東出昌大が狩猟生活を選んだ理由——「正常な残酷さ」が教えてくれる“本来の幸せ” 『野営デトックス』6話

山で暮らす俳優・東出昌大が都会で活躍する有名人を招いて1泊2日の野営体験を共にする『東出昌大の野営デトックス』(ABCテレビで放送、ABEMAにて配信)。6月13日には、最終章となる#6がABEMA限定で配信された。
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箕輪厚介、カメラの前で爆睡 渡部陽一が東出昌大に語ったこと
ゲストは前回に続いて、編集者・箕輪厚介と戦場カメラマンの渡部陽一。夜の港区の顔役として知られる箕輪はまだしも、紛争地をめぐる渡部を「都会で暮らす」と言ってしまっていいのかは疑問だが、考えてみれば、ダッカだってガザだって世界有数の人口密度を誇る“都会”なのだ。山での一夜は、渡部にも大いに刺激を与えているようだった。
前回、降りしきる雨のために野営の実施を断念し、キャンプ場で東出とともに鹿を捌いた2人。温泉につかり、昼間から酒を酌み交わしていたが、今度はカレーを作り始めたようだ。雨が降ったら、本当にやることがない。これも山暮らしのリアルなのだろう。

「カレーだね、カレーだよ」とヘラヘラしながら玉ねぎを切っている箕輪。まだ日は高いが、ここまでですでに缶ビール4本、ハイボール17杯を流し込んでいるという。
東出もご機嫌だ。おそらくはオリジナルであろう「でかい鍋の歌」を歌いながら大鍋を運んでくると、レバーをブツ切りにして鍋で洗う。
「こんなに血が出るんですもんね、まだね」
バラバラになったレバーから滲む血が、あっという間に鍋の水を濁らせていく。
その向こうで案の定、箕輪がナイフで指を切っていた。
「キズパワーパッドみたいなのがあれば一瞬なんですけど」
港区なら黒服が一瞬で持ってきてくれるのかもしれない。
「人間も、切れば血が出る」
シュールで本質的なナレーションだ。
東出が米の入った釜とカレーの大鍋を火にかける。もはや何を言っているのかわからない箕輪を尻目に、渡部が東出に語り掛ける。
「東出さんはお酒に飲まれることってあるんですか?」
「あります、日々飲まれてます」
逆に問われた渡部は、「すぐ寝てしまいます」と答える。だが実際にこの後、すぐ寝てしまったのは箕輪だった。小屋の隅にマットを敷き、うつ伏せでいびきをかき始める。ニコニコしながら、渡部が遠くから爆睡する箕輪をカメラに収めている。あとで本人にプレゼントするつもりかもしれない。

結局箕輪はそのまま、鹿カレーの会に顔を出すことはなかった。そしてカレーがうますぎたのか、渡部が口にする本音は「極上です」などその味についての激賞ばかりで、この番組の持ち味である“本音合戦”も、今回は控えめだった。
「人間社会の残酷さって、全然違う種類」東出昌大による狩猟シーンも
白眉のシーンは、番組後半に訪れた。
腹いっぱい鹿を食らった翌日、早朝の4時過ぎ。東出はまた鹿猟に出るのだという。同行者は狩猟仲間の青年と、山岳カメラマン。ゲストの2人はまだ寝床の中なのだろう。仲間と雨上がりを待つ東出の表情は、ゲストに相対しているときよりずっと柔らかい。
6時前、雨が上がる。山道でジムニーを降り、東出はソフトケースからおもむろにライフルを取り出す。当たり前だが、本物の銃だ。猟師はオレンジ色を身に着けている。森の中で目立って、ほかの猟師に誤射されないように。この色を識別できない獲物たちに、見つからないように。
静かに、猟師は山を歩く。獣が鳴く。銃を構える。降ろす。また静かに歩く。何度かの繰り返しの後、銃声が響く。一発だ。呼吸を荒らげながら、猟師は山を下りていく。目線の先に、鹿が倒れている。起こそうとすると、鹿は斜面をすべり、もんどりうって転げ落ちていった。残酷な風景だった。

「狩猟って残酷かなって考えたんです。でも生きとし生けるものってやっぱり生き物を殺して食べてるので、残酷なんですけど、飯を食うってこととかを、正常な残酷さを、もう一回教えてくれる」
「人間社会の残酷さって、全然違う種類の残酷さなので。人を蹴落としたり貶めたりとか、誹謗中傷とか。どっちか本来なんだろうってことを、山に入ると考えますね」
東出の言葉だ。
東出昌大、箕輪厚介、渡部陽一それぞれの「生きる」意味
山小屋では、渡部に続いて箕輪も起き出してくる。二日酔いにはなっていないが、朝方は酒鬱だったという。健康を思って止めていたはずの昼酒が、しこたま効いたようだ。
東出が戻ってきた。駐車場から大声で2人を呼び、大きく手を振っている。
そして、満面の笑みを浮かべながら、大きなジェスチャーで伝えてくる。
「(あっちの山で)」
「(撃ったよ)」
「(鹿が)」
「(オネンネだ)」
まるで厳粛ではない、鹿の命への過度な畏怖もない、それが日常であることを身体全体で主張するようなジェスチャーだった。
撃った鹿は東出が山の中腹まで降ろしていた。その運び出しを3人で行うのだという。先ほどまで東出ひとりで担ぎ上げていた鹿は腹を抜かれ、その身を横たえている。
「このへんはあったかいですね、まだ」
東出に導かれて、2人が鹿の体に手を伸ばす。「まだ温かみがある」「生きてる感じがする」この番組で語られたどんな言葉よりも、その感想は彼らの本音だったはずだ。

なお、終盤で「生きる」とはなにか、「自由にやりたいことをやれること」(渡部)、「100年間の思い出づくり」(箕輪)とそれぞれが考えを述べた中、東出は山で暮らす理由を語りはじめた。
「生きるってことは、幸せなこと」
「人間っていろいろ知恵をつけすぎて、“あれがが足りないから幸せを感じられない”とか、不安なものを見つけて理由づけして、自分を不幸だと思いこめてしまう環境があるのは、よっぽど歪なこと」
「生きてるだけで幸せっていう、“本来”みたいなところを自分に引き寄せたい」
東出は今日もまた、山でさまざまな命と向き合いながら幸せを感じているのだろう。
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