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『ヒップホップ・ジェネレーション[新装版]』インタビュー

宇多丸が語る、名著『ヒップホップ・ジェネレーション』をいまこそ読むべき理由(前編)

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 2007年に翻訳版が発売され、日本のヒップホップ・シーンでも大きな話題となった書籍『ヒップホップ・ジェネレーション』が、新装版となり9月16日に発売された。

 ヒップホップの成り立ちと時代ごとの変遷を、さまざまな問題を抱えるアメリカ社会との関わりとともに、丹念かつドラマチックに描いた本書は、ライムスター・宇多丸氏も「絶対に読んでおくべき決定的な一冊!」と絶賛していた。約10年近い歳月を経て、日本を含めて世界中のヒップホップシーンが変化した中、改めて本書を手に取ったとき、そこにはどんな価値が見出せるのだろうか。リアルサウンドでは、本書に推薦文を寄せている宇多丸氏本人にインタビューを実施。前編では、本書を再読して感じたことや、この10年でヒップホップシーンがどのように変容したかについて、じっくりと語ってもらった。聞き手は、音楽ライターの磯部涼。(編集部)

宇多丸「サウス・ブロンクスの荒廃を、50年代の政策にまで遡って論じているのは新鮮」

磯部:2007年に本書『ヒップホップ・ジェネレーション(原題=Can’t Stop Won’t Stop:A History of the Hip-Hop Generation)』の翻訳版が刊行された際、宇多丸さんは「およそヒップホップについて何か論じようというのなら、絶対によんでおくべき決定的な一冊!――特に、「知ってるつもり」な貴方や私にとってこそ」という推薦文を寄せていますが(2刷より)、その評価は未だに変わりませんか?

宇多丸:繰り返しになっちゃうけど、これは本当に決定版ですね。ヒップホップの歴史を扱った本は、本書の前にも何冊かあって、出るたびに「決定版!」って言っていたんだけど、どの本も特に黎明期の話になると、取材相手によって言っていることが違ったりしているんですよね。僕もグランドマスター・フラッシュやカーティス・ブロウが来たときに話を聞いたことがあるんですけれど、それと擦り合わせても違うところが出てくる。でも、この本は、『ザ・ソース』のオールドスクール特集(93年)などを読んで自分なりに解釈していた黎明期の状況と、ほぼ一致していて、おそらく一番ちゃんと取材しているんです。「誰々がパイオニアだ」って言っても、それぞれいる場所も違うわけだから、複数の人に取材しないと事実って見えてこないじゃないですか。それに、ヒップホップ特有のボーストもあるしね。その問題を完全にクリアーにすることは不可能だけれど、複数の人の証言を統合すれば、大体の雰囲気はわかります。それに、当時のサウス・ブロンクスは荒廃していたってみんな言うけれど、そもそもなぜ荒廃したのか、50年代の政策にまで遡って論じているのは新鮮だった。

磯部:歴史を物語る上で、何処から、どのように始めるかは重要な問題ですが、その点、本書は、77年、ニューヨーク・ヤンキースの黒人選手=レジー・ジャクソンが、如何に野球界の人種問題と戦っていたかというエピソードからスタートしますよね。そして、ジャクソンの先達にあたる(近代)メジャー・リーグ初の黒人選手=ジャッキー・ロビンソンが引退後、人種統合を目指して社会活動を行った軌跡を振り返る。続いて、ヤンキー・スタジアムのあるブロンクスの歴史に話が移り、先程言われたように、50年代に始まるクロス・ブロンクス・エクスプレスウェイの建設によって、元々の住人が立ち退かされ、貧困者はサウス・ブロンクスの巨大団地に押し込まれてそこがスラム化する……という背景を説明した上で、そもそもの発端は、そのハイウェイの建設が決定した、1929年のニューヨーク地域計画協会による事業計画の策定にあるとさらに遡っていく。

