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『Music Factory Tokyo』スペシャルインタビュー

Ryu☆の考える“音楽ゲーム”の最新トレンド「新しい音楽プラットフォームとして機能している」

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 音楽を創る全ての人を応援したいという思いから生まれた、音楽作家・クリエイターのための音楽総合プラットフォーム『Music Factory Tokyo』が、KONAMIの音楽ゲーム『beatmania』シリーズなどで活躍するトラックメイカーであり、2種類の40曲入りベストアルバム『STARLiGHT』『MOONLiGHT』を2月24日にリリースするRyu☆のインタビュー記事を公開した。

 同サイトは、ニュースやインタビュー、コラムなどを配信し、知識や技術を広げる一助をするほか、クリエイター同士の交流の場を提供したり、セミナーやイベント、ライブの開催など様々なプロジェクトを提案して、未来のクリエイターたちをバックアップする目的で作られたもの。コンテンツの編集には、リアルサウンド編集部のある株式会社blueprintが携わっている。リアルサウンドでは、今回公開されたインタビューの前編を掲載。前編では彼の音楽的原体験を紐解くとともに、楽曲制作の核となっている部分、使用機材などについて、大いに語ってもらった。

「SEKAI NO OWARIや三代目 J Soul BrothersがEDMを広めてくれたのはありがたい」

――まずは、Ryu☆さんが音楽に触れた原体験について教えてください。

Ryu☆:音楽に目覚めた経緯はけっこう特殊だと思っているのですが(笑)、ゲームセンターでダンスコンピレーションの音楽を聴いて「自分もこういうのを作ってみたいな」と思ったところからスタートしたんです。そこから高校一年生のときに『MC-303』(Roland)というシンセサイザーを買い、その時に聴いた音を目指して作曲活動に励んでいました。

――そこからユーロビートやハードコア、ハッピーハンドバッグと数々のクラブミュージックを通過してきたんですね。

Ryu☆:はい。ほかにもニューエナジーやワープハウス、エピックトランスなど、クラブの現場などで、「踊るためのツール」としてクラブトラックが機能しているのを見て、どんどんそっち側に入り込んでいきました。楽曲制作は、現場で聴いて良いと思った曲を、帰宅してすぐに再現するという流れです。

――耳コピで全部やっていたということでしょうか。

Ryu☆:そうです。曲を作るにあたって、どういう要素が入って曲ができているのかを分析するのって、すごく大切で。機材面や知識面では、プロの方の音とはかけ離れていたので、その再現に苦戦しましたが、当時の試行錯誤は確実に今に活かされていると感じます。

――そこからプロになるまで、どのような経験を?

Ryu☆:楽曲の作り方は、一貫して独学のままなんです。でも、高校の時に共通の音楽が好きな親友ができて、彼と一緒にさまざまな現場へ出向き、曲作りの合宿みたいなことをしていました。そこから大学に入り、『beatmania IIDX 3rd style』の楽曲公募で採用していただいてから、プロとしての活動がスタートしたんです。

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――『beatmania IIDX 4th style』でコンポーザーデビューして以降のRyu☆さんは、様々な楽曲を制作していますが、“ハッピーハードコアの人”というイメージが強いです。あのジャンルに行きついた理由を教えてください。

Ryu☆:福岡にいる友人の兄が、世界的なトレンドや色んなジャンルに精通していて、そこで教えられたジャンルの一つがハッピーハードコアでした。BPMも速くて、リフがキャッチーで、ピアノのバッキングもあって……という構成に好感を持った、というのがハッピーハードコアに行きついた理由のひとつです。あとは福岡に「O/D(オー・ディー)」というクラブがあって、そこに足繁く通っていたことも大きかったですね。そこではBPM130くらいのワープハウス・ニューエナジーから徐々に盛り上がって、最後はハッピーハードコアで抜けるというパーティーが定期的にあったんです。

――なるほど。

Ryu☆:だからといって、最初からハッピーハードコアをゲームの曲にしようと思っていたわけではなかったんですよ。実は楽曲公募を知ったのが〆切の1日前で。大学のパソコン室でネットサーフィンしていて、『beatmania IIDX 3rd style』の公式ページを閲覧したときに見つけて、その日の帰り道には天神でMC-307を買って。時間もなかったので「今まで作った曲をリメイクしよう」と考えて、最適な曲が「starmine」だったんです。2000年の7月31日消印有効だったんですけど、7月31日の5時に速達で持っていったという(笑)。

――ちなみに、Ryu☆さんと音楽ゲームの接点はどこにあったのでしょうか?

