サイプレス上野が語る、“サ上とロ吉”のスタイルと音楽観「快感度を更新する作業をずっとやってる」

サ上とロ吉のスタイルと音楽観

 「HIPHOPミーツallグッド何か」を座右の銘に掲げ、結成17年目を迎えるサイプレス上野とロベルト吉野が、キングレコード内のレーベル〈EVIL LINE RECORDS〉からメジャーデビュー。その第1弾作品としてミニアルバム『大海賊』をリリースした。今作には、SKY-HIがゲスト参加した「メリゴ feat. SKY-HI」を含む全7曲が収められ、石野卓球、岩崎太整、Yasterize、藤原大輔(MU-STARS)、ドリームトラクターズ(サイプレス上野とビート武士)、CHIVA from BUZZER BEATS for D.O.Cがプロデューサーとして参加。タイトルは彼らの地元、神奈川・横浜ドリームランドのアトラクション名から拝借し、ジャケットにはサイプレス上野の母親が描いた水彩画を使用するなど、サ上とロ吉のルーツである地元への愛は、メジャー作であっても変わらない。

 今回リアルサウンドでは、サイプレス上野にインタビュー。ロベルト吉野とユニットを組んだ経緯から、近年のフリースタイルブームまで、幅広いトピックについて語ってもらった。(鳴田麻未)

「お前ヒマだろ? じゃあDJやってくれ」 

――サイプレス上野のルーツを表す一番のワードというとなんでしょう?

サイプレス上野:「地元」ですかね。横浜の外れのドリームハイツっていう団地のあるとこです。丘の上だし、アクセスも悪いし、みんなあんまり来たがらない(笑)。ほかの土地から除外されてる、陸の孤島みたいなところで仲間とラップしてました。

――ロベルト吉野さんはそこで出会ったひとつ下の後輩ですが、改めて出会いと第一印象は?

サイプレス上野:出会いは小学生のときで、第一印象はベンチでウロウロしてる落ち着きのないサッカーの補欠、みたいな感じかな。あいつの兄貴がすっげー有名な不良だったんで「吉野くんの弟」っていうイメージでした。

 組むことになった経緯は、俺たちの歳のラップグループと、あいつの歳のラップグループがあって、普段はドリームランドの駐車場でスケボーやって、ライブがあればみんなで行くっていう感じだったんですね。で、歳いくにつれて「仕事あるから夜中行けねーよ」「俺辞めるわ」って1人辞め、2人辞め……っていうときにあいつが余ってたっていう。「お前ヒマだろ?」「ヒマっすね」「じゃあDJやってくれ」「いいっすよ」みたいな。あいつはたぶん、たまに行く派遣のバイトと出会い系しかやってなかったから。それが結成の流れです。

――上野さん自身はバックDJとなる人は誰でもよかったんですか?

サイプレス上野:そうっすね。上昇志向がそんななかったんですよ。グループでイベントやってたぶんのノルマがクラブに残ってて、何もしないで金だけ払うのもったいないから、自分でライブをやってただけ。まあ、あいつDJが当時からうまかったんで、遊んでるうちに「じゃあやろうよ」って感じですね。

――30年以上の付き合いで、2人の関係性に変化はありますか?

サイプレス上野:たぶん変わってないです。今も「飲み行く?」「あ、行きますか? ちょっと金貸してください」みたいな距離感。ハタチ前後の頃は一緒にヤマザキパンでバイトしてたなー。DJ機材買うためっていう名目で始めたけど、単純に日銭稼いで飲んで遊ぶだけでしたね。

――「サイプレス上野」の単独で出るイベントも多いですし、ソロMCとして活動していくルートもあったと思うので、上野さんにとってサ上とロ吉はどういう位置付けなのかなと。

サイプレス上野:友達、みたいな感じですかね。吉野と俺の共通点は、辞めないっていうのと負けず嫌いっていうところなんすよ。グループとしてがんばるというよりはお互いがミスらないように競い合うって感じに、ライブをやればやるほどなってきて。この間もみんなで森戸海岸のオアシスに遊び行こうってタイミングができて「お前行く?」って吉野に聞いたら「いや、俺は練習します」って。こいつ偉いなと思って。そこは尊敬できるし、信頼してますね。やっぱ機材いじってるのが好きなんだなって。

「HIPHOPミーツallグッド何か」はどこから生まれた?

