スガ シカオの新作『THE LAST』全曲解説 柴那典が“剥き出しのアルバム”を紐解く

スガ シカオ『THE LAST』全曲解説

4.海賊と黒い海

 こちらはかなりアーバンなテイストの一曲。セクシーなワウ・ギターとオルガンの響きが豊かだ。cero『Obscure Ride』や星野源『YELLOW DANCER』など、2015年はブラック・ミュージックのテイストを日本のポップスの文脈を接続させるような名作が生まれた一年だった。が、考えてみたらスガ シカオはデビュー以来、そのことにずっと取り組んできたミュージシャンだった。ファンクという言葉を掲げて20年近くのキャリアを積み重ねてきた人だった。ネオソウルや10年代以降のR&Bが持つふくよかさ、セクシーさをまとうこの曲は、そんな熟練の肌触りを感じさせる一枚。ここ最近の海外や日本の音楽シーンの動向ともリンクしている。

5.おれ、やっぱ月に帰るわ

 ザラついたエレクトロ・ファンク。クラヴィネットとうねるベースがグルーヴを牽引する曲調なのだが、ノイジーなフレーズが割り込んでくるBメロとブリッジ部分の毒性が強い。〈おれ、やっぱ明日 月に帰るわ〉という歌詞は、いわゆる「居場所のなさ」を地球に馴染めない宇宙人の視点から書いたもの。〈君に貸した3DS〉とか〈春休みに行くはずだった 京都行きたかったね〉という言葉がリアル。ファンク・ミュージックは、そもそもは肉体的なものであるがゆえに、なんらかの「万能感」を放つ歌詞が基本的には多い。そこに「不全感」を乗せるのがスガシカオの強い個性だと思っている。

6.ごめんねセンチメンタル

 こちらもエレクトロなサウンドが飛び交う一曲。ギターやシンセのフレーズがガチャガチャと鳴るAメロから、太いシンセベースが軸になり、視界がさっと開けるようなサビへと突入する曲展開だ。歌詞は〈君がそこにいる… どんなひどい夜でも ぼくが生きるうえで 特別なこと〉と歌うラブソングなのだが、その背景に都市のノイズや妄想の電波が漂っているような、やはり不穏で尖った一曲になっている。

7.青春のホルマリン漬け

 アルバムの中でも、最も挑戦的な、最も攻撃的なファンク・チューン。ディアンジェロ以降のブラックミュージックの潮流も踏まえているとは思うが、今のJ-POPシーンでこういうトラックを繰り出してくるのはスガシカオくらいだろう。ブレイクビーツとベースとギター、その三つが微妙にズレながら、心地よさと心地悪さのギリギリの臨界点にあるようなグルーヴを作り出す。その上で、ラップのようなフロウで〈日暮里のせまいラブホテル〉の情景を繰り広げる。2番ではそのバランスが崩壊して、スガシカオ自身の声も加工されて、一気に「気持ち悪い」側に落ち込んでいく。〈青春のホルマリン漬け そんな感じの匂い〉。そういうサビのフレーズを実感させる一曲。

8.オバケエントツ

 四つ打ちのビートとセンチメンタルなメロディを持ったエレクトロ・チューン。よく聴くとザラついたフックを持った音も沢山入っているのだが、「青春のホルマリン漬け」の後ではずいぶんストレートに感じるはず。おそらく小林武史プロデュースの効果だろう、ストリングスの音色も効いている。

9.愛と幻想のレスポール

 お待たせしました!なファンク全開チューン。JB’s直系のフレーズを高らかに吹き鳴らすホーン・セクションに自在にグラインドするベースライン。ライブの場でもキラーチューンになること間違いなしの一曲だ。〈1弦は愛する君のため〉〈2弦は憎しみ 根が深いぜ〉とギターの弦になぞらえて歌っていく歌詞は、よく読むとアルバム全体像を象徴する言葉にもなっている。

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