海外R&Bはなぜ“下ネタ”をアーバンに歌う? 高橋芳朗✕古川耕が語る“馬鹿リリック”の世界

R&Bはなぜ下ネタをアーバンに歌うのか

古川「時代の中で歌うべきテーマを探した結果として、こうした表現が生まれている」

ーー日本とアメリカでは、本書で紹介するような楽曲の受け止め方に違いはあるのですか?

古川:日本人の目から見るから、変てこで面白いのかと思っていたんですが、ブラックミュージックってアメリカでもエキゾチックなところがあって、やっぱり変てこだと思って聴いている人も多いみたいです。

高橋:R・ケリーの『ブラック・パンティーズ』は、海外の音楽メディアでも「最高に馬鹿げたリリック」として特集が組まれていたりしていたから、この『馬鹿リリック大行進』はある意味ユニバーサルなR&B歌詞の楽しみ方といえるかもしれないですね。TBSの若い女性アナウンサーも大笑いして読んでくれたみたいだし、R&Bに明るくない人でもぜんぜんいけるんじゃないでしょうか。

古川:R師匠の曲は音楽的に素晴らしいですしね。ラジオ的なコンテンツとして、変な歌詞の曲を紹介するのはというのはよくありそうですけど、音楽ジャーナリストの高橋芳明さんがやるとなると、音楽的な価値も重視しなければいけない。そういう意味でも、R師匠の楽曲群は特別です。

高橋:R・ケリーはマイケル・ジャクソンにも楽曲提供しているR&B史上でもトップレベルのメロディメイカーですからね。それでいておもしろい歌詞を書くことにも意識的で、優れたストーリーテラーでもあるんですよ。ラジオで紹介しているのはフレーズ単位でおもしろいものがメインになっていますが、他にもまさかのオチがつくアッシャーとのデュエット「セイム・ガール」とか、ソープドラマ仕立ての大作「トラップト・イン・ア・クローゼット」シリーズとか、めちゃくちゃ凝っているのでぜひ歌詞をチェックしていただきたいですね。

ーー性愛をテーマとすること自体は、R&B以前にもありますよね。

高橋:映画のラブシーンにもよくそういうシーンがありますけど、アメリカではもともと性行為に及ぶときに音楽を流す文化があるんですよね。マーヴィン・ゲイ、バリー・ホワイト、アイザック・ヘイズといったシンガーは昔からセクシャルな歌を歌ってきていますし、そういう場で有効活用されてきたみたいです。映画『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』でもおっさんたちがマーヴィン・ゲイの「セクシャル・ヒーリング」を大合唱して子供がドン引きしてるなんてシーンがありましたよね。

古川:ロマンティックなムード音楽として、エロティックな歌詞を歌うほかにも、反社会的なトピックスとして表現されているケースもありますよね。アブノーマルな性癖を歌うことで、カウンターカルチャーとして成立させるというか。

高橋:そういう部分では、先日亡くなったプリンスは先駆的存在といえるでしょうね。本のなかでも西寺郷太さんやKダブシャインさんと話しているんですけど、初期のプリンスが近親相姦やフェラチオを題材にした曲を歌っていたのはちょっとした衝撃でしたね。彼が表現のキャパシティを広げたようなところは確実にあるんじゃないでしょうか。

古川:プリンスは、過激な性愛を歌うことでトリックスターとしての存在感を補強していたんでしょうね。ただ、最近のヒップホップやR&Bでは、ちょっと性愛を歌ったくらいではトリックスターになれないから、さらに工夫が必要になっている。そういう意味では、最近は女性アーティストが性愛について面白い表現をしているように感じるんだけど、その辺はやはりフェミニズムとかも関係しているんですかね。

高橋:女性ラッパーの歌詞を見ると、クンニリングスを丁寧にやる男性を評価していたりしますよね。

古川:ここ数年のアメリカ映画ではクンニの場面がすごく増えたんじゃないかという話もあり、性愛的な意味でも男女フェアに描くという風潮が高まっているんでしょうね。

ーー最近だと、ジ・インターネットのシド・ザ・キッドが同性愛について歌ったりと、LGBTの方による性表現も増えていますね。

高橋:彼女のほかにも、20013年のグラミー賞で『ベスト・アーバン・コンテンポラリー・アルバム』を受賞したフランク・オーシャンが同性愛者であることをカミングアウトしていますし、その翌年のグラミー賞で4部門を受賞したマックルモア&ライアン・ルイスも同性愛や同性婚をテーマにした「Same Love」で高い評価を得ました。かつてはマチズモが横行していたヒップホップの世界もだいぶ変わってきた印象を受けますね。

