連載:クリエイティブの方舟(第8回)
水溜りボンド・カンタ×Naokiman対談 情報過多な社会で、影響力を持つクリエイターが果たすべき役割とは

水溜りボンド・カンタが、第一線で活躍するクリエイターたちと対話を繰り広げる連載「クリエイティブの方舟」。今回のゲストは、都市伝説や世界のミステリーを圧倒的な映像クオリティで発信し、熱狂的な支持を集めるYouTubeチャンネル「Naokiman Show」を手がけるNaokimanだ。
同じ動画クリエイターではあるものの、異なるジャンルでトップを走り続けてきた二人だが、「作り手としてのこだわり」や「クリエイティブへの向き合い方」には、驚くほどの共通点があった。YouTubeの枠を超えた取り組みや自社スタジオの設立など活動の幅を広げ続けることのメリットだけではなく、AI時代におけるクリエイティブの未来まで、広く深くトークが展開した対談となった。(編集部)
Naokimanが“映像の質”を追い求める理由は、アメリカでの原体験にあった

ーーまずはお互いのファーストコンタクトについて伺わせてください。
Naokiman:一番最初は、僕のチャンネルがまだ数十万人規模だった頃に、カンタさんからTwitter(現:X)でDMをいただいたのがきっかけだったと思います。
カンタ:2019年くらいですよね。当時から僕は水溜りボンドのチャンネルで都市伝説系の企画をやっていたんですが、Naokimanさんの動画を見たときに、「この人はちょっと異質だぞ」と衝撃を受けたんです。ネオンの照明の使い方や、映像のクオリティに対するこだわりが本当にすごくて。それでたまらず連絡をして、後日、Naokimanさんの書籍の帯を書かせていただいたりしましたよね。
Naokiman:本当にありがたかったです。間接的なコラボレーションとして、カンタさん側からお声がけいただいて、水溜りボンドさんの動画で僕が都市伝説のナレーションを担当させていただいたこともありましたね。ほかにも大人数の場でお会いして緩く繋がっていたことはありましたが、こうして一対一でじっくりとお話しするのは初めてです。
カンタ:僕から見たNaokimanさんは、動画の「中身」の説得力を「映像」の力で極限まで高めているクリエイターという印象が強くて。自分自身も作る映像の質を高めたいと思っているこのタイミングでお話ししてみたくて対談をお願いしました。Naokimanさんはチャンネルを始めた初期から、視覚的なブランディングや映像へのこだわりは意識していたんですか?
Naokiman:僕はアメリカで生まれ育ったので、ありがたいことに幼い頃からハリウッド映画に触れる機会が多かったんです。だから、映像を作る上でアメリカの映画的なスタイルが僕の中ではナチュラルな基準になっていました。世の中に作品を出すなら、あれくらいのクオリティじゃなきゃ出せない、という感覚が最初からあったんですよね。
カンタ:原体験がアメリカのエンタメにあるからこそ、あの世界観が生まれたのか……。
Naokiman:僕自身、日本のYouTubeだけでなく海外のコンテンツを8割くらい見ていたので、その影響は大きいです。海外のYouTubeはコンテンツが早く、バラエティ豊かでしたから。
ーー毎日投稿が主流だった当時においても、Naokimanさんはそこまで数で勝負していないタイプだった印象があるのですが、それも「日本のYouTube」の動きにあえて合わせていなかった、という考え方だったのでしょうか?
Naokiman:日本がこうで海外がどうでというよりは、純粋に質を高めたかったからですね。「10本動画を出して、そのうち1本がおすすめに乗ればいい」という考え方が多い時期だったと思いますが、僕は「10本出したら10本すべて面白くて外れがない」という状態にしたかったんです。1本でもおすすめに出て見に来てくれた人が、他のどの動画を見ても完璧だと思えるように、1本にかける質を高めるスタイルを最初から決めていました。少し完璧主義みたいなところがあって、納得がいかないと出せないんですよね。
YouTubeにおける「映画的アプローチ」と非日常の提供
カンタ:当時のYouTuberは「自分が主人公で、時間と共に成長していくドキュメンタリー」のような見せ方が多かったですが、Naokimanさんは完全に「ひとつの作品を作る」という感覚でやっているように見えました。
Naokiman:まさにそうです。映画が好きだったので、映画っぽいBGMを使ったり、内容の構成にもこだわったりしていました。漠然といつか映画を作ったら面白いなとは考えていたんですが、本当に映画を作るとなるとコスパも労力も大変じゃないですか。今の時代ならYouTubeで映画もどきのものを作っても面白くなるし、プラットフォームとしてYouTubeを選ぶのが一番間違いないだろう、と。
カンタ:都市伝説を語るだけなら、もっと簡単なセットで高頻度に動画を出すこともできるはずなのに、Naokimanさんは圧倒的なビジュアルのエビデンスと説得力で勝負し続けていますよね。
Naokiman:YouTubeも映画もそうですが、ある種の「非日常体験」を提供したいんです。僕たちは好きなことをして生きていますけど、毎日同じ作業をしてストレスを抱えながら出勤しているサラリーマンの方たちもたくさんいますよね。そういう人たちに対して、偉そうに語るのではなく、「みなさんの日常の裏側には、こういう非現実的な世界もあるんですよ」というきっかけを渡したい。だからこそ、物語の中に深く潜り込んでもらうためのビジュアル効果や世界観づくりが不可欠なんです。
自社スタジオ設立の理由は「0から1まで100%全力でコントロールしたい」
ーーNaokimanさんはここ数年、YouTubeの枠を超えて、DMM TVでのドラマ作品の制作や、ABEMAの『ナオキマンの都市伝説ワイドショー』など、外部プラットフォームとの協業も積極的に行っています。自分たちで100%コントロールできるYouTubeとは違い、外部のプロフェッショナルと組むことで得られた経験やメリットはどのようなものでしたか?
