新しい技術に必要な法律・ルール作りの考え方とは? 知財の専門家&弁護士が「都市とメタバースの権利」の現状から語り合う

新しい技術こそ、実態に即したルール作りが必要
――メタバースは平たく言えば、新しい技術によるサービスです。一般論としてお聞きしたいのですが、新しい技術が出てきた時に、それに関するルールや権利はどのようなアプローチで考えていくのがよいのでしょうか?
道下:まずは実態をしっかり捉えることが重要です。形骸化している法律には意味がないように、ルールや権利、利用規約などのソフトローの整備に際しては、メタバースであれば「メタバースの中で何が起きているか」を、ルールメイキングを担う人が熟知する必要があります。それができなければ、机上の空論となってしまいます。
一例として、私はよく企業から利用規約の作成依頼をいただきますが、だいたいはどこからかコピペした草案が送られてきます。でも、利用規約はサービスごとに全く異なる内容になります。例えば、ECであれば「偽物や模造品を売らないでください」という内容を盛り込みますが、これをマッチングサービスに盛り込んでも意味がありませんよね。かわりに「未成年は使用しないでください」と入れるべきです。
実態に即したものがルールや権利になります。メタバースの場合は広い概念ですが、どのようなメタバースにも普遍的に保護されるべき権利は全体的なルールになりますし、一方でゲームに寄ったメタバース、観光に寄ったメタバース、人と人が出会うメタバース、言論の場になるメタバースでは、権利がさらに細分化されていきます。
これは、現実世界でも同じです。全ての日本国民に対して、日本国憲法は少なくとも当てはまります。表現の自由や、最低限の生活ができる生存権や、職業選択の自由ですね。そこから、一般市民に適用される民法、法人に適用される会社法、といった具合に細分化されていきます。
現状では、個別で不正競争防止法の改正がありましたが、メタバース全般、もっと言えば仮想空間の中で適用される一般的な法律やルールはありません。今現在のメタバースは、おそらく「憲法作り」の段階にあるのかなと思います。
――そうした新しいテクノロジーに関する法律や“憲法的なもの”の成立は、一般的にはどのくらいの時間を要するものなのでしょうか?
道下:法律はどうしてもトラブルが起きた時に初めて動かすことができるものです。なぜなら何かが起こらないと立法事実ができず、立法事実がないと法律が作れないからです。法律は規制の側面が最も強いので、「こんなトラブルが起きたから、それを防ぐためにルールを作りましょう」という流れで、規制法がまず先に生まれると思われます。
ただ、バーチャルシティコンソーシアムのような民間団体には、憲法のようなルールメイキングをしていく自由があります。そして法律は基本的に、第一条には目的が、第二条には定義が書いてあります。まずはルールメイキングする目的を決めることが、メタバースが経済的にも、表現の自由の上でも、人が憩いの場として利活用するためにも、重要なことだと考えます。
同時に、定義も重要です。そもそも「メタバース」とは何か。バーチャルシティコンソーシアムでも「メタバース」と「都市連動型メタバース」を定義しましたが、定義がなぜ重要かと言えば、それが共通言語になるからです。各々が違う用語を使うと理解に齟齬が生まれるので、まずは共通言語としての定義が重要な意味を持ちます。時間はかかると思いますが、民間からでもどんどん進めていくべきですね。
共同規制というアプローチと、相互運用性の本質的課題
渡辺:私は一般論としては、政府や立法府がそれ以外のアクターの知恵や協力を得ながら制度を形成していく「共同規制」が必要だと考えています。規制や立法を担当する側にとって、「ここで何が起こっているのか」「ここにどういう潜在的なトラブルがあるのか」あるいは「ここにどういう潜在的なメリットがあるのか」といった知識・情報はとても重要ですが、現場に張り付いていない限り得られないものがたくさんあります。
