東日本大震災から6年、映画『息の跡』が捉えた“風化” 20代半ばの監督は被災地でなにを見た?

『息の跡』が捉えた震災の“風化”

 この注意深くも、思慮深くもある視点は主人公である佐藤さんの気持ちや生活の変化にとどまらず、その周囲で起きている小さな小さな変化も見過ごさない。たとえば、佐藤さんの経営するたね屋の近くに、大手コンビニエンスストアがある。普通に見ればロードサイドによくある何の変哲もないコンビニだ。おそらく目に止める人はほとんどいない。ただ、小森監督はこのコンビニに重要な意味を見出す。これはみて確認してほしいが、最終的に、このコンビニは閉店する。ただ、この店が消える意味が伝えることははかりしれない。いつもそこにあると信じていたものが消える喪失感、復興の現実など、このコンビニだけで、われわれはいろいろな考えを巡らせることになる。

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 そういった機微を大切にする試みは全編に渡り、それらが、佐藤さんという主人公の日常と合わさったとき、思いもしない被災地の現実世界が見えてくる。なぜ、佐藤さんは英語で書いた被災手記を自費出版したのか、さらに別の言語でも発表しようとしている意味は? そのことは我々にいくつもの問いを投げかけることになる。そして、被災地の生活そのものと地元で生きる人間の心模様にも触れることになる。

 あくまで個人的見解に過ぎないが、この作品が最も捉えていると思うのは“風化”だ。いつから始まったのかよくわからないうちに静かに忍び寄り、じょじょに人の心をむしばむようにして、心から忘れ去られていく。誰もが危惧しているが、どこか成す術もない。そんな“風化”をこれほど感じる作品に、これまで出会っていないような気がする。

 「自分が居ることを許してくれた佐藤さんと働いていたお店のご主人、出会った人々すべてに感謝したい」と小森監督。まだ20代半ばの作り手が、被災地に移住して見て感じ、素直に思ったことを追体験してほしい。

(文=水上賢治)

■公開情報
『息の跡』
2017年2月18日(土)より、ポレポレ東中野にてロードショー、ほか全国順次
監督/撮影/編集:小森はるか
配給/宣伝:東風
(C) 2016 KASAMA FILM+KOMORI HARUKA
公式HP:www.ikinoato.com

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