高橋美穂の「ライブシーン狙い撃ち」 第10回
こんなバンドが今もいるーー北海道発のニュー・ジェネレーション、NOT WONKの衝撃
NOT WONK。その存在を知ったのは、彼らのレーベルであるKiliKiliVillaに注目したことがキッカケだった。元銀杏BOYZのアビコシンヤがチーフ・プロデューサーを務めるこのレーベル。銀杏BOYZを辞めてから、彼のセンスが世の中に発信される機会がなくなってしまうのではないかと懸念していた自分としては、KiliKiliVillaがスタートしたことは吉報だった。
遡れば、今はカクバリズムで大活躍している角張渉と共にSTIFFEEN RECORDSを共同運営していたアビコ。IDOL PUNCHの充実ブックレット付アルバム『RELAX ACTION』、のちにYOUR SONG IS GOODへと繋がった伝説のバンドFRUITYのコンプリート盤『SONGS』などなど、彼ら自身が音楽が大好きだからこそ成し遂げられたであろう、欲しいと望まれるもの、そして手に入れて想像以上に楽しめるものをリリースしていたSTIFFEEN RECORDS。GOING STEDY~銀杏BOYZで見え隠れしていたアビコのセンスは、ひもとけばひもとくほど面白いのではないか。そんなことを、STIFFEEN RECORDSは感じさせてくれた。STIFFEEN RECORDSはいつしかストップしてしまったが、再びパンク/インディシーンが沸々と盛り上がりを見せてきた頃に、アビコがKiliKiliVillaを立ち上げたところからは、彼の音楽に対する正直な感性と、そのアンテナの正確さが表れているような気がしてならない。
では、NOT WONKの話に向かおう。2015年5月にリリースされた彼らの1stアルバム『Laughing Nerds And A Wallflower』は、私は大いに信頼を寄せるインディレーベルからのリリースとして捉えていたのだが、その範疇を越えてメディアでも話題を呼んだ。それは、シンプルに言うと、今の時代には珍しい音楽を鳴らしていたからだろう。90年代をリアルタイムで過ごしたパンク/インディ好きの心が震えるような楽曲たち。そしてそれは、1990年代半ばに生まれた彼ら(と同世代のリスナー)にとっては、とても新鮮なのだと思う。彼らの楽曲を聴いていて改めて思うのだけれど、最近バンドマンは器用に、音楽は機能的になり過ぎたのではないか。フェスという明確なターゲットが出来たことや、楽曲を生み出すハード面の充実など、様々な理由があるのだろう。確かに、突っ込みの入れようもない整理された楽曲は、聴いていて快楽的なところがあるけれど、果たしてそれはロックを欲するような不安定な心に寄り添えるのか?というと、答えはNOだと思う。もしかして、いまどき、ロックを欲する不安定な心の若者もいないのかもしれないけれど。しかし、そう思っていた頃にNOT WONKは現れた。94~95年生まれの3人組であり、YouTubeで90年代USオルタナ/パンク/エモに出会って心惹かれたという、まるで私たち(やレーベル・プロデューサーであるアビコ)の世代が古いレコードを掘り起こすようにインターネットを使ったニュー・ジェネレーションだ。自分たちに合ったアウトプットを探しているうちに、あの時代の音楽に辿り着いたのだろうか。そう思えるほどに、ただただ憧れに満ちたカバーじみたものではなく、ごくごく自然に響いてきた。数々の素晴らしいロックバンドが生まれた北海道発というところも、説得力を感じさせた。
あれから1年余り。2ndアルバム『This Ordinary』が届いた。これまた、90年代のモヤモヤ感とキラキラ感がマーブル模様を描く美しい仕上がり。紛れもなく、ロックを欲する不安定な心が作り上げる音楽だ。そして、一言一音にギュッと情報を詰め込めている雄弁さも光る。言葉もビートもメロディも、何もかも多弁に一曲に詰め込む傾向があるこの時代には、スカスカにしてズッシリと響く感覚は新鮮だ。シンプルな構成ながら、唐突な展開もあるが、計算し尽されたものというよりは、歩いていたら花を見付けて立ち止まってしまったり、雨が降ってきて駆け出さずにはいられなくなったような、日常の中にある起伏と似たようなものに聴こえてくる。『This Ordinary』というアルバムタイトルに、どんな思いを込めたかはわからないが、これが日常に鳴るど真ん中のロックという感覚が、私にはある。そして、まだまだいろいろなことがはじまっていくようなワクワク感が、小さなライブハウスの中でうごめいている光景も、アルバム越しにはっきりと見える。
今作を聴いた時に、初めてLOSTAGEに出会った時の感覚を思い出した。音楽性は違えど、自分の心に余りにもしっくりとフィットする感覚が同じだったのだ。こんなバンドが今もいる、という衝撃と安心。勝手な願いだが、どうか、シーン全体のうねりを作るとか、大袈裟な立ち位置を目指して捻じれて欲しくはない。様々なところに点在している、彼らのようなバンドを求めている人たちが、まだまだたくさんいるはずだ。まず今作は、90年代に熱心に音楽を聴いていた同世代なら、どんなジャンルが好きな人だって夢中になれると断言出来る。そして、新しい世代の中には、00年代から培われてきた「ロック」の価値観がひっくり返される人もいるかもしれない。もっともっと気付いてほしい。今の時代にはNOT WONKがいる。
■高橋美穂
仙台市出身のライター。㈱ロッキング・オンにて、ロッキング・オン・ジャパンやロック・イン・ジャパン・フェスティバルに携わった後、独立。音楽誌、音楽サイトを中心に、ライヴハウス育ちのアンテナを生かしてバンドを追い掛け続けている。一児の母。