踊ろうマチルダ、T字路s……“生身と楽器一つ”で衝撃を生み出すアーティストたち

“生身と楽器一つ”で衝撃を生むアーティスト

 日本人アーティストでアイリッシュトラッドやブルースなどをバックボーンに感じると、とかく通好み、温故知新なイメージで捉えられがちだが、生身と楽器一つで勝負する姿に、フェスやイベント、もしくは支持するロックバンド経由で、出会い頭の衝撃を受けることはないだろうか。

 そんな「出会い頭の衝撃」の代表格として今回紹介したいのは、2008年にツルベノブヒロが立ち上げたソロ・プロジェクトである、踊ろうマチルダ。それ以前は本名の釣部修宏名義で自主アルバム『異国の夢』(2001年)、『平成トラッド』(2003年)を自主制作でリリース。2006年にはビクター内のインディーズレーベル<colla disc>より、Nancy Whiskeyとして『PARADE FOR JUNKMAN』を発表している。<colla disc>といえばキセルやAPOGEEの初期作品、そして竹内電気らも所属していた時期のある、特定のジャンルに偏らず、豊かな音楽性を持ったバンド、アーティストを擁するレーベルだ。ツルベはその後、AULD JUNK PARADE、Nancy Whiskeyを経てソロアーティストとなり、2008年に現在の踊ろうマチルダ名義で『Hush』、2009年に『夜の支配者』、2010年には本名、バンド時代を含めたレパートリーを弾き語りで収録した『故郷の空』を発表。10年代に入ってからは『FUJI ROCK FESTIVAL』や『RISING SUN ROCK FESTIVAL』など、大型フェスにも出演を果たし、2012年には音楽プロデュースを大友良英が担当したNHKのスペシャルドラマ『とんび』のエンディングテーマとして「箒川を渡って」を書き下ろしている。

踊ろうマチルダ「箒川を渡って」

 まっすぐに放たれるしゃがれた声の力強さと、アコースティックギターや足踏みオルガンやハーモニウムなどごくシンプルな伴奏、ブリテン諸島や北欧のトラディショナル音楽を想起させるメロディは、最初の10秒を聴いただけでも印象に残る。近いイメージはアイリッシュ音楽なのだが、実のところ『FINAL FANTASY』などRPG音楽の巨匠・植松伸夫からの影響も大きいそう。ちなみにアーティストネームはオーストラリアで19世紀から歌われている曲に由来し、“Waltzing”=あてもなくさまよい歩く、”Matilda”=荷物、つまり放浪の旅をすることを意味している。まさに彼の音楽性を言い当ててもいるし、今でこそ札幌に定着したとは言え、年中、キャンピングカーで自炊しながら演奏旅行をする活動スタンスとも符号する。

 そんな彼の活動9年目にして初のフルアルバム、初のセルフプロデュース作品である『新しい夜明け』が9月20日にリリースされる。作詞作曲、演奏を全て一人で手がけたのはもちろん、エンジニアの手配、音源データをCDプレス会社に納品し、ジャケットのアートワークを友人たちに依頼し、ゲラをコンビニでプリントアウトして確認しているところもTwitterで発信していた。曰く“社長的なこと”も担い、悪戦苦闘しながら楽しんでいることが伝わってくる。誰に指図されることなく、100%の自信作を世に送り出す作業を何もかも初めて経験する少年のような瑞々しさで取り組んでいるように感じられるのだ。

 肝心の作品の内容について触れると、使われている楽器はアコースティックギター、12弦ギター、クラシックギター、5弦バンジョー、フラットマンドリン、インド式ハーモニウム、シュルティボックス(オルガンのような音のするインドの楽器)、ハンマーダルシマー(ピアノの先祖とも言われる弦を叩いて音を鳴らす楽器)、そしてドラム。これらの楽器を自身で重ねた、踊ろうマチルダ的シンフォニーともいうべきインスト曲がアルバムタイトル曲の「新しい夜明け」なのだが、トレードマークである歌以外の表現でも一聴してマチルダの音だと認識できるオリジナルへの昇華は本作の一つのハイライトだ。歌モノが大半を占めるが、その伴奏も曲に合わせて必要最低限に研ぎ澄まされ、豊かに呼吸している。ハーモニウムの単音によるロングトーンが印象的な「風景画」は神聖かつ土俗的。雨や夕焼けを地球の営みとして体感した人ならではの音楽だ。また、ほぼアカペラの「夜明け前」は、子供の頃愛に溢れていた故郷に違和感を持つ年代、そして年齢を重ねて俯瞰できる故郷への視点がうかがえる曲。<夜明けまではあと少し/それまでをどう生きようか>という歌詞に想像力を託される。

 そして孤独や夜、死についての歌もすべからく生きるものへの愛情と尊厳に裏打ちされていて、彼がそうした歌を歌うに至った人生に感謝したくなるほどだ。ハスキーボイスではあるけれどブルージーではなく、腹の底からまっすぐこちらに届く歌は時に童謡や唱歌のように初々しい。ラストに位置する「化け物が行く」。様々な情景や人々の営み、現実の社会に触れてきた彼が、「生きているうちに存在を無視され、世界から外されたもの」=化け物たちを力強い声と時にユーモアで蘇生させんばかりの心が揺さぶられる前向きなレクイエムだ。マチルダはただ<化け物が行く>としか歌っていないにも関わらず、なぜか勇気がわく。その作風は彼が敬愛する真島昌利の作風にも通じるものを感じずにいられない。ちなみに真島のソロ作がアナログ再発された折、よりにもよって彼にとっての心の名盤『RAW LIFE』と『人にはそれぞれ事情がある』は対象外だったことに憤慨していたが、全く同感だ。

 口コミや細やかなライブ活動に加えて、今や気になればいくらでもYouTubeで動画が見られる時代。若いバンドマン、アーティストにもファンが多い。以前、下北沢シェルターで通称『踊る2マン』と題して踊ってばかりの国と競演した際、メンバーは自分たちのライブ中もマチルダのライブを楽しみにしていることを話して憚らなかったし、最近では『MUSIC FREAKS』(FM802)で去年の10月からDJを務めるSuchmos・YONCEが番組で度々、マチルダの楽曲をオンエアしてきた。なんでもYONCEは高校生の頃から動向を追っているそうで、彼が敬愛するThe Beatles、THE BLUE HEARTS、Oasis、BLANKEY JET CITYやTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTなどと並んで定期的にセレクトしていた。影響力のあるアーティストが発信していることも手伝い、踊ろうマチルダが今回の『新しい夜明け』のリリースを機に新しい状況を切り開いて行きそうな予感は大きい。

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