――サ上とロ吉は「HIPHOPミーツallグッド何か」を座右の銘に掲げ続けています。これについて改めて詳しく聞かせていただけますか。

サイプレス上野:ヒップホップが好きなのはもともとの基盤にあって。昔はフード被ってハードコアな格好して、J-POPを聴いてる奴らに対して「ダセー」って攻撃しまくってたんですよ。でも高校生くらいになると友達でバンドをやる奴も出てきて、そいつらのライブに遊びに行ってダイブしたりしてるうち、ほかの音楽も堂々と好きでいていいなって思うようになったんですよね。

 あと、ディスクユニオンでバイトしたのも大きいっすね。パンク担当の人がすごいよくしてくれて、西荻WATTS(※2005年に閉店したパンク系の老舗ライブハウス)の企画に俺らを出してくれたりして。そこでコスったらパンク側の人たちが珍しがって喜んでくれて、以後レギュラーみたいになった。

 そうやっていろんなもんが入ってくるようになって、自分たちでも横浜CLUB LOGOS(※2012年に閉店したヒップホップ系クラブ)でイベントやるとき、「イベントのジャンルはなんて書く? ヒップホップ? R&B?」って聞かれて「じゃあ『HIPHOPミーツallグッド何か』でお願いします」って返したのが最初です。そしたら、横浜周辺に眠ってた音楽好きの奴ら、「ジャンル:ヒップホップ」のイベントに来てはいるけど窮屈さを感じてたっていう奴らが来てくれて、交流が生まれ出したんですよね。

――その後の活動でも上野さんは「HIPHOPミーツallグッド何か」を体現するように、中江友梨(東京女子流)、ももいろクローバーZ、SPECIAL OTHERS、フラワーカンパニーズ、ベッド・インなど……数え切れないほどのコラボをいろんな形で果たしてきましたね。

サイプレス上野:なんかそういう活動は、間違ってねーよな? ってもうひとりの自分に訊くような気持ちなんですよね。「あのときの俺、見てるよな?  これは俺的に間違ってねーよな? やっていいよな?」「いいんじゃね」っていう、自分判断。その繰り返しですね。

――「あのときの俺」ってどのくらいの時期の自分でしょう?

サイプレス上野:やっぱ中学生ぐらいかな。音楽に目覚めて、音楽で遊ぶことを覚え出したとき。「そんときの気持ちと今も変わらないよな? あのときのお前でもやってるよな?」みたいな感じで。変にフード被ってかぶれてたのは本当の俺じゃないよなっていうのは自分の中にあったから。

――もともと幅広い音楽に興味のある少年だったと。そこから精神的に地続きだとすれば、今回の『大海賊』のカオスなサウンドや、石野卓球さん、藤原大輔(MU-STARS)さん、岩崎太整さんといった制作陣も腑に落ちますね。

サイプレス上野:ヒップホップがめっちゃ好きだし、ラップで表現してるけど、ほかのジャンルも超好きで、曲聴いてやっべーかっけーって思う。そのくらいでいいかなっていうか、無理してほかのジャンルを漁るってことをしなかったんです。テクノとかハウスに関しても、昔から知り合いに4つ打ちのDJがいて超カッコいいものに触れてはいたけど、軽く知ってます感がイヤで深入りしなかった。スペシャリストが傍にいたのがでかいんですよね。

――逆を言えば、自分の専攻分野はやっぱりヒップホップだと思っていた?

サイプレス上野:そうっすね。ヒップホップのことをまずちゃんと掘りたい。異ジャンルの人と対バンすることも多いけど、相手にも自分と同じように「かっけー」と思わせたいから、そういうライブをするように意識はしてます。

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