それらを知っているのは、実際のユーザーやプラットフォーマーです。政府・国家はそれらを収集する時間が取れず、よくわからないままにルールを作ってしまうと、的はずれなルールになってしまうリスクがあります。現場の知識や実態を、政策策定プロセスにうまく吸い上げる仕組みを作らないと、特にこういう新しいサービス・新しい技術の世界ではうまくいかないリスクが高くなると考えます。そもそもエンジニア的な資質がある人は、立法府や規制当局にそこまで多くいないかもしれませんし、技術的に的外れな政策を作ってしまうリスクもあるでしょう。
他にも、プラットフォームから得られた統計情報を解析した結果、マクロ的視点から手当しないとまずいものを見出だせることもあります。つまり、様々な観点に立つ人々が連携してルールを作っていくことが重要です。
また、発展途上の領域では、特定の時点でルールを作ってしまうよりも、ステークホルダー間の合意をうまく形成して、法的拘束力はない規律――ソフトローを作り、それをもとに運用する共同規制がベターであることがしばしばです。その規律がうまくいかなければ変えればいいし、うまくいったなら、長期的に安定した秩序形成にふさわしければルール化できる。ルール作りのトライ・アンド・エラーができるのが重要だと思います。これは、「ソフトロー」の重要な長所です。
自分が関わってきたクリエイティブ・コモンズも、法律上定められたものがあるわけではなく、関係者が合意し、ライセンスを定義し、それに従ってみんなが著作物・著作権の許諾のやり取りをするという世界が広がった取り組みです。そしてここでも、新しい実験をする、失敗したものは廃止する、といった試行錯誤がありました。こうした取り組みが、メタバースにも、生成AIにも、今後登場する新たな技術にも必要かなとは考えていますね。バーチャルシティコンソーシアムもソフトロー的なアプローチを重視してて、だからこそ私に声がかかったのかなと理解しています。
ただし、メタバース固有の事情として、道下先生のおっしゃった利用規約が、悩ましい概念として浮上するのではと考えています。
現状、ウェブやアプリの世界では、それぞれに利用規約が設けられていますが、メタバースは理論上、複数のプラットフォームをまたいでアバターなどのアセットを持ち歩くことができます。
すると、互換性については早期から検討が必要になると思われますが、実際は実現可能性の低さから、検討に至らないケースも多いはずです。『Fortnite』のアセットやアバターを『あつまれ どうぶつの森』に持ち込むことはできないですよね。そんな現状で、任天堂に他社との協議や利用規約のすり合わせを打診するのは、相当難しいと思います。
つまり、棲み分けや連携といった、個別のメタバースを超えた秩序形成や関係構築は、可能性こそ議論できるものの、制度的な担保は非常に悩ましいのです。その最たるものが利用規約なんですよね。実態として、利用規約はエンドユーザーに読まれないものですし、プライバシーポリシーも同様に読まれていない。米国のとある研究では、同意しているはずの個人情報保護方針みたいなものを全部読むと、経済的には80兆円規模の損失になると推計されるくらい時間がかかるので、無理もない話なのですが。
これを踏まえると、メタバースのような統一性・連携性を持つ世界を構築する時に、個々のワールド別の制度の作り込みは控えるべきとも言えます。利用規約自体の共通化、ある種のコンポーネント化を進めて、「ここではAとBのコンポーネントは有効だが、Cは無視していい」といった標準化を進めないと、権利が守りきれないのかなと思いますね。それを全部諦めることも一つの選択ですし、独自路線を掲げることも選択肢ではありますが、「連携による楽しさ」を追求したい人たちには、きっと標準化が必要ですし、今後課題になってくるはずです。
都市へのリスペクトが、都市連動型メタバースを成り立たせる
――「メタバースの権利・規制のあるべき姿」から「逆算」して、都市連動型メタバースのプラットフォーマーに求められる活動や、利用者に求められる活動はどのようなものであるべきでしょうか?
