兵庫慎司の「ロックの余談Z」 第9回

レキシの「INAHO」はなぜ600円なのか? 「ミュージシャンとグッズ」の奥深い世界

 で。これだけではない。奥田民生が昨年立ち上げたレーベル、RCMR(ラーメンカレーミュージックレコーズ)のグッズも、このツアーでは売られていた。

RCMR自動開閉折りたたみ傘 3,600円
RCMR iPhone Case(6/6s) 3,500円
RCMRアラームクロック 2,500円
RCMR G-SENFU  2,000円
RCMR ロックグラス 1,300円

 以上5種類。全部合わせて18種類、ということになる。なお、「RCMR G-SENFU」というのは、「OTプロデュースのオリジナル五線譜シリーズ。30穴スライドリング仕様で、五線譜の脱着可能なスグレモノ! リフィルの販売もございます」(これもROCKET-EXPRESSより)だそうです。

 どのアーティストでも共通して売れるのが、ライブの中で使うことができるグッズだ、と言える。「この曲でこれをこう使う」というのが決まっていて、その曲にさしかかった時にそのグッズを持っていないと、寂しい気持ちになるような。

 その先駆者というと……というか、人気グッズ自体の先駆者だが、やはり「矢沢永吉、『止まらないHa~Ha』でタオルを宙に投げる」、ということになるのだろう。

 僕も日本武道館や味の素スタジアムに永ちゃんを観に行ったことがあるが、あの曲の時にあのタオルがないと「雪山に来たのにスノボがない」みたいな、それはそれは寂しい感情に包まれるのです。なので買ってしまうのです、大きい方のタオルを5,000円出して。

 言っておくが、僕は金持ちではない。ひとり5,000円以上かかる居酒屋にはめったなことでは行かない、ボトルを入れて同じ店にばかり行く、くらいの金銭感覚だ。でも永ちゃんのタオルには、唯々諾々と5,000円払ってしまうのだ。その上、次に行く時も、「前に買ったのを持って行きゃいいや」とはならない。今日そこで売られている新しいのを買わないと気が収まらない、不思議なことに。なんなんだろう、あれ。

 書いていて思い出した。矢沢永吉が『ROCK IN JAPAN FESTIVAL』に出た時のこと。終演後、オフィシャルライブカメラマンの岸田哲平が、この日瞬時に売り切れた永ちゃんのフェス限定巨大タオルを羽織る自身の写真をインスタグラムにアップしているのに気づき、「なんで『兵庫さんのも買っときましょうか?』って言わねえんだよ! てめえは開演前はヒマだろうけどこっちはそんな余裕ねえんだよ!」と、食ってかかったことがあります。「だったら前もって言ってくださいよ!」と言われて終わりましたが。

 たとえば、永ちゃん以外の場合、ライブにおけるタオルって、汗を拭くものではなく曲に合わせて回すものだというのは今や常識だが、その場合も「止まらないHa~Ha」と同じように、「回すのはこの曲」というのが決まっている。RIP SLYMEなら「JOINT」とか。

 あと、「手旗」というのもある。たとえば椎名林檎は「NIPPON」、ユニコーンは「SAMURAI 5」という曲で、客席いっぱいにこれが振られるのが定番の光景になっている。

 その小旗、最新のものの価格は、椎名林檎は300円、ユニコーンは400円。大した商いにはならないのですね。なんでもっと取らないんだろう? と、疑問に思う。

 さて。レキシの「INAHO」も、当然ながら、使われる曲が決まっている。

 「狩りから稲作へ」という、「縄文土器 弥生土器 どっちが好き?」というリフレインをはさみながら「高床式」「ネズミ返し」「正岡子規」「高岡早紀」「劇団四季」「キャーッツ!」などなどのコールを15分も20分も延々とくり返す(って書いてみたけどライブ観たことない人にはわけわからないだろうな、これ。なお、最近「正岡子規」「高岡早紀」はあんまり言わなくなっています)、ライブのハイライトで歌われる曲なのだが、その中で「セイ、ホー!」をもじって「イナホー!」「ホー!」「イナホー、ホー!」「ホー、ホー!」とコール&レスポンスをする、それに合わせて手に持った「INAHO」を振るわけです。

 この「INAHO」の誕生には、関東圏でレキシを担当するイベンター、ディスクガレージが関わっているという。「狩りから稲作へ」の「イナホー!」コールのことを熟知しているスタッフのひとりが、レキシの楽屋に贈る花に稲穂をあしらったところ、本人(レキシの御館様こと池ちゃんこと池田貴史)がとても喜んで、それを引き抜いてステージに出て行き、「狩りから稲作へ」の「イナホー!」で振ったのが、始まりだそうだ。ちょっといい話。

 そのプラスチック製の「INAHO」、現行モデルは第2弾で、かなり立派な、ちゃんとした作りになっている。しかし。これもなんと、600円なのだ。以前のモデルは500円だった。いずれにしろ、椎名林檎とユニコーンの小旗と同じ、驚くほどの安価だと思う。

 なんで?  しっかりした商品だし、安く見積もっても1,000円、下手すりゃ1,500円でもみんな買うだろうに。電気グルーヴなんて、2014年の東名阪ツアー「塗糞祭」で、ホームセンターで二束三文で売っていそうな刷毛に「塗糞祭」「電気グルーヴ」っていう焼き印を押して1,500円で売って、それでも即完だったのに。MCで自ら「そのへんで買えば300円ぐらい」とかおっしゃっていました。

 と、常々から気になっていたところ、3月5日のハナレグミのNHKホールに行ったら、終演後の楽屋挨拶で池ちゃんと出くわしたので、問いただしてみた。

 きみはいったいどういうつもりなのか。何を考えてあれを600円にしたのか。「INAHO」が、どこのツアー先でもどこのフェスでも速攻で売り切れる現状に(そういえば2月14日幕張メッセの『ビクターロック祭り』では、多くのお客さんが稲穂を持ったままほかのバンドも観ていて、なかなか異様な光景だった)、何も感じないのか。作っても作っても売り切れるもんだからネット通販にまで在庫が回らなくて、自身の公式サイトのグッズコーナーで常に「売り切れ」状態になっているという現実に、「ああ、しまったあ。下手こいたあ」とは思わないのか? と。

 彼の答えはこうだった。

「だってあれ、最初はタダで配ろうと思ったんだもん」

 つまり、ライブを盛り上げる小道具として、そしてお客さんへのサービスとして、あったらいいな、と思ったんだけど、タダで配るとシャレにならないくらい足が出てしまうので、ギリギリの金額で売ることにした──ということのようです。

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