兵庫慎司「ロックの余談Z」 第7回
日本人は「演歌のリズム感」から脱却したか? コンサートの手拍子について考えた
話がそれたので戻します。
その「リズムを表で取る」クセは、当然、曲のテンポが速ければ速いほど顕著になる。で、当時、そういう「高尚っぽい」雑誌を読んでいるロックファンはごく一部だった。そしておそらく「そんなの読まなくても裏でリズムをとることが身についている」という人なんて、もっとごく一部だっただろう。
そうすると、どういうことになるのか。音楽に普通な興味しかない人はまだしも、バンドをやっている高校生や大学生でさえ、平気で表でリズムをとったりしちゃう、という事態になるのだ。ドラムスクールとか行ってる子は別だが(ヤマハの先生とかって必ず「裏を感じろ」って言うし)、普通にバンドスコアとか買ってきてコピーしてるような子は特に。
ちょっと速い曲のイントロが始まる。ヴォーカルの子、客席をあおる意味で両手を挙げてハンドクラップを打ち始める。それが思いっきり頭の方に入っていて、彼の後ろのドラムの小僧、「ああっ、恥ずかしい! これは恥ずかしい!」と叩きながら顔から火が出るような思い(実体験です)──というようなことが、アマチュアレベルでは、おそらく日本中で起こっていたのだと思う。プロのバンドは、さすがにそんなことはなかっただろうが。
それがいつから変わり始めたのか、いかなる過程を経て進化したのか、明確なところはわからないが、こうしてふり返っていくと、現在の「ロック・バンド四つ打ちだらけ現象」が、なぜ起きているのかわかる気がしないだろうか。
そうだ。四つ打ちには表も裏もないからだ。いや、ほんとはあるんだけど、とりあえずキックとスネアの両方で、ハンドクラップを打つなりリズムをとるなりすればいいのが、あそこまで受け入れられ、爆発的に広まった理由ではないか。
最初にやったのはくるり、それを広く一般に広めたのはASIAN KUNG-FU GENERATION、そしてそれを聴いて育った世代が今その最前線にいるバンドたちだと僕は思っている(※あくまで僕の私感です)。
それだと単に「表と裏を意識しないですむ」ってだけじゃん。それじゃ進化しないじゃん。とあなたは思うかもしれない。しかし、たとえばくるりの“ワンダーフォーゲル”にしろ、アジカンの“君という花”にしろ、ダンス・ミュージックの王道パターンにのっとって、ハイハットはちゃんと裏に入っているわけで(いわゆる「♪ドンチー、ドンチー」のリズムです)、それが「裏がある」ことをリスナーの耳に意識させ、やがてそれが肉体化していき──というふうに進化していった、と考えられはしないか。
もちろんくるりやアジカンだけではなく、それ以前からテクノやハウス等のダンス・ミュージックが広く聴かれるようになったことなどの影響も大きいし、というか彼らもそこから影響を受けてバンドに取り入れたわけだし、そんな大ざっぱに断言していい話じゃねえよ、という気もする。
するが、たとえば、90年代中期にブレイクしたAIR JAM一派の活躍が、ここまで書いたようなリズム云々のことをリスナーに意識させ……みたいなことは、考えにくいだろう。ハイスタの“Stay Gold”とか、「ちゃんとスネアのとこで手拍子入れなさい」と言われたら僕も不可能だし、速すぎて。
とりあえず、「みんな頭でリズムをとる」80年代から、「『夢の外へ』くらい速い曲でもきっちりスネアに手拍子を入れる」2014年へと日本人のリズム認識を進化させたのは、ダンス・ミュージックと、それを取り入れたロック・バンドと、さらにそれに影響を受けた若い世代のバンドたち、ということでいかがでしょうか。なんだ「いかがでしょうか」って。
もちろん、音楽ファンがみんな星野 源のお客さんレベルになっているわけではない。ライブハウスは別にしても、横浜アリーナや東京ドームクラスのアーティストになると、「ハンドクラップが表にきちゃう」の、現在でもわりと見受けられる。が、たとえば今最前線にいる四つ打ちロックバンドや、それこそ電気グルーヴやBOOM BOOM SATELLITESのようなダンス・ミュージックに寄ったバンドだけではなく、星野 源のような音楽性のアーティストのファンも、ちゃんとそのリズム感を身につけているのはおもしろいなあ、と、強く印象に残ったのでした。
今、書いてから思った。電気やブンブンのお客さん、ハンドクラップとかしねえよ。