といえるだろう。それでいて、愛くるしく朴訥な雰囲気がちゃんと残っているのはいかにもくるりらしい。

 アルバムごとに新境地を切り開きながら、「くるり」としか言いようのない雰囲気を保ち続けていられるのは、岸田による唯一無二の歌声はもちろん、常に変わらぬメロディセンスとコード感覚が、どの曲にも貫かれているからではないだろうか。

※記事初出時、一部表現に誤りがございました。訂正してお詫びいたします。

■黒田隆憲
ライター、カメラマン、DJ。90年代後半にロックバンドCOKEBERRYでメジャー・デビュー。山下達郎の『サンデー・ソングブック』で紹介され話題に。ライターとしては、スタジオワークの経験を活かし、楽器や機材に精通した文章に定評がある。2013年には、世界で唯一の「マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン公認カメラマン」として世界各地で撮影をおこなった。主な共著に『シューゲイザー・ディスクガイド』『ビートルズの遺伝子ディスクガイド』、著著に『プライベート・スタジオ作曲術』『マイ・ブラッディ・ヴァレンタインこそはすべて』『メロディがひらめくとき』など。

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