Ryu☆:1997年12月10日に『beatmania』が稼働しはじめてからですね。

――かなり初期からコミットしていたのですね。

Ryu☆:はい。KONAMIは当時『チルコポルト』というゲームセンターを展開していて、そこの会報誌で知ったんです。「DJのゲームが出るのか! これはヤバい!」と興奮しました。中州のタイトーで稼働後に初めてプレイしたときは、正直「DJとは少し違うなぁ(笑)」と思いましたが、新感覚のゲームとして非常に面白く感じました。

――(笑)。その後、『beatmania IIDX 9thstyle』からはコンスタントに楽曲提供をしていますが、少し空いた期間は何を?

Ryu☆:デモはひたすら送っていたのですが、採用されない期間が続いたというだけですね。『beatmania IIDX 9thstyle』の時にリミックスで参加させていただいて、「starmine」の時から数えると15年間携わっています。

――改めて15年と聞くと長く感じますね。

Ryu☆:ユーザーも何世代にも渡り、変化を起こしながら熟成されているわけですからね。長く続いてくれて、愛してくれる人もいて、僕としてはありがたい限りです。

――音楽ゲームは世間やクラブミュージックのトレンドに合わせて収録楽曲が変わりつつ、“音楽ゲームならでは”の文化圏や楽曲も成熟しつつあります。

Ryu☆:そうですね。マーケットもあるし、僕は音楽ゲームが新しい音楽プラットフォームとして機能していると思っていて。その理由の大きな部分として、ボーカロイドプロデューサーや、そこから派生してJ-POP畑にいるプロの作家さんは、ほぼほぼ『BEMANIシリーズ』を通っているんです。海外の方でも、『Dance Dance Revolution』が世界展開した時期に知ってくれている方から、Facebook経由でメッセージが届いたり(笑)。そういった面でも、やっぱりゲームと音楽を結び付けた音楽ゲームの強さを感じましたね。

――音楽ジャンルの流行り廃りでいうとどうですか?

Ryu☆:基本的には日本国内の洋楽トレンドに忠実で、かつブラックミュージックではなくヨーロッパ系のメロディが立った4つ打ちサウンドが制し続けているという感じですね。で、ここ最近はEDMが猛威を振るっているという。

――そこでまた世界のトレンドとリンクしていますよね。

Ryu☆:そうですね。どうしても日本人の耳には、メロディーがきちんとない音楽は敷居が高くて。たとえば、スクリレックスが世界的にブレイクしたときも日本人はそこまで反応しなかったですし、ダフト・パンクまでは付いて来れた日本人も、それ以降のベースが効いたエレクトロはあまり受け付けなかったり。そういった面を考えると、SEKAI NO OWARIや三代目 J Soul BrothersがEDMを広めてくれて、世間に浸透したのはありがたいですよね。

――確かに、彼らのヒットがあったから、ボーカルのないEDM曲も広く受け入れられる土壌ができたといえるのかもしれません。

Ryu☆:2000年前後のトランスブームを思い出しますね。

――そうですね。小室哲哉さんの活躍もあって、J-POPにも上手く取り入れられたり。音楽ゲーム界隈でも、あまりEDMに寄りすぎずに、オリエンタルなメロディで調整する傾向はありますよね。

Ryu☆:和メロというか、ペンタトニックは強いですね。『東方Project』まわりもまさにそうでしょうし。自分の曲だと「sakura」シリーズがこの流れにあたります。個人的には坂本龍一さんの「戦場のメリークリスマス」に、日本流のコード進行とメロディの作り方がすべて集約されているのでは、と思っています。

――変わっているのは外側、デコレーションの部分だけ?

Ryu☆:そうですね。ジャンルの面でいろいろ変わってきたかな、というくらいで。何度も打ち込んだ楽曲です。

     
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