市川哲史の「すべての音楽はリスナーのもの」第34回
『嵐が〈崖っぷち〉アイドルだった頃』完結編 卓越したセルフプロデュース力を読み解く
そんな嵐の優秀なセルフ・プロデュース力の一つの発露が、〈新兵器エンタテインメント〉だ。まだ立派な〈崖っぷちアイドル〉時代だった2005年7月、代々木第一体育館に出現した《ジャニーズ・ムービングステージ》、通称ムビステは衝撃的ですらあったと言える。
唄い踊るメンバーたちを搭載したまま、床が透明ガラスの巨大な移動式ステージが、観客のすぐ頭上を通過するのだから斬新だ。なにせ大切なお客様の脳天をガラス越しに踏みつけまくるとは、不遜きわまりない。それでも推しジャニの股間の最接近を、女子たちは無上の悦びとして身悶える――これでいいのだ。
ちなみに重ねる歳月と共に巨大化したり、出現した複数基が合体・分離を繰り返したりと、ムビステはメカニックとして進化を遂げ続けた。たしか2014年の年末ドームツアーでは165㎡、要は50坪まで巨大化したはずだ。『劇的ビフォーアフター』でおなじみの狭小住宅ならば、余裕で7棟は建つ。おお、ムービング町内会。
さてこのムビステを考案したのが、松潤だ。その完成度に満足したジャニーさんから「ユーの好きな名前をつけていいよ」とお墨付きをもらった松潤は、堂々《ムービング嵐》と命名。しかし「他の皆も使うから」と舌の根も乾かぬうちに一蹴され、ムビステなる極めて凡庸な名称に落ち着いたのであった。ほとんど小学生男子のように悔しがってた松潤の姿が懐かしい。
いつの間にか「嵐といえば新兵器エンタテインメント」な今日この頃。ムビステに象徴されるように当初は〈崖っぷちアイドル〉だからこそ、いろいろ試すのに最適モデルだった。しかし超スーパーアイドルな現在もなお、新兵器投入が止まらないのだ。
《ドリームエーバルーン》は08年のドーム&アジア・ツアーだったか。地上30mに浮かぶ気球から吊り下げられた5人が、クルクル回転しながら唄っていた。映画『ヤッターマン』の撮影でワイヤー・アクション漬けだった櫻井の憔悴ぶりが、懐かしい。
最近では昨年のドーム・ツアーで販売された、2500円の《うちわ型ARASHIファンライト》か。観客が持つうちわの裏面についた9個のLEDライトを無線制御システムで作動させるもので、ステージ上の演出に呼応して客席も瞬時に色が変わるという大袈裟さがいいじゃないか。「開発に3年掛かった」と胸を張る松潤が可笑しい。
今年春のポール・マッカートニー49年ぶりの武道館公演では、装着を義務づけられた無料配布のリストバンド型LEDライト《フリフラ》が、やはり楽曲に応じてさまざまな色に染まった。アリーナ席が日の丸、スタンド席がユニオンジャックになるなどかなり頑張っていたが、明らかに松潤のおかげなんだろうなぁ。
ここまでくると今年9月の宮城復興公演における、客のはるか頭上の青空を飛びまくる《ARASHI 3Dフライング》もきっと松潤発案に決まってる。そもそも〈世界初5点吊り5人乗りフライングシステム〉って、ここまでくると何が世界初なのかよくわからないが、たぶんきっと偉い。
でも「皆を悦ばせよう」の一心でこれだけ新兵器を開発し続ける松潤は、もはやバイキンマン並みの天才発明家として讃えられねばなるまい。これもまた、卓越したセルフプロデュース力の一端だ。だがしかし、私は知っている――。
例によって〈崖っぷち〉アイドル時代、読者からの「これから何か勉強したいことはありますか?」の質問に、松潤がおそろしく切実な表情で訴えてくるではないか。
「俺、絵を普通に描けるようになりたい。超本気で、切に願ってるいま。超下手くそなんですよ!」
そこで急遽、馬だか犬だかの絵を即席で描かせてみる。松潤以外の四人は揃ってうつむき笑いをかみ殺し、私は「……悲惨だ」とおもわず呟いた。
「失礼な奴だな! あのね……『もっとこうしたい』というセットや衣裳のデザインを、表現する画力がないわけですよ。なので口頭で伝えてるから、手間がものすごい懸かるんですよ!(心叫泣笑)」
あれから10年――松本潤のアイディアスケッチはスタッフに無事伝わっているのだろうか。ふ。
■市川哲史(音楽評論家)
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント」などの雑誌を主戦場に文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)