『ハルジオンが咲く頃』リリース記念インタビュー(第一弾)
乃木坂46北野日奈子と寺田蘭世が明かす、“アイドルの楽しさ”と“3期生募集への焦り”
「サンクエトワールの活動を通して、アイドルの中で一番になりたいと思った」(北野)
――MVについてお聞きします。撮影をしている段階でのイメージと、完成したMVになった時の印象って、ギャップは大きいものですか?
寺田:撮ってる時よりも完成したMVの方が、世界観が強くなってるというか、演じている自分を他人として見られるくらい、別物の作品を見ている気持ちになるんですよね。もちろん、照明さんやカメラさんのおかげでもありますけど。
北野:うん、「大人への近道」(13枚目シングル『今、話したい誰かがいる』収録曲)のMVもそうだったよね。
寺田:完成形を見ると映像も綺麗だし、感情移入してMVの世界観に入り込めたり、いろんな見方ができる作品になっていて。映ってるのは自分なのに、「すごいなあ……」って(笑)。
北野:撮ってる時はやっぱり自信がないままやっていたりするからね。「今のカット、よかったのかな?」って思ったり。
――「不等号」のMV撮影はいかがでしたか?
北野:これまで私は、かしこまった演技をするMVの経験が、8枚目シングルの「気づいたら片想い」くらいだったんです。それ以外は結構、シチュエーションは決まってるけど、自由に食べたり喋ったりしてください、みたいな撮影が多かったので。だから緊張せず喋ってる表情が出たMVになることが多いんですけど、今回はストーリーにもなっていて。撮ってる時も、「あなたたちはこの世に存在しないものです」という指示をいただいていて。それがこの家の精霊なのか幽霊なのかわからないけど、存在しないものという。でも、存在しないものになったことがないので(笑)、どうしたらいいかわからなかったんですけど、ちょっと座敷わらし的な子供っぽさを出してみました。メロディーや歌詞の内容とも全然違うMVになっていると思います。
――13枚目シングルの活動期間では、アンダーからのユニット「サンクエトワール」が生まれ、お二人も参加していました。サンクエトワールは、お二人にとってどういう場ですか?
寺田:私にはすごく大きかったですね。私は正規メンバーへの昇格も一番遅かった組で、MV撮影やレコーディングでも、経験値がほかのみんなより遥かに少ない状態だったんですよね。だからこそ、サンクエトワールで活動できた13枚目の期間は、「なんじゃこりゃ!」というくらい成長できたんじゃないかな。乃木坂46に入ってから今までで、目に見える形で急成長できたのは、いろんなお仕事ができた13枚目の期間といえます。
北野:私は、2期生の中で正規メンバーへの昇格は二番目だったんですけど、昇格して選抜に入った8枚目シングル「気づいたら片想い」では何ができるわけでもなく、すぐにアンダーになって。そこからアンダーの3列目にずっといたあと、12枚目で初めてアンダーのフロントに立たせてもらって、13枚目でもフロントに立って、それに加えてアンダーメンバーだけで「サンクエトワール」というユニットを持つことができた。これはアンダー全体にとっても大きなチャンスだったし、自分としても自信のついたシングルでした。だから、13枚目シングルの期間は今までのシングルを通して一番、希望に満ちあふれていたとは思います。「こんなに楽しいんだ、アイドルって」っていう。
――アイドルとしての楽しさを実感できた?
北野:これまで、たとえば動物と関わる仕事がしたいだとか、漠然としたものはあったんですけど、「アイドルとして何がしたいのか」ということに関しては、今ひとつハッキリとした目標がないまま来ちゃってたんです。でも、サンクエトワールの活動を通して、私はアイドルの中で一番になりたいんだなとすごく思って。だから、サンクエトワールは私に、アイドルとしての夢を教えてくれた機会だったんです。今回の14枚目で選抜に入るとか、目に見えた結果に出せたわけではないけれど、去年のその期間を無駄にはしたくない。
――2015年は乃木坂46自体が世の中に広く浸透して、メンバーが女優やモデルなどそれぞれの得意分野で個人活動を増やしていった年でもありますよね。
北野:乃木坂46のオーディションを受けた当時は、そこまで強く「乃木坂に入りたい!」という気持ちじゃなかったんです。友達きっかけで一次審査に受かったので、可愛い子を見に行くとか、社会科見学に行くような、ラフな気持ちでした。乃木坂に入ってからボイトレの先生に、「女優になりたいとか歌手になりたいとか、ちゃんとした目標がなければこんな世界では続かないよ」って怒られたことがあって。メンバーみんなそれぞれ、女優や歌手など目標があるんですけど、その時の私は本当に何もなくて。むしろ合格して乃木坂に入って困っちゃってたんですよ。
――それが昨年はANNA SUIのビジュアルモデルや雑誌「Zipper」専属モデルなど、ファッション関係の個人仕事も増えてきました。
北野:乃木坂に入って3年が経って、「Zipper」さんやANNA SUIさんのモデルをさせてもらうとは想像もしていなかったです。実際、今「Zipper」さんで写真を撮っていただく時でも、自分が専属モデルとしての意識を持てるほどの自信はまだないと思います。でも、そのままでは、その時間も無駄になってしまう。白石(麻衣)さんや(齋藤)飛鳥さんたちが、ファッションの分野で乃木坂を広めていってるのに、私が私のためだけに「Zipper」の専属モデルの時間を楽しんでちゃダメだなという意識に変わってきました。
――寺田さんもファッション関係の仕事には興味が強いですか?
寺田:昔からお洋服もすごく好きで、デザイナーさんとかになりたいって思ってて。だから、自分が将来的に作ったものを、メンバーに着てもらいたいなとか。
――むしろ作ったりアイデアを出したりという方をやってみたい?
寺田:作ってみたい派ですね。メンバーに着てもらえたら嬉しいです。乃木坂は最近、モデルを務めるメンバーも多いし、三越伊勢丹さんとコラボした「おけいこガール」では、選抜メンバーの方々が、デザインしたお洋服や雑貨を販売しています。そういうお仕事が身近にあるうちに、吸収したいという気持ちが強くなっています。
――今、寺田さんは日刊スポーツで連載コラム「らんぜのNEWSがとまらんぜ」を担当されてますよね。一人で言葉を発信していくお仕事ですが、こちらの手ごたえはいかがですか?
寺田:もともと独り言とか、一人で何か書くのが好きなんです。親にも「最近、独り言ヤバいね」って言われるくらい。でも文章能力はなかったんですよ。小学校の時から国語は全然ダメで。日本語の陳列の仕方が意味不明、みたいな。親は国語が得意だったので教えてもらいつつ、いつも泣きながらやってたんですけど。でも、そのちょっとおかしい日本語の配分が今に活きたのか、ブログやモバイルメールを見たファンの方から、「この子の文なんか独特だね」って言われたり、演出や脚本をされている方からも、変わった文章書くね、と言われるようになって。今回の連載コラムも、そこから生まれた企画なんです。文章能力にはすごく自信がなかったし、散々怒られてきたんですけど、初めて活きたっていうか、個性になりましたね。でも、自分ではあんまりその個性って、わかってないんですけど(笑)。