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初代ゴジラの“呪縛”から逃れた『シン・ゴジラ』 モルモット吉田が評する実写監督としての庵野秀明

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 閑話休題、『シン・ゴジラ』では特撮部分は〈過程〉を丁寧に描くのに、本篇のドラマは〈過程〉を省略するという特徴がある。冒頭の会議の席で、「中略」という字幕が出て台詞が省略されるが、巨大不明生物の出現から上陸、また自衛隊によるタバ作戦などは丹念に順序立てて描かれるのと対照的に、本篇は誰かを集める、何かを頼む、誰かを探す、何かを準備するという過程はすべて省略され、直ぐに結果が提示される。まさに「仕事が早い」。

 前述の庵野実写演出の特徴にも通じるが、描写を積み重ねて〈過程〉を描くことに興味がないのだ。そこが庵野実写の重大な欠落部分でもあったが、『シン・ゴジラ』でその欠点が目立たずに済んでいるのは、膨大な情報量と台詞を絶えず流し込むことで、過程の省略を補っているからだろう。そして、これまでの実写作品よりもアニメの方法論に意識的に近づけることで、本篇の描写がすべて記号として機能することになる。

 多用される顔のアップにしても、感情の流れでアップになるのではなく、戦車や電柱と同じく記号の一部となる。それこそ平泉成や渡辺哲の顔の凹凸をIMAXで観ると、まるでゴジラのように見えてくるが、実際、膨大なキャストの大半は顔で選ばれたのではないかと思えるほど、見事に顔の特徴が異なる。比較しやすいので再び原田眞人の作品を例に出すが、『突入せよ! 「あさま山荘」事件』(02年)では同じ年頃で風貌も似た俳優が何組か登場するので混同するという声があったが、これは俳優をどう捉えているかの庵野と原田の違いである。
 
 こうして自らの欠点と得意とする部分を熟知した上で、アニメの様に実写映画を撮ることで『シン・ゴジラ』は従来の庵野実写映画にはない普遍性を獲得したが、映画の中心部に最初から空いていた穴を、八方手を尽くして埋めたような空虚感を感じなくもない。何度も観ている観客の一人ではあるが、その穴はまるで映画の最後に登場する科学技術館の屋上から東京駅までの間にポッカリ空いた都心の空白地帯を思わせる。

■モルモット吉田
1978年生まれ。映画評論家。「シナリオ」「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄稿。

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『シン・ゴジラ』
全国東宝系にて公開中
出演:長谷川博己、竹野内豊、石原さとみ
脚本・総監督:庵野秀明
監督・特技監督:樋口真嗣
准監督・特技統括:尾上克郎
音楽:鷺巣詩郎
(c)2016 TOHO CO.,LTD.
公式サイト:http://www.shin-godzilla.jp/

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