>  > 『オデッセイ』とアメリカ映画の精神

なぜ人々は“火星に取り残された男”を見捨てなかったのか 『オデッセイ』が描くアメリカ映画の精神

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小野寺系
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 三歳の少女が、姉たちと遊んでいるときに、誤って古井戸の底に転落してしまった。救助作業は、地面を掘削する大掛かりなものとなり、およそ一万人の市民が現場に駆けつけ、安否を見守った。1949年、カリフォルニア州で起こった実際の事故である。救出現場での作業は、当時としては珍しく実況中継され、不謹慎ながら、アメリカのテレビ、ラジオ史のなかで、「画期的なイベントであった」と伝えられている。ウディ・アレン監督の『ラジオ・デイズ』でも、この救出の様子をラジオで聴き、彼女の無事を祈るという場面がある。そのような人々の祈りは、ただの偽善的な自己満足なのだろうか。または、大衆的な野次馬根性に過ぎないのだろうか。

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 『エイリアン』や『ブレードランナー』のリドリー・スコット監督による新たなSF映画、『オデッセイ』は、火星での有人探査計画に参加した宇宙飛行士が、探査中に起きた事故によって死亡したと判断され、一人きり残されてしまうという、近未来SF小説「火星の人」を原作とした作品だ。これがアメリカで予想外の大ヒットを記録し、リドリー・スコット監督の近作である、話題を集めたSF映画『プロメテウス』の2倍もの興行収入をあげている。本作『オデッセイ』が、ここまで支持された理由を、作品の内容を振り返りながら考えてみたい。

 火星に置いてきぼりにされた宇宙飛行士ワトニーは、過酷な環境下で生き延び、助けを待ち続けようとする。生き抜くために必要なのは、まず食料の確保である。あらかじめ用意された食料は、長期間の滞在に必要な量は用意されていない。残り少ない食料のなかにジャガイモを見つけ出したワトニーは、畑を耕し、化学的に水を作り出し、肥料となる排泄物など、その場にあるものを最大限に活用し組み合わせることで、火星の地でジャガイモ栽培を成功させる。

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 ワトニーは、探査チームが残した荷物の中から、ディスコ・ミュージックを中心としたヒットナンバーばかりが入ったメモリーも発見する。本作では、物語にシンクロするように、ドナ・サマー「ホット・スタッフ」や、オージェイズ「ラブ・トレイン」などの、絶望的状況とは真逆の、明るい楽曲が流れる。ワトニーは、「最悪な趣味だ」となじるが、実際には、その音楽に励まされ、諦めずに一日一日を過ごしていく。ディスコ・ミュージックの根底にあるソウルやR&B、そして、その起源となる、奴隷にされた黒人達によるワーク・ソングが、多くの虐げられた人々の苦しみや孤独を、一時慰めたように、ワトニーにも「その日一日を乗り切る」力を与えるのだ。

 取り残されたワトニーが、音楽にも助けられながら、知恵と持ち前のユーモアを発揮して必死に生き抜くなか、地球でもNASAのスタッフ、そして探査チームのクルー達が、あらゆる手段を講じ、彼を救う方法を模索していた。救う者、救われる者、双方が最大限に努力して、宇宙を舞台にした壮大な救出作業が進められていく。そして、それを応援するアメリカ国民、地球の人々が画面に映る。今まで暗いテイストのSF作品を手がけてきたリドリー・スコット監督作としては、あまりにも明るく明快な作品のテイストに驚かされる。その新鮮さは、逆に古いアメリカ映画のような印象をも与えられる。

     
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