道下:都市連動型メタバースについてはガイドラインで定義した通りですが、都市それぞれが持つ個性をメタバースの中にしっかり取り込んでいくことが非常に大事です。そして、実在する都市をメタバースに連動させる以上、実在する都市へのリスペクト、そこに住む人々への敬意を表すことが重要です。よって、プラットフォーマーは実在都市へのリスペクトをこめ、文化・歴史・価値観を害さず、それを発展させていく姿勢が求められるでしょう。
これについて、興味深いエピソードをご紹介します。ある政治家の勉強会でメタバースについて話した時、とある寺の住職から「世界は日本より早いよ」とコメントいただきました。
どういうことかと尋ねたら、海外の人は勝手にお寺や神社に立ち入り、スマートフォンの3Dスキャンで、勝手に内部の物品の3Dモデルを作ってしまうのだそうです。20年に1回開帳される秘宝も勝手に3D化され、無断でNFTアイテムとして配られてしまう、といったこともあったと聞きました。
そこで重要だと感じたのが、「バーチャル渋谷」が渋谷区“公認”のメタバースだったことです。海外の人が勝手に作った3Dモデルは、メタバース上で無断で公開されてしまうと、多くの人がそれを本物だと認識してしまいます。けれども、もしお寺が自ら、公式ホームページのように“公式お寺メタバース”を作って公開すれば、きっとそれが本物だと思ってくれるはずですよね。
バーチャルシティコンソーシアムの大きな実績は、リアルの権威と発信力をともなったメタバースを生み出せたことです。そして、今回は渋谷を作りましたが、他の都市でもステークホルダーが関わり、都市に敬意を表し、文化や歴史に携わる人を巻き込むことが、プラットフォーマーには求められるはずです。なので、実はかなり泥臭い姿勢が求められているなとは思いますね。
利用者についても同様です。いまやAIでメタバース空間生成もできるようになりつつありますが、都市の再現はやり方によっては実在都市への冒涜にもなり得ます。技術というより道徳の領域ですが、都市への理解とリスペクトが必要だと思いますね。
あと、現実の側で文化財などを持つ人たちも、こうした領域の理解は必要だと思います。というか、理解しておかないと、自分たちの財産を守れません。3Dスキャンは実際に物品を盗んでいるわけではないので、権利が絶対に保護されるものではないからです。「写真を撮ってるだけ」と言われたらそれまでなので。
――実際、写真を撮ってSNSにあげることと、3Dスキャンしたものをメタバースに公開することの、本質的な違いの説明は難しそうです。
道下:現行法では保護できない領域なので、文化財を持つ人たちが自ら発信していくことが、なにより重要だと思います。
都市の多様性を、メタバースはどう表現できるのか?
渡辺:道下先生に質問してもよろしいですか?私も、地域の人々やステークホルダーへの地道なコミュニケーションを重ねた「バーチャル渋谷」は素晴らしい取り組みだと思います。一方で、「それでいいのだっけ」とも同時に思うんですよね。
社会学者のひねくれた視点かもしれませんが、都市は一枚岩ではないと思います。都市や集落において主流派的な地位にいる者が、「この地域はこうあるべきだ」「これが我々のアイデンティティだ」と主張するのはよくあることですが、そこからはみ出している人もまたいるはずです。
渋谷ならば、「自分はちょっと違う渋谷が欲しいんだけどな」と思っている人、いるはずですよね。都市に対する解釈は多様です。もちろん、互いに認め合えるものもあれば、そうではないものもあります。だからこそ、「自分の思う渋谷」がメタバースとして現れることもまたいいと思うんですよね。
都市に対する想いは多様で、必ずしも一つに収束しないものを内に抱えていることが都市の強さでもあると思います。なので、様々な都市への想いが、複数の都市連動型メタバースとして花開くことも、可能性としてはあると考えたのですが、道下先生はどう考えますか?
道下:非常に重要な論点だと思います。なぜなら、表現の自由があり、自由権は保障されているからです。だからこそ「一つを押し付けるな」は重要な論点であり、国家のようにプラットフォーマーが「あなたの自由な権利の許す範囲内では何をしても自由です」「一線を超えてはいけません」としてもいいと思います。それをコントロールするのが、実社会では法律です。
ただ、重要なのは、メタバースの社会では「プラットフォーマーになるべき主体」がないケースも考えられます。先ほどお話ししたようなお寺の場合、お寺は小さなプラットフォーマーであり、ゆえにメタバースで発信すべきなのですが、いま現在はメタバース上では不在なんです。
お寺の公式ホームページがない状態で、無関係の誰かがお寺を紹介するサイトを運営している。これがメタバースの現状なので、だからこそ、実在の都市や施設は、メタバースをもっと利活用した方がいいですよと発信しています。
渡辺:いわゆる、独自のファンサイトみたいなものが横行している状態ですね。
道下:もちろん、それも自由ではあります。神社で二礼二拍手一礼しなくても、手を清めなくても、それは「個人の自由」です。ただし、文化財の冒涜につながる行為は犯罪になり得るし、現実では損害賠償責任が発生します。そうならない範囲での自由、という考え方が重要ですね。
――難しい話ですが、リスペクトを持つことが重要と考えると、第三者がリスペクトを持ってファンサイトを運営するケースはどうなるのか、という話も浮上しそうです。
