栗本斉の「温故知新 聴き倒しの旅」
佐野元春は早すぎたB-BOYだった? 名盤『VISITORS』のラップが古びない理由
ただ、30年経った今、改めてこのアルバムを聴いてみると、単に日本語ヒップホップだけの文脈で評価するのももったいないなあと思います。例えば、先行シングルとなった「TONIGHT」の切なさと高揚感に満ちたメロディラインなんて、今やスタンダード・ナンバーといっていいほどポップでキャッチーですし、しっとりしたミディアム・チューンの「SUNDAY MORNING BLUE」には、どこかノスタルジックな風情さえ感じられます。タイトル曲の「VISITORS」だってニューウェイヴ風に味付けされたロックンロールですし、クールでファンキーな「COME SHINING」もプリンスあたりの80'sファンクを彷彿とさせてくれます。
そういった耳で聴いてみると、「COMPLICATION SHAKEDOWN」や「WILD ON THE STREET」といったヒップホップ色の強い楽曲も、米国のブラック・ミュージックの歴史を踏襲して新しいエッセンスを加えたといっても間違いではないでしょう。もちろん、当時のニューヨークで起こっていたストリート・カルチャーの空気感がたっぷり詰め込まれてはいますが、それまで彼が行ってきたポップ・ミュージック史へのリスペクトも、実はしっかりと練り込まれているのです。
確かに、J-POPシーンにおけるラップの使われ方は、この30年でとても自然になりました。誰がやっても違和感なく、ポップスとして成立するほどクオリティも高いです。しかし、佐野元春のように何十年経っても聴けるのかというと、ちょっと疑問も残ります。もし、後世に残す名曲を作りたいと思うのなら、彼のように先達へのリスペクトをしっかり表明した上で新しいチャレンジをしてもらいたい。そして、そのヒントになるのが、名盤『VISITORS』なのだと、声を大にして言っておきたいのです。
■栗本 斉
旅&音楽ライターとして活躍するかたわら、選曲家やDJ、ビルボードライブのブッキング・プランナーとしても活躍。著書に『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS)、共著に『Light Mellow 和モノ Special -more 160 item-』(ラトルズ)がある。