批判、炎上、和解……RelaxBeatsLab×Hizuru Saitoが語り合う、激動の2025年を経たAI音楽の行方

激動の2025年を経たAI音楽の行方

 2025年の音楽シーンは作品の質以上に、制作方法の劇的な転換期として記憶されるだろう。特筆すべきは1日700万曲が生成されるという『Suno(スーノ)』の世界的な普及である。

 質感をプロンプトで指定し、歌詞を入力して「Create」をクリックすれば、1分もかからずに高品質な音楽が生成される。気に入った楽曲があれば、そのまま公開するもよし、細部をプロンプトなどで調整してカバー機能を使い再生成するもよし、さらにステム分離してDAWに持ち込めば編集し直すことも可能だ。

 まったく素養が要らず、「音楽の民主化」と言われるこの音楽生成AIについては他分野と同様に権利関係の議論はある。しかし2025年後半にはAIアーティストが数億円のメジャー契約、有名レーベルと大手AIサービスの電撃提携などが相次いだ。音楽制作にとってAIが当然のようにツールのひとつとされる日は近いだろう。

 本対談では、国内最大級のAI音楽コミュニティを主宰するRelaxBeatsLab氏と、菊地成孔率いる「新音楽制作工房」のメンバーとして最前線でAIと格闘するHizuru Saito氏を招聘。激動の2025年を振り返ってもらった。(小池直也)

AIで作った音楽を自分の作品だと思えるか?

――まずはおふたりの活動について改めて教えてください。それぞれが今のコミュニティ活動や、AI音楽生成の活動を本格化させたのはいつ頃からなのでしょうか?

RelaxBeatsLab(以下、Lab):僕は、昨年の12月に「AI音楽生成アーティスト」というコミュニティを作りました。当時はプロンプトをはじめとした細かな情報が少なかったので、活動仲間を募る目的で始めた形です。

 僕自身のところでいうと、もともとは10代くらいからヒップホップが大好きで、今は生成AIを使った映像制作にも興味があります。ただ、何を作るときでもベースになるのは音楽ですね。

ーーこの一年で、どれぐらいのメンバーが加入されたのでしょうか。

Lab:今年の後半に入る前は700人くらいだったのですが、ここ3カ月で倍増しています。やっぱり、生成AIが浸透していることを感じますね。

ーーSaitoさんはいかがでしょうか。

Hizuru Saito(以下、Saito):僕が参加している菊地成孔さんの音楽ギルド「新音楽制作工房」で、大野格さんがAIを使い始めたのがAI音楽生成との出会いでした。『岸辺露伴は動かない/岸辺露伴 ルーヴルへ行く』のサントラに収録されている「AI制作による二つの弦楽四重奏の同時演奏」が、そのときの楽曲ですね。

 プログラミングソフト『Max for Live』を2台使い、キャッチボールをするような形で作曲されたその音楽に驚きまして。それがきっかけで僕も「Stable Audio」を使い始めたんです。まだ当時は曲の断片が生成できる程度でしたが。

Looking back【made with AI/SUNO/Udio】Soul/alternative/Lo-fi
Tragedy Repeats Itself

――よくある質問かもしれませんが、AIで作った音楽を自分の作品だと思えますか。

Lab:他人がどう判断するかは別として、自分の作品だと思えますね。その音楽を『Suno』上でパブリック化するまでに時間や情熱をかけた、というところで、僕はそう認識しています。

Saito:少し異なる意見になりますが、正直、僕はプロンプトだけで作った曲は音楽を“ディグっている感覚”で、自分自身の作品だと思えないんですよ。だから僕は、DAWで手を入れるようにはしています。僕が歌詞にそこまでこだわりがないのも理由かもしれませんが……。

両者が『Suno』を選ぶ理由

ーーおふたりは音楽生成AIがいろいろあるなかで、なぜ『Suno』を使用されているのですか?

Saito:最初は『Udio』と併用してたのですが、『Suno』のv4.5くらいから各段にクオリティが上がったのを見て、サブスクリプションに加入しました。30秒ずつ曲を膨らませる方式の『Udio』よりも使い勝手がいいんですよね。

Lab:そうですね、僕のコミュニティのなかでも8割が『Suno』使用者です。自分は『Suno』のv3.5くらいから課金していて、Saitoさんと同じく途中までは『Udio』も併用していたのですが、v4.5で性能差を感じ始めて。今は『Suno』1本で制作しています。今はv5もリリースされましたが、自分の肌に合うのは、v5よりもv4.5と4.5+で、今でも最新モデルと旧モデルを使い分けています。

ーーブラウザ上で動くDAW『Suno Studio』を使った印象も気になります。

Lab:僕は未使用ですが、ブラウザ上で使える点はプロじゃない人にとっては便利ですよね。Saitoさんの目からはどうですか?

Saito:正直、現状だとまだ使いづらいですね。ミックスも細かい調整が難しいなと。今後はVSTに対応するようになると言われているのですが、そうなると今度は動作が重くなるので、ブラウザだけで完結させるのは現実的ではないような気もします。

――AIで音楽制作をされている方のなかでは、映像と音楽の両方を作ってMVとして完成させている人も多い印象です。

Lab:映像がカッコいい人は音楽もカッコいい。その辺はやっぱりセンスなのかなと。

Saito:ボカロカルチャーに近いものを感じます。ニコニコ動画のように、誰もが生成AIで作った音楽を投稿するプラットフォームが定まれば、新たな音楽的土壌になる可能性があるなと。歌詞やビジュアルにこだわるプロデューサー的な人がボカロ界隈にも多かったですからね。

――個人的に一番のゲームチェンジだと感じたのが、2025年6月にオーディオアップロード機能がアップデートされ、最大8分までの音源が取り込めるようになったことです。つまり、ほとんどの既存楽曲が丸々アップ可能になりました。お二人も使われていますか?

Saito:はい。僕はDAWでビートやループを組んで、それをもとにして『Suno』でカバーさせるのが基本的な使い方です。逆に、プロンプトはちょっとしたジャンル指定ぐらいしか入れません。

Lab:ミュージシャンの方が導入するとしたら、この機能が主な使い方になるんじゃないですかね。僕も実装当初からよさげなビートやメロディを「Splice」から拾ってきて、それをオーディオアップロード機能でカバーさせて曲を作っていました。

——オーディオアップロード機能と聞くと、少し懸念を抱く人もいそうですが……。

Lab:出始めの頃は規制もなく、どんな音源でも取り込めましたからね。プロンプトは、アーティスト名などの具体的な言葉を入れると普通にブロックされる仕様だったのですが。

Saito:とはいえ、いまは既存アーティストの楽曲を読み込ませることはできませんよね。「Splice」の素材を使って自作した曲ですら弾かれたことがあります。誰かが同じ素材を使って制作した曲がYouTubeのContent IDなどに登録されたからなのか、わからないですが制限を厳しめにかけている印象ではあります。

Lab:その辺の紐づけがどうなっているのかは、よくわからないですよね。

「声の権利」を中心に進む活発な議論 『Udio』『Suno』“適法化”の動きも

――AIカバーに関しても聞きたいです。2023年に注目された、ドレイクとザ・ウィークエンドの音声モデルをボーカルに通した「Heart on My Sleeve」以来、「声の権利」を中心に活発な議論がなされてきました。

Lab:いわゆるディープフェイクに関する問題ですね。有名人の顔になる映像エフェクトと同じような。

Saito:最近だとイギリスのプロデューサー・HAVEN.が制作した「I Run」が、ジョルジャ・スミスの声にそっくりと話題になりました。

——プロデューサー自身が歌ったボーカルトラックを『Suno』で加工して作ったと説明しているようですね。現在、元音源は消され、人間が歌ったバージョンと入れ替えられています。

Saito:曲がバズったのを受けて、「スミス本人が実際に歌うのはどうか」という交渉もされていたようです。個人的には悪くない話だと思うんですけど、実際どんな内容だったのか気になってます。

HAVEN. - I RUN (Lyrics)

——他方では、9月くらいから「FAKE MUSIC」や「Funny J-POP」といったYouTubeチャンネルで、ボーカルだけでなく曲のアレンジを変えたAIカバー曲が急増しました。どうやら『Suno』の楽曲アップロード機能を使っていると思われます。

Saito:あれは「上手くやったな」という印象です。そういった動画は、YouTubeのカバー/リミックスポリシー、AI透明性ガイドラインには違反していないんですよ。オリジナルの音源を読み込ませても、オリジナルの音を使っていなければ削除対象や収益化対象外にはならないという理屈で。

Lab:ただ、自分としては、誰かの声や曲をAIに歌わせるという行為はあまり興味がないんですよね。グレーな印象もありますし。

Saito:そうですね。この流れはあまり続かないだろうとは感じています。同じリリックに違う音楽を付ける、菊地先生がいうところの「Alt.cover」の方が面白いんじゃないですかね。

Automatic/宇多田ヒカル -インド古典 ver.| Funny J-POP -
Toxicity ( Soul/Jazz) System Of Down ( Cover)

――そして10月に『Udio』がワーナーとライセンス契約を締結したという大きなニュースがありました。11月には『Suno』が続き、その後もいわば“適法化”が進んでいます。

Saito:僕が今年、炎上したときは「違法なものを使って音楽制作をして、それを商用するのか」という言われ方をしていたんですよ。菊地先生が発表されたステートメントにもありますが、新音楽制作工房としては音楽生成AIに違法性はないと考えています。

Lab:ゆくゆくは適法化に収まってほしいと思っていたので、それに向けての通過点なのかなと見ていました。ここまで広がった以上、AI音楽が消えることはないので、いい方向に進んでくれたらと。

Saito:レコード会社も生成AIを潰したい訳ではなく、ちゃんと利益を得られる新しいサービスを始めたい、というのが本音のはずです。

――それこそ先ほど話題にあがったSaitoさんの炎上のように、アンチAIの声もありますが。これについて思うことは?

Saito:あらためて経緯を説明すると、今年5月に公開された映画の劇伴で生成AIを使用している、と菊地先生がアナウンスしたんです。

 僕も工房員として、告知のためにSNSにポストしたら、炎上しました。僕以外のメンバーがあまりSNSで発信をしないことも相まって、「菊地さんにAIを吹き込んだ黒幕はこいつだ!」という見られ方をしてしまいまして……。そのあとに菊地さんから公式なステートメントが出たのですが、それまでの流れもあり、それも炎上しました。

Lab:他人事で申し訳ないですけど、実際にそれで制作している側の人間としては「頑張ってほしい」という気持ちで見ていました。やっぱり、プロの音楽家がキチンと声明を出して、活用してくれるのは嬉しいです。専門家が使えばもっと作品がよくなるツールだと思うので。

Saito:マスタリングサービス「LANDR」による調査だと、ミュージシャンの約7割がクリエイティブ面で生成AIを使っているそうなんですが、体感とは全然違うんですよ(笑)。ただ個人的に話すとやっぱり使っている人はいるみたいですね。それを公に発言しづらい空気があるし、実際にリリースされている曲でも使われている曲は結構あるんじゃないかなと。

――大々的に公言した成功例でいうと、詩人であるタリシャ・ジョーンズが生み出したAI歌手のザニア・モネが、10月に数億円のレコード契約を獲得したことは今年の音楽×AIの最も大きなトピックのひとつです。今年前半まではAIによる細かい作曲は難しく「AI音楽時代は作詞家の時代になる」と個人的に感じていたので、作り手が詩人であることは象徴的にも感じました。

Xania Monet - How Was I supposed to Know? (Official Music Video)

Saito:少しうがった見方をすれば「メジャーレーベルが布石として送り込んだのでは?」という考え方もできますけどね(笑)。ただ、たしかに僕がLabさんのコミュニティ「AI音楽生成アーティスト」に入ったときは作詞家の方が多かった記憶があります。

Lab:確かに男女問わず、作詞家など物書きの方が多かったです。今も少なくはないですね。AIで音楽制作