古川:あるアメリカ在住の方のマンガを読んでいたら、ニューヨークのティーンの間ではフランク・オーシャンを聴くのがクールだとされている、みたいなことが書いてあって、へぇと思った記憶があります。

高橋:ヒップホップも以前と比べてファッション業界やセレブリティの世界と深く関わるようになってきたから、もはやホモフォビア的なことを言ってる場合じゃないのかもしれないですね。

古川:何をテーマとして歌うかは、どの時代のアーティストも常に追求していますが、中でも性的マイノリティの問題は彼/彼女らが長らく抑圧されてきたこともあって、いま歌うべきトピックスとして成立しやすいのかもしれません。つまり、それぞれの時代の中で歌うべきテーマを探した結果として、こうした表現が増えてきているのだと。アメリカを離れてみれば、それぞれの国で歌うべきシリアスなテーマというのがあり、そしてそれらに僕らも容易にアクセスできるようになった。いよいよこれからはアメリカ/ヨーロッパだけの時代ではなくなるのかもしれないですね。

ーー南アフリカ共和国のラップグループ、ダイ・アントワードも独特なパフォーマンスでレディー・ガガをディスったりして、世界的な注目を集めましたよね。彼らは日本のカルチャーにもなかなか詳しくて、きゃりーぱみゅぱみゅのツイッターをフォローしたりしていました。

高橋:彼らはニール・ブロムカンプ監督の映画『チャッピー』にも本人役で出演していましたね。デビュー当時の衝撃が忘れられないですけど、いまのシーンにおいても突出して過激な存在でい続けているからすごい。

古川:語るトピックスのハードさたるや、凄まじいものがありますよ。アラブのヒップホップとかも凄いですよね。

高橋:馬鹿リリックからこんな話の展開になるとは(笑)。まあ、いまは「Genius」みたいな歌詞研究サイトもあるし、以前よりもラップやR&Bの歌詞の大意を理解しやすい環境にはなってきているから、楽しみ方に奥行きが出てくるでしょうね。

古川:やっぱり歌詞って聴き流して良いもんじゃないんですよ。よく意味を調べたら公共の場で流せないようなことを歌っていたりするし、逆に「こんな表現があるんだ!」って驚きもある。僕自身、この企画をやってから音楽の聴き方が変わりました。高橋さんも言うように、いまは簡単に歌詞も読める時代なので、洋楽もさらに楽しめるようになったんじゃないかな。Apple Musicみたいな新しいサービスも出てきたし。昔は限られたお金で音源を購入していたのが、いまはいくらでも聴き放題なわけで、それによって絶対に音楽観も変わってきますよね。きっといまは、ポップミュージック史の中でも大きなパラダイム・シフトの時期なんじゃないかな。

高橋:Apple Musicの登場によって、またディスクガイドの需要が高まってくるかもしれませんね。ビギナーはそれなりのマップを手にして足を踏み入れないと、ちょっと広大すぎて途方に暮れてしまうと思うので。

古川:そこはいま、圧倒的に足りないですね。いままでみたいに雑誌ベースじゃないかもしれないけれど、キュレーターの存在はまた必要になってくるはず。音楽批評の価値ももう一度、上がるはずですよ。

(取材・文=松田広宣)

■高橋芳朗
音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティ。音楽雑誌の編集を経て、フリーの音楽ジャーナリストとして活動。エミネムやレディー・ガガなどのオフィシャル取材のほか、数多くのライナーノーツを手掛ける。『高橋芳朗 HAPPY SAD』『高橋芳朗 星影JUKEBOX 』のメインパーソナリティや『ザ・トップ5』のレギュラーコメンテーター(すべてTBSラジオ)など、ラジオパーソナリティとしても活躍。宇多丸、古川耕などとの共著に『ブラスト公論~誰もが豪邸に住みたがってるわけじゃない[増補新装版]』(シンコーミュージック)がある。

■古川耕
ライター・放送作家。『ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル』『ジェーン・スー 生活は踊る』『ザ・トップ5』(共にTBSラジオ)などの構成作家を務めるほか、アニメやコミック関連書籍の制作、文房具ライターとしても活躍。ポエトリーリーディング・アーティスト小林大吾のプロデュースも手がけている。

■書籍情報
『R&B馬鹿リリック大行進 〜本当はウットリできない海外R&B歌詞の世界〜』
高橋芳朗・宇多丸・古川耕・TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」編
四六判並製/336ページ
定価1600円+税
スモール出版
全国書店、ネット書店にて発売中

■番組情報
TBSラジオ「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル」
TBSラジオ(AM954kHz/FM90.5MHz)で毎週土曜日22:00~24:00に生放送中。
ポッドキャストでも配信中:http://www.tbsradio.jp/utamaru/

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