 2章の舞台はジャマイカだし、いつヒップホップの話が始まるんだって感じなんですが、起点とされている77年が、ヒップホップ・カルチャーの黎明期であり、ニューヨーク大停電が起こった年であり、ドラマ『ゲットダウン』(バズ・ラーマン監督、16年)では、停電に乗じた若者たちが機材を盗み、ヒップホップのクルーが増加したと些かデフォルメして描かれていたように、全ては繋がっている。

宇多丸:あるいは、当時の社会状況や流行していたドラッグと、ヒップホップの歴史が並行してつぶさに書かれているから、本当に切り離せない問題なんだなってわかる。『ジャグラー ニューヨーク25時』(ロバート・バトラー監督)っていう1980年の映画で、サウス・ブロンクスに住んでいた白人が、「プエルトリカンや黒人に追い出された」って愚痴り方をするんだけど、なんでそういうセリフが出てくるのかとかも改めてよくわかったりして。だから、1章目を読んだ時点で「これはちょっと桁違いに研究した本が出てきたな」って思いました。たとえばドラッグの流行の話で言うと、ラン・DMCの時期にコカインが流行っていたことは、切り離して論じることはできないんですよね。流行していたドラッグが、ヒップホップの曲のノリにも影響してくるから。

磯部:70年代半ばから80年代初頭にかけてのサウス・ブロンクスを中心としたニューヨーク・シーンと、80年代後半、コンプトンからN.W.A.が登場してくる辺りに関してはかなり丁寧に書かれている印象でした。前者にしても、これまで、〝オールド・スクール〟と大雑把にひとまとめに語られていたタームについて、ヒップホップの4大要素と言われるBボーイング(ブレイクダンス)、グラフィティ、DJ、ラップは、それぞれ、別の歴史を持っていることだとか、実は70年代の終わりにヒップホップは一度、終わりかけていたものの、当時10代で、上の世代のカルチャーに憧れていたBボーイング・クルー=ロック・ステディ・クルーの連中が、言わばルネサンスのような形で再燃させたことだとかを細かく検証していく。そのねちっこい書きっぷりこそが、文化の複雑さと豊かさを明らかにするんですよね。

宇多丸:シュガーヒル・ギャングの「ラッパーズ・ディライト」が、完全にセルアウトの権化として描かれていたりね。知識としては知ってたけど、筆致が本当に素晴らしい。79年の時点で、ブロンクスでは完全にヒップホップは廃れてて、フラッシュのパーティーにも客が入らなくて、みんな憤ってる感じとかさ、なんかもう笑っちゃったよ。「そうだったんだ!」って(笑)。4大要素についても、(グラフィティ)ライターの中には「グラフィティがヒップホップだとは思わない」って言っている人がいたり。

磯部:『ワイルド・スタイル』でヒロインを演じたピンクの発言ですね。続けて、「正直な話、私はディスコ・ミュージックを聴いて育ったの。グラフィティには独立体として長い歴史があるのよ」と語っている。他にも、ブレイドやシーン、イズ・ザ・ウィズは、自分たちが好きな音楽はジャズやドゥワップ、ロックだと言っているし、グラフィティの歴史家でもあるゼファーは、サイケデリック・アートの第一人者であるリック・グリフィンや、イエスやエイジアのジャケットを描いたロジャー・ディーンの影響を受けた者もいると分析している。

宇多丸:そういう部分もフェアに書いた上で、どういう意図で、どのタイミングで、それらがヒップホップとして統合されたか、虚構としての歴史化が行われたかがちゃんと検証してある。著者のジェフ・チャン自身も関わっているから、『ザ・ソース』の話もたくさん載っていて、ここも僕が「我が意を得たり!」って思ったところでした。僕は日本のタワーレコードで買っていた側なんだけれど、あの雑誌が創刊されたことで良くも悪くも批評が確立していった。特にデ・ラ・ソウルの影響でヒップホップが拡散されたときに、『ザ・ソース』がヒップホップを再定義化したことの功績は大きいと思っていて。もしあの雑誌がなかったら、ヒップホップはもっと普通にポップ化していてもおかしくなかった。

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