道下:それもまた、対象を不当に貶めるものでない限りは、ファンサイトを作ることは自由ですよね。実際、アイドルのオリジナルのファンクラブはありますし、自衛団とかだってあります。
けれども、それらは“オフィシャルがあるから”成り立つんですよ。いま現在、メタバースにはオフィシャルなものがほとんどない。だからこそ、文化財とかIPコンテンツを持っている人は、早めにメタバースを持つべきだと、私は啓蒙していきたいです。
その上で、オフィシャルなメタバースが生まれたら、それを「表通り」とした上で、「裏通り」に相当するメタバースが生まれてもいいと思います。そして、都市の本質は個の集合体である以上、様々な公式/非公式なメタバースが集合していくことで、まるで本物の都市のようなメタバースが生まれるかもしれません。「メタバース上の都市連動型メタバース」とでも言えるものですね。
とはいえ、そんな難しい話をしなくとも、「あのお店、楽天とAmazonを導入したらお土産がすごく売れたらしい。うちもお土産屋だし、やってみない?」くらいのノリで、メタバースを始めてみればいいと思います。
新たなメディアであり、社会である――メタバースがたどり着く未来
――「次世代の公式サイト」のような活用が今回のお話から見出だせるメタバースですが、今後、権利やガイドラインが設定されていった先に、メタバースは既存の形以外にどのような役割を担うと考えますか。
渡辺:ソーシャルメディアの発展型として、人々が抱く物事のイメージや受け取り方、あるいは需要などを、提供者が知る一つの経路になると思います。
都市連動型メタバースであれば、自治体がメタバースに出入りしている人たちから、この街はどうイメージされていて、どういう意味を与えられているのかを探ることができます。メタバースはソーシャルメディアがそうであるように、様々な人の手が入ってできあがる世界なので、今まで考えもつかなかった街の強みや改善点を見出すことができるかもしれません。自分が今まで聞けていなかった声を聞く手段になるはずです。
道下:実社会に近づいていくと思います。先日、ある政治家の方から、とある自治体の議員が、議会に挙がったある子どものいじめについてヒアリングしたことに驚かされた、という話を聞きました。
ヒアリングに行った子どもは中学生くらいで、引きこもりで部屋から出てこないらしい。そこで話を聞いてみたところ、「引きこもりはあなたたちの概念。自分は好きで引きこもっている」「自分は自分の親より稼いでいる。引きこもりでいじめられたから出てこないとか、勝手に言わないでほしい。自分は世界とつながっているんだ」と言われて、面食らったそうです。
子どもの引きこもりの基本的な定義は「学校に行かないで家の部屋から出てこないこと」です。しかし、ヒアリングした子どもにとっては、「自分はこの部屋で世界とつながり、両親より稼ぎ、有名である」ということが自認なんです。そうした子どもに「なぜ引きこもりであることが問題にされるのですか」と論破された話を聞いて、「こういうことも考えないといけないのか」とその政治家からは言われたんですよね。
そうした話を聞いていると、やがて「メタバースと現実をどちらも選べる時代」が来るかもしれないと思いました。「自分はリアルの世界で仕事する」「自分はメタバースで生きる」「自分は半々で」「自分は6対4で」……そんなことを言い合う社会ができるくらい、メタバースが実社会と同様の役割を果たす可能性があると考えています。
渡辺:メタバースを経由するほうがお金が稼げる人も、当然現れるでしょうね。そうした人が登場した時、対面でコミュニケーションができることよりも、自分の感情をアバターで表現できる方がはるかに重要になるかもしれません。現在でも、リモートワークをしている時、メールでどのように自分の考えや気持ちを伝えるかどうかが、対面会議以上に重要になっているくらいですから。
そんなメタバースならではのスキルの高い人が、メタバースの中での社会性みたいなものを身につけて、その中でいろいろな人と面白い仕事をして、お金を稼いでいくケースも想像できそうです。
道下:また、単に中長期的な未来の視点では、メタバースはいまのところ、単なる技術としてしか見られてないケースが多いと思います。ガイドラインでも触れていたと思いますが、技術を超えて、社会的な仕組みとして実装されていかない限り、物事って広まらないと思うんですよ。
日本では実感がないと思いますが、世界ではクリプト決済がかなり使われていて、だからこそブロックチェーン技術が大きく世に出ています。だからこそ、「これは技術ではなく、社会的な公共空間だよ」と提示していくことが、メタバースが市民権を得ていく上で、中長期的には必要だと思います。
その上で、各論もまた見ていく必要があるでしょう。文化であればリスペクトの問題があります。メタバースを維持するサーバー費用の話もあります。健全な経済活動への取り組みや、個人情報とプライバシー、目の動きなどのバイオメトリックスの保護など……こうしたものがそろって、やっと社会的公共空間としてのメタバースが実装されていくはずです。
■関連リンク
バーチャルシティコンソーシアム公式HP:https://shibuya5g.org/research/

























