海外R&Bはなぜ“下ネタ”をアーバンに歌う? 高橋芳朗✕古川耕が語る“馬鹿リリック”の世界

R&Bはなぜ下ネタをアーバンに歌うのか

古川「どちらが正解とはいえないところも、生きた文化を翻訳する難しさ」

ーー『R&B 馬鹿リリック大行進』はもともと、雑誌の企画から始まったと伺っています。改めて本書が刊行に至った経緯を教えてください。

高橋:最初に特集を組んだのは確か1999年だったと思います。当時僕は『blast』というヒップホップ雑誌の編集部で働いていたんですけど、音楽を使って遊ぶような企画を組むのがすごく好きで。ちょうどそのころヒップホップの影響を受けた行き過ぎた性豪自慢みたいな歌詞がR&Bに増えてきて、これをまとめたらおもしろいことになりそうだなってスタートしたのがきっかけです。古川くんと、R&B系のライターの川口真紀さんに協力してもらいました。

古川:僕は当時、ライターだったんですよね。でも、R&Bに関しては全く詳しくなくて、むしろちょっと抵抗があるくらいだったんですけれど、だからこそ客観的にいろいろ突っ込めるかなって。

高橋:当時宇多丸さんは『blast』の連載陣のひとりだったんですけど、その連載上で馬鹿リリック特集を大絶賛してくれたんですよ。ただ、この企画は決してR&Bの歌詞を自分たちでおもしろおかしく訳しているわけではなく、国内盤CD封入のブックレットに掲載されているオフィシャルの対訳に準拠したものだから、好評だったからといって量産できないのが玉にキズなんですよね。結局、紙面では1〜2度しかやってないんじゃないかな?

古川:2007年に宇多丸さんのラジオ『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』が始まって、僕は構成作家として入ったのですが、番組開始からしばらく経ってから、高橋芳明さんを呼びたいねって話になって。その時に、改めてこの企画をラジオでやってみようということになりました。結局、雑誌でやってから10年くらい経ってラジオ化したのですが、蓋を開けてみたら大反響で。

高橋:あのしょうもない歌詞をアナウンサーの方に朗読していただくことでまた新しい面白味が出るというのは発見でしたね。深夜ラジオと下ネタの相性の良さも手伝って、たちまち人気企画になりました。

ーーそれがいまになって書籍化したのはなぜでしょう?

古川:『ウィークエンド・シャッフル』で昨年、番組の特集をまとめた『 “神回”傑作選 Vol.1』っていう本を出したんですね(2015年3月発売)。その時にもちろん、馬鹿リリック大行進も活字化しようという話はあったんですけれど、5回くらいやっている人気企画なので、これだけで一冊にできるかなと。要するに、『“神回”傑作選』と合わせて進めていた企画だったんです。

高橋:ちょうどR・ケリーの新作『ザ・ビュッフェ』のリリースと重なっていて、タイムリーでしたね。

ーー書籍としての形式も面白いですね。横書きでトークを展開した後に、プレイボタンが出てきて、次のページをめくると、とんでもない歌詞が出てくるという。

古川:書籍にした時に、いちばん面白い見せ方は何かを考えて作りました。ひと昔前の書籍には、こういう遊びのある単行本っていろんなジャンルであって、僕自身がそういう書籍を好んでいましたし、『“神回”傑作選』が割と文字がぎっしり詰まった本だったので、それとは全然違うスタイルにしたかったので、こうなりました。『“神回”傑作選』は、あえて喋ったそのままを掲載し、脚注をつけるという作りにしましたが、『馬鹿リリック大行進』は、とにかくキレの良さ重視で、かなり編集しています。書籍化したときに快適に読めるようにするというのは、今回かなり意識したところなんですよ。というのも、今後は文字起こしの意味合いが変わってくると考えていて。最近はコンピューターやスマートフォンの音声入力の精度が上がってきて、喋ったことをかなりの精度で文字化できてしまうんです。たぶん近い将来、ラジオで喋ったことをそのまま文字データとして残すことは可能になるはず。でも、喋ったことを単に文字にしても、書籍に適したコンテンツになるかというと、必ずしもそうではないんです。本として最適な見せ方をするには、やはり人による編集の力が必要で、それを本書では特に示したかった。

ーー書籍を刊行して、どんな反響がありましたか。

高橋:作家の高橋源一郎さんが『アサヒ芸能』の書評で取り上げてくださったのはびっくりしました。あと、Base Ball Bearの小出祐介さんがツイッターで「歌詞のヒントにならないかと思って読んでみたら全然参考にならなかったうえに笑いすぎて仕事にならなかった」とポストしていたのはうれしかったですね。先日は星野源さんにもお渡しできたので反応が楽しみです。

古川:良いケミストリーを期待したいですね。

ーー改めて書籍に収録されたコンテンツでいうと、翻訳家のKana Muramatsuさんの対談もとても興味深かったです。

古川:翻訳とはなにか、歌詞カードとはなにかというテーマも、本書には含まれているんですよ。この本を制作していて一番驚いたのは、洋楽の対訳歌詞カードは実はすごくグレーな存在だということ。非常にデリケートな権利関係のもとに作られているにも関わらず、おそらく日本に洋楽文化が入ってきてからずっと曖昧にされ続けてきた部分なんです。

高橋:日本で洋楽歌詞の評論本を出すのは結構たいへんかもしれませんね。

ーー海外の文化を翻訳して伝えるのは、メディアの役割のひとつだと思いますが、その難しさの一端が伺えますね。

古川:そうですね、文化を翻訳するということは、予想以上に本当に困難なことです。R.ケリーの歌詞対訳をなさっているMuramatsuさんは、たとえば「ニガー」という単語はそのまま翻訳しないことがあると仰っていました。その言葉を黒人同士が使うような気軽さで第三者が安易に使ってしまったら、本当に大きな問題が起こる。極めて取り扱いがデリケートで、誤解されてはいけない言葉だから、彼女の判断でそうしているんだそうです。もちろん、翻訳者の意思を入れずにそのまま訳するべきだという意見もあるだろうし、それも間違っているわけではない。単純にどちらが正解とはいえないところも、生きた文化を翻訳する難しさだと感じました。

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