にせんねんもんだいが掴んだ新しい表現方法「エゴイスティックなメロディーがイヤだと思い始めた」

にせんねんもんだいの新しい表現方法

 東京のインディ・シーンにおいてひときわ個性的な音楽性で独自の地位を築いている<にせんねんもんだい>が、英国の大御所エイドリアン・シャーウッドをプロデューサーに迎え、新作『#N/A』を発表した。

 2013年の壮絶な大傑作『N』で、「人力ミニマル・テクノ」とも評される極度にソリッドでストイックでクールで無機的で、張り詰めたテンションのダンス・ビートを披露し、それまでのノイジーなオルタナ・ロック的、あるいはクラウト・ロック的、あるいはディスコ・パンク的な音楽性から脱して、音楽的にも音響的にも完全に別次元に突き抜けた感じの新境地を開拓したにせんねんもんだい。今年4月に行われたエイドリアンの来日公演で対バンをつとめ、その際のライブ・ダブ・エンジニアをエイドリアンがつとめたことがきっかけで今回の新作制作となった。

 英国ダブを代表するプロデューサーであり、またON-Uサウンド・レーベルの総帥として数々のダブの名盤を送り出してきたエイドリアンは、80年代ポスト・パンクの時代から第一線で活動してきたベテランで、マーク・スチュワート、デペッシュ・モードやミニストリー、ナイン・インチ・ネイルズ、プライマル・スクリームなどロック畑のアーティストも数多く手がけ、「ノイズ・テロリスト」とも呼ばれる超過激なノイズ・ダブ・ミックスでも知られる大物である。最近ではブリストルのダブ・ステッパー、ピンチとのコラボでベース・ミュージックの最前線にもアクセスしている。

 4月に東京で内田直之(ドライ&ヘヴィ)をエンジニアに迎えてレコーディングされた音源をエイドリアンがロンドンに持ち帰りミックス、それを数々のミニマル・テクノ名盤を手がけたベルリンの鬼才ラシャド・ベッカーがマスタリングして、元ゆらゆら帝国の坂本慎太郎がジャケのアートワークを担当するという豪華布陣で『#N/A』は完成した。もちろんこれだけ条件が揃えば中身は最初から保証されたようなものだ。年末のベスト・アルバムの有力候補となるであろう大傑作の誕生である。

 にせんねんもんだいは高田正子(ギター)、在川百合(ベース)、姫野さやか(ドラムス)の女性3人組。高田と姫野に話を訊いた。(小野島大)

『N』で音の表現の仕方が変わった自覚はある(高田)

――エイドリアンとやることになった経緯を教えてください。

姫野:今年の2月にヨーロッパ・ツアーに行ったんですけど、その時ビートインクの方から、4月にエイドリアンが来日するので、エイドリアンの生ダブ・ミックスでライブをやりませんか、とオファーをいただいて。そうしたらライブの2週間ぐらい前に急遽、ついでにレコーディングもしませんかと。私たちとしては『N’』というアルバムが今年の3月に出たばかりで、新しい曲がなかったんです。なのでちょっと迷ったんですけど、ビートインクの方が、セッションでもいいですからぜひって言ってくださったので、気軽な感じでレコーディングに臨みました。

――エイドリアンからオファーがあったってことですか?

姫野:エイドリアンというよりはビートインクの企画みたいです。

――エイドリアンのことは当然ご存じだったんですよね。

姫野:それが申し訳ないんですけど、お名前しか知らなくて(笑)。

――あ、じゃあエイドリアンが過去にプロデュースしたレコードとかいっぱいありますけど、そういうのも聴いてなかった?

姫野:ええ。ツアーで一緒に回ってたエンジニアの人に話したら、それすごいじゃん!みたいな感じだったんで、「あ、有名な人なんだ」みたいな(笑)。

――じゃあ一緒にやることが決まって作品をチェックして?

姫野:そうですね、ちょっと聴いてみようかなと。でもこないだビートインクから出たコンピ(『シャーウッド・アット・ザ・コントロールズ- Volume 1: 1979-1984』)ぐらい。

――実際のライブはいかがでした?

姫野:私はわりといつも通り淡々と、ずれないようにやってたという感じです。演奏してる時は外の音は(モニターに)返ってなかったので、お客さんにどう聞こえていたかわからない。お客さんの反応が、曲の展開と全然違うタイミングでワーッとなるんです。たぶんそこでダブ・エフェクトをかけてるんだろうけど、私たちには聞こえないからどうなんだろうって思ってたんです。でも録音したものを後で聴いたら、わりといい感じでエフェクトかけてくれてるなっていう。もっとすごい(派手に)やってるかと思ったんです。でも、私たちの曲をちゃんと生かしながら適度な感じでエフェクトをかけてくれてて。トゥーマッチじゃないというか。それが素晴らしいなと。

――確かにそういう印象のライブでしたね。で、アルバムのレコーディングは、ライブの前に2日間やったんですね。

高田:はい。私たちがレコーディングの前までに用意していた曲は1曲しかなかったので、それを録音したあとは、セッションで音を出しながら少しずつ録音していったという感じでした。一通りセッションをとり終えた後に、パートごとにこういう音があればいいんじゃないか、というエイドリアンからのアドバイスがあって、それからオーバーダブしていきました。

――ふだん自分たちのレコーディングとは勝手が違いました?

高田:全然違いました。まずレコーディングの前に楽曲があるとないとで全然心構えが違います。ふだんは落合のsoupって場所でレコーディングしてるんですけど、そこは長時間自由に使えるので、こだわっていろいろマイクを立ててもらったり、細かく確認しながら自分たちの好きな音、望む音を突き詰めながらやっていくんですけど、その点でもまったく違いましたね。

――今回はエイドリアンに任せるつもりで。

高田:そうですね。セッティングも全部内田さんにお任せして。(今回は)演奏して素材になる、みたいな感じでした。

――なるほど。録音後になにかエイドリアンからミックスの方向性について確認や説明などはあったんですか。

姫野:特には。ただエイドリアンがよく言ってたのは、「これは君たちのアルバムだ。僕の味は出ると思うけど、あくまでも素材を生かしたものになると思う」と。

高田:できあがったものを聴いたら、過激なエディットというよりは、素材はそのまま使って、要所要所でエイドリアンのセンスで、エフェクトがかかってたり、追加で録音した素材が重ねられてる、という印象でした。

――確かにめっちゃいじってくるかと思えば、エイドリアンにしてはオーソドックスなミックスだなと、私も思いました(笑)。

姫野:(笑)そうなんですよ。

――しかし聴けば聴くほど奥の深い傑作だと思います。にせんねんもんだいは『N』(2013)がいろんな意味でエポックメイキングな作品で、以降は『N’』(2015)、そして今回の『#N/A』と、『N』のバリエーションのシリーズが続いているという印象もあるんですが、これらの作品はどういう関係性にあるんでしょうか。

姫野:『N』『N’』と、zeloneから出た『Nisennenmondai - EP』(2013)は、ひとつの流れにあって、私たちのやりたいことを突き詰めているんですけど、今回の『#N/A』に関しては、経緯から言ってもけっこうハプニング的にできた作品なので、私たち的には別物という捉え方ですね。

――でも"N"という文字は入ってくるんですね。

姫野:今作のタイトルは<にせんねんもんだい>の"N"と<エイドリアン>の"A"というイメージですね。それにExcelのエラーの記号を掛け合わせて『#N/A』にしました。なので今までの作品との繋がりがあって"N"にしたわけではないんです。

――にせんねんもんだいの正統な作品系譜とは違うところにあると。ただ音楽的には『N』以降の路線に位置する作品と思いました。にせんねんもんだいは『N』を境に音も、バンドのあり方も、もしかしたらご本人達の意識も変わったのでは、という印象があります。

高田:根本的な音楽に対する意識やバンドとしてのあり方は変わっていないですが、『N』で音の表現の仕方が変わった自覚はあるし、変えようと思った自覚もあります。『デスティネイション トーキョー』(2008)『FAN』(2009年)を出したあたりから、いわゆるダンス・ミュージックを聞き始めたり、それまでのエゴイスティックなメロディーみたいなものがイヤだなと思い始めたりして…。

――エゴイスティックなメロディー?

高田:メロディがあるということ自体が、なにかを提示してると思っちゃったというか…。

――提示?

高田:ええっと(笑)。説明するのはすごく難しいんですけど…そういうのはもういらないなと思い始めて…。

――メロディがあることが情緒の押しつけのような…。

高田:…って、自分が感じたのかもしれないです。そういうものに頼らないで表現できることとか…。そういうことを考え始めて…いろんなきっかけがあって、変えたかったんですね。

――メロディなどいろんな要素を削ぎ落としていって、アレンジも必要最低限にして、ミニマルなダンス・ビートに研ぎ澄ませていく、という。

高田:結果的にそういう形になりましたね。

姫野:私もループを聴きながら合わせているので、高田さんの音がそういう風にどんどんミニマルになっていくにつれて、私の演奏もだんだんミニマルになっていったんですね。バンド全員が自然とそういう意識に向いていたのかもしれない。

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