菊地成孔が語る、音楽映画の幸福な10年間「ポップミュージックの力が再び輝き始めた」

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 音楽家・文筆家であり、独特な語り口の映画批評でも高い支持を得る菊地成孔。自身のブログや雑誌、『菊地成孔の粋な夜電波』(TBSラジオ系列)での語りも注目されるなか、今年は音楽の観点から映画を語った自著『ユングのサウンドトラック 菊地成孔の映画と映画音楽の本』(イースト・プレス/2010年)の文庫版や第二弾の発売も決定している。音楽映画を追い続けてきた菊地によると、この10年間は劇映画/ドキュメンタリーを問わず秀作が多数登場する“幸福な時代”であったという。その背景には一体何があるのか? 「リアルサウンド映画部」のスタートを機に、今回ロングインタビューを敢行した。前編では、音楽映画の潮流や、転機だと感じられた作品、音楽映画が社会にもたらす影響まで、じっくりと語ってもらった。

21世紀に入って突然訪れた、音楽とドキュメンタリー映画の蜜月

 この10年は音楽映画の黄金期と言っていいと思います。劇映画に限らずドキュメンタリー映画も豊作で、これは21世紀に入って“20世紀の偉人”が描かれるようになったことが大きい。20世紀のうちは同時代すぎて描けない、あるいは描かないという漠然とした倫理、禁則のようなものが映画界にあって、偉人と言えばいきおいモーツァルト(『アマデウス』/1984年)みたいなことにならざるを得なかった。中世の人だと資料が少なくて、そのぶん好き勝手というかファンタジックには描けるけれど、史実的な側面は弱かったんです。

 で、21世紀の訪れとともに、そんな縛りが楽にほどけた。『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』(2009年)もそうだし、ジャズ界では誰もが知っているけれど、外野は誰も知らなかったミシェル・ペトルチアーニみたいな人まで映画(『情熱のピアニズム』/2011年)になり、そうした作品は、われわれが20世紀に見聞きしたものよりもはるかに豊かで。音楽以外でも、世界的なシェフ=フェラン・アドリアの『エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン』(2011年)や『イヴ・サンローラン』(2014年)など、次々に秀作が生まれていますね。ポピュラーミュージックと言わず、クラシックと言わず、20世紀には巨人がたくさんいて、しかも旺盛にテレビに出たり、ドキュメンタリーフィルムを撮ったりと資料が豊富にある。家族や関係者が存命でインタビューも取れるから、精神的にも技術的にも資料的にも宝の山で、非常に作りやすいんです。

 もっとも、近しい人がかかわることのデメリットもあって、チャーリー・パーカーを描いた『バード』(1988年)なんかはクリント・イーストウッドが監督をつとめたにもかかわらず、妻のチャン・パーカーと盟友ディジー・ガレスピーが口を挟んだから、脚本が相当いびつなものになっている。フォーシーズンズの『ジャージー・ボーイズ』(2014年)も音楽映画としては本当にすばらしいんだけれど、メンバーが全員存命してるから暗黒面は描かせなかった。そんな急所はありつつも、精緻に、愛情を持って製作されていて、“伝記映画を観るとみんな出来がいい”という時代が突然訪れたんです。

徹底した時代考証がデフォルトに

 もうひとつのポイントは、劇映画/ドキュメンタリーを問わず、時代考証が飛躍的に向上したこと。音楽なら、当時どんなスタジオを使っていて、どんな風にレコーディングして、マイクはこんな感じ、ブースはこんな感じ…という、機材的な考証に隙がなくなりました。それまでは、専門家の立場から観るとけっこういい加減だったんですよ。音楽以外のジャンルもたぶん同じで、例えば戦争映画でも「ここでこんな兵器は使ってねえだろ」みたいなことが、往々にしてあったと思う。

 それがある時期から、ゴリゴリに検証されるようになった。なんというか、「イギリス軍の戦車にナチスの旗を貼ってドイツ軍の戦車にするんだ!」みたいな、牧歌的で懐かしい時代が終わって(笑)。全世界的にオタク化したというか、どの分野にもマニアが増えてきて、緻密に考証するとともにモノもそろうようになってきた。徹底的に考証して精密に再現するという仕事がハリウッドのセクションの中にあるべき、という機運も生まれて、専門家をして「ヤバイ」と言わしめるレベルにまで至ったんです。

 それがいちばん顕著に表れるのが、おそらく音楽映画のレコーディングシーン。20世紀まではなんとなく雑な感じだったけれど、00年代前半くらいから描写のレベルがグッと上がりました。僕が最初に変化を感じたのは、『キャデラック・レコード ~音楽でアメリカを変えた人々の物語~』(2008年)。伝説的なレコードレーベル「チェス・レコード」と所属アーティストたちを描いた実質上の評伝で、ビヨンセが製作にも参加しています。

 これがスゴくて、当時の建物や衣装、スタジオセットもめちゃくちゃ精巧に再現されている。それは「おお、こうしてマイクを立てて、こうやって録音していたのか」と、感心するレベルのものでした。見せかけのインチキなものではなく、多数の資料にもとづいているのだろうという力強さがあって、今のハリウッドでは考証にそこまでこだわることがデフォルトになっています。全体の出来とは無関係に、ディティールは急激によくなり、あいまいな部分がなくなった。考証がしっかりしていれば、それだけで観ていて背筋がシャンとしますね。

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