Naokiman:正直に言うと、最初はかなりもどかしい思いもしました。例えばDMMさんの作品でアイデアや世界観の構築を提供したんですが、僕が提示した「A24(アメリカのインディペンデント系エンターテインメント企業)」のホラー映画、とくに『ミッドサマー』のアリ・アスター監督のようなバチバチの照明や構成案が、現場のスタッフさんとうまく噛み合わないことがあったんです。その時に、目指しているものと現場の「センス」が一致しないと、人を感動させるクリエイティブは生まれないんだなと痛感しました。
カンタ:ABEMAの番組では、その反省を生かして仕組みの部分から入っていったんですか?
Naokiman:ABEMAの当初は、僕の世界観を再現したいということで良いチーム編成もしてくださったので、映像美はお任せしつつ、内容やキャスト選びに関しては僕自身も意見を出していました。「ニューメディア」と「オールドメディア」の違いを意識して、新しいメディア的な動きを提案していたんですが、どうしてもコンプライアンスの壁や、視聴者のリテラシーに合わせるという葛藤があって。1回目の撮影で僕が過激に喋りすぎて、周りが喋らなくなってしまったこともありました(笑)。
カンタ:外部との関わりの中で、コンテンツの質をどこまでコントロールできるかというハンドリングは本当に難しいですよね。
Naokiman:そうですね。あるタイミングからは外部に出る際の考え方を「認知を広げるための取り組み」と割り切っている部分はあるかもしれません。その代わり、自分発信の作品を作るときは、0から1まで100%全力でコントロールしたい。よりスピーディーに、僕の視点で時事ネタやニュース的なものを表現できる場所を作りたいと思い、僕たちのスタジオである「NMS Studio」を構えました。自分たちだけの拠点を持つことで、外の世界との境界線が明確に引けるようになったのは大きいです。
カンタとNaokimanが考える、クリエイティブにおける「センス」の正体
ーーここまでも「センス」という言葉が何度か飛び出していますが、クリエイティブにおいて「センス」とは一体何だと考えていますか?
カンタ:センス、難しいですよね。自分たちで「センスがある」とは言いたくないですが、クリエイティブにおいて非常に重要な要素だと思います。
Naokiman:僕、ちょっとカッコつけた答えになってしまうんですが、「センス」や「おしゃれ」の正体って、「気遣い」だと思っているんです。
カンタ:へえ、面白いですね。どういうことですか?
Naokiman:人にどう振る舞えばどう反応してもらえるか、どう喜んでもらえるかを突き詰めて考えられる能力だと思うんです。だから、ある意味で気遣いがめちゃくちゃ上手な人や、人の感情の機微に敏感で繊細な人が、結果的にこだわりを持って見せ方を工夫できる。「センスがいい」と言われるクリエイターは、総じて対話の中での気遣い度や、空気を読む力が異常に高い気がしています。
僕自身、幼少期から周りの空気や人の目線を読みすぎて、20代前半の頃にパニック障害みたいになってしまった時期があったんです。あまりにも気にしすぎる繊細さを持っていたからこそ、クリエイティブの表現において「人がどう感じるか」を徹底的に想像できるようになったのかもしれません。逆に、楽観的な人はそれはそれでパワフルな表現ができる良さがありますけどね。
カンタ:やっぱり! 僕も青山学院大学時代、新歓でサークルに7つくらい入ったんですが、どこにも馴染めなくて1カ月で全部辞めてしまったんです。結局、家に引きこもって創作をするしかなくて。でも、それが結果的に、マスメディアから個人の発信へと移行するYouTubeの時代にマッチしたんだと思います。もし僕らに圧倒的な社交性があって、誰とでもウェーイと楽しめる性格だったら、今のクリエイティブの形には気づかなかったかもしれないですね。
Naokiman:間違いないですね。あとは、どれだけ多くの作品を見てきたかという「蓄積」もセンスに繋がると思います。アリ・アスター監督の話もそうですが、引き出しがなければアイデアは出てきません。技術が最先端になった今の時代、誰かの真似をしても面白くないので、まだ誰もやっていないことに挑戦しているクリエイターの作品は、映像としての耐久度が高く、長く残っていくんだと思います。クリストファー・ノーラン監督の映画を観ていてもそう感じます。






















