「音の実験室」から「フィジカルな躍動」へ the HIATUSがニューアルバムで到達した音楽

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3月26日にニューアルバム『Keeper Of The Flame』をリリースしたthe HIATUS。

 細美武士が優れたメロディメイカーで、澄みきった美声の持ち主であることは昔から十分わかっている。そしてこのthe HIATUSでは、以前やっていたパンクのフォーマットを封印し、より高度で先鋭的な技術、より深遠な精神性、より壮大なスケールなどなど、平たくいえば「よりオトナな音楽」を求めているのだ、ということもなんとなく理解していたつもりである。

 ただ、それを素直に楽しめなかった。完成度が高いのはわかる。練り上げられたアレンジも見事。ジャンルを越えて集まった凄腕メンバーの仕事も流石。褒めるところは多々あるのに心が動かない。ロックは気合と衝動でガーンと鳴らしてナンボでしょ、という自分の耳が、細美の求めるものに比べて幼稚すぎるのだろうが、だったら青臭いままでいい、こちとらおげいじゅつ聴きたいわけじゃないんだぜと開き直りたい気分も少々あった。これまでの作品には、今我々は実験室にこもってアートしていますと取れるような美意識、悪く言うならスノッブな小難しさが強すぎたように思うから。

 しかし4作目で目からウロコ。シングル『Horse Riding』にも予兆はあったが、全部の音がものすごい開放感で飛び出してくることに驚かされる。後先を考えない無分別な勢いではなく、全体を俯瞰し自分のポジションもわきまえたうえで、この音を鳴らす瞬間だけは何をやっても許されると全員が信じきっているような開放感。それが圧倒的だ。たとえば無限のフィルインと呼びたいくらい饒舌で自由な柏倉隆史のドラム。あるいは「上モノ」を完全に超えた存在感で曲を引っ張っていく伊澤一葉の鍵盤。誰のプレイにも遠慮はない。すべての音がものすごい開放感の中で「ウォーッ!」と鳴らされていたのだろう。難解さのカケラもない情熱、フィジカルな躍動が気持ちいい限りである。

 そしてそれが、いわゆるラウド&ハードな爆音とは対極の、非常に深みと芸術性のあるポップ・ミュージックとして響くことが最大の驚きだ。既存のジャンルに属さない音楽性が新しい、というよりも、これだけ激しく遠慮のないプレイが、まるでそうとは聴こえない完成度で美しいアンサンブルを成していることが本作の最も鮮烈な魅力であろう。過去作品はすべて本作のための布石だったのかとも思えてくるが、であれば頭を下げざるを得ない。the HIATUS結成当時から細美が目指していたのは「オトナな音楽」などという陳腐なものではなかった。「まったく新しい音」と地続きになった「自分さえ知らなかった新しい自分」。それを手にした実感が、本作のフレッシュでポジティヴな情感に鳴っている。開かれた扉から煌々と光が降り注いでくるようなラストナンバーの美しさは、なんというかもう、希望そのもののように響く。

 ジャケットのアートワークは、複雑な色の交じり合いを強調していた過去作品に比べると驚くほどそっけない。タイトルだけでいい、というのは自信の表れか。間違いなく最高傑作。そして、ここからが本領発揮となる一枚だろう。

■石井恵梨子
1977年石川県生まれ。投稿をきっかけに、97年より音楽雑誌に執筆活動を開始。パンク/ラウドロックを好む傍ら、ヒットチャート観察も趣味。現在「音楽と人」「SPA!」などに寄稿。

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