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初代ゴジラの“呪縛”から逃れた『シン・ゴジラ』 モルモット吉田が評する実写監督としての庵野秀明

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岡本喜八
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庵野秀明
東宝
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 公開3週目を迎えても『シン・ゴジラ』の勢いは依然、衰えを見せない。IMAX、MX4D、通常上映と、毎回環境を変えて観ていたが、この原稿を理由にまた劇場に足を向けてしまった。高圧縮の情報量、現実の反映、オマージュ、トリヴィア、語られないまま終わった謎への解釈など、まるで20年前の『新世紀エヴァンゲリオン』テレビシリーズ放送終了後から翌年の劇場版公開にかけての熱狂が再現されているようだ−−と言っては言いすぎだろうか。いずれにせよ、繰り返し観ることで細部を語る魅力が増す作品であることは間違いあるまい。

マイナスをプラスにさせる庵野秀明のアレンジ

 ここでは、〈庵野秀明にとってのゴジラ〉から話を始めてみたい。というのも、特撮好きなエヴァの監督というイメージから誤解されがちだが、これまで庵野はウルトラマンほどの熱狂をゴジラには見せていなかったからだ。『シン・ゴジラ』の原点となる第1作の『ゴジラ』(54年)を庵野が最初に観たのは高校生の時というから、1976〜78年頃だろう。地元、山口県の映画館で3本立ての1本として観たという。

 庵野は第1作について「幸か不幸か一作目にして完璧(略)映画として最初の『ゴジラ』を超えることは、それを作った人ですら無理」(『文藝別冊 総特集 円谷英二 生誕100年記念』河出書房新社)と絶賛する一方で、あまりにも完璧すぎたせいで、その後の日本の特撮映画は「初代『ゴジラ』の呪縛から逃れてない」(『アニメージュ・スペシャル Gazo画像 VOL.2』徳間書店)とも指摘する。
 
 1作目へのリスペクトはあるが、ゴジラ自体はそれほど好きでもないという庵野が『シン・ゴジラ』を撮るにあたって、「初代『ゴジラ』の呪縛から逃れ」るために取った戦略は、〈ゴジラが現れたことがない世界〉を設定したことである。だが、これ自体は庵野の独創でも奇抜なアイデアでもない。1993年に出版された『神(ゴジラ)を放った男 映画製作者・田中友幸とその時代』(田中文雄著/キネマ旬報社)の中で、東宝でプロデューサーを務めてきた田中文雄は、自らも参加した1984年版の『ゴジラ』をこう総括する。

 「最初の(昭和)二十九年版『ゴジラ』をリメイクすればよかったのである。なにかわからないが怪物が現れて日本にやってくるという設定なら、自衛隊が攻撃しようが何をしようと不自然さはない。(略)それなのに、このネックに気づくのがおそすぎた。“あの”ゴジラがやってくるという話を作ってしまったのである」
 
 そう、84年版『ゴジラ』は30年前に日本を襲った“あの”ゴジラが再び襲来するという物語だった。その後、日本で製作されたゴジラ映画も全て、「“あの”ゴジラがやってくる」世界観が踏襲され、『ゴジラ2000 ミレニアム』(99年)に始まる、いわゆるミレニアムシリーズでは基本的に1作目以外の物語が毎回リセットされるのがお約束になっており、「初代『ゴジラ』の呪縛」が極まった感がある。この縛りについて評論家の切通理作が『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』(01年)を監督した金子修介へのインタビュー(『特撮黙示録1995−2001』太田出版)の中で、1作目をなかったことにしようと考えなかったのかと尋ねるくだりがある。

 金子の回答は「ゴジラでは難しいなと。これだけ作られていて知られている中で。」というもので、確かに劇中の設定として、1作目をなかったことにすれば物語の自由度は広がるだろうが、観客からすれば、おなじみの「“あの”ゴジラ」に変わりはない。
 
 では、劇中の人物と共に観客も驚かせるにはどうすればいいか? 庵野が取った戦術はゴジラの形態を段階的に変化させることだった。冒頭の羽田沖で海上に姿を見せる巨大な尾に、〈“あの”ゴジラ〉と見くびっていた観客は、蒲田に上陸したそれが見たこともない巨大不明生物であることに驚くことになる。つまり、1作目のゴジラをなかったことにするという発想は先人も持っていたが、それを成立させるための手法を考えたのが庵野ということになる。
 

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