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栗原裕一郎の音楽本レビュー 第3回:『噂のメロディ・メイカー』

ワム!には日本人ゴーストライターがいた? 西寺郷太が「ノンフィクション風小説」で描く真実とは

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ゴーストライター
作曲家
栗原裕一郎
音楽書評
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 ワム!「ラスト・クリスマス」のメロディは実はゴーストライターの手によるものだ。おまけにそのゴーストは日本人である――。

 すべての発端はそんな与太じみた噂だった。

 作者である西寺郷太がその噂を耳にしたのは2008年、DJとして参加した島根県でのイベントの帰りに、岡山駅へ足を伸ばしたときのことだった。目的は「大幸」という有名焼肉店と、29歳という若さで飲食店を多数経営するかたわらイベントオーガナイザーとしても活躍していた阿野君に会うことだったのだが、座が暖まった頃、阿野君が思い出したように件の噂を漏らしたのである。

 最初は鼻で笑っていた西寺だったが、かすかな引っかかりを覚える。

 西寺はノーナ・リーヴスのヴォーカルである一方で、ポップ・ミュージック研究家の顔も持っている。その真摯な追究スタイルと該博な知識は『新しい「マイケル・ジャクソン」の教科書』(新潮文庫)、『マイケル・ジャクソン』(講談社現代新書)という2冊のマイケル研究でよく知られるところだ。

 もう一人のマイケル、ワム!のジョージ・マイケルについても天才と畏怖し、幼い頃から敬愛してきた西寺は、積年の疑問に、その噂が、パズルのピースのように填まってしまうことに気づいたのである。

 西寺は阿野君を頼り、噂の出所であるサトウさんに会う。サトウさん語る話のスムースさとディテールの詳細さ、時代との整合性、何よりサトウさんの人を騙そうという気配が微塵も感じられない無邪気さから、疑念を残しつつも噂の解明と事実の究明に踏み出していく――。

ノンフィクションノベルとニュージャーナリズム

 この『噂のメロディ・メイカー』は、その調査の過程と行き着いた結論を綴った報告書的な書物である。

 ただし繰り返し、資料と取材に基づいてはいるが、事実そのままではない「ノンフィクション風小説」であるという断りが述べられている。問題がデリケートであり、実在の人物が多数登場することから、予測されるトラブルを避けるべく一部フィクションを交えて「小説」という体裁を採ったのである。

 そもそもはメールマガジン『水道橋博士のメルマ旬報』に連載されたもので、そのため水道橋博士はもちろん、芸能人、著名人、業界人、担当編集者、メルマガスタッフなどたくさんの人が実名で登場する。

 一方で、「噂のメロディ・メイカー」であるゴーストライター(とされる人物)は、その名前を成瀬彰一郞、通称ナルショーとされているが、これはむろん仮名で、後半でモデルとなった人物が「西寺君が小説の中でつけてくれた僕のこの名前、ナルショー? 最初はね、変な感じだったんだけどね。けっこう気に入ってますよ」と感想を述べたりする(当然ながらこの述懐自体がフィクションの可能性もある)。

 さらにその一方で、いかにも作りものめいた登場人物が実際に存在していたりする。たとえばメルマガの主催者である水道橋博士は、阿野君を架空の人物だと思い込んでいて、彼に遭遇してその実在に仰天する。博士の写真入りツイートなどが確認できるから、このエピソードと阿野君の実在はおそらく事実と断定してよさそうである。

 そんな具合に、虚実のあわいが相当に混濁してはいるのだが、追究されている問題――ワム!、ひいては80年代洋楽ポップスの大物たちに日本人のゴーストライターがいたのか?――に関しては、おおむね事実が記されていると見ていいんじゃないかと思う。

 この手法、ルポルタージュする主体が事態に積極的に関与し、真実を述べるためには虚構も辞さない手法は、「小説」化をアドバイスした担当編集者が沢木耕太郎の『深夜特急』を引き合いに出しているように、ニュージャーナリズムの延長線上にある。

 ノンフィクションノベル(ノンフィクション風小説)とニュージャーナリズムは似たようなものと思われているけれど、実は手法としてはまったく逆で、ノンフィクションノベルは、あくまで事実に就いて客観的に、作者は顔を出さずに小説として構築することを目指す。代表例にして元祖は、いわずと知れたカポーティ『冷血』である。

 ところがニュージャーナリズムはノンフィクションノベルの影響から発生している。つまり、真実に対する意識という点では両者は通底していたものの、表現形態の差が手法の違いとなって現れたわけだ。

 確認したかったのは、西寺に、真実それ自体を潤色するつもりはなかったはずだということであって、そこが押さえられれば両者の区別なんていうのは別にどうでもいい話に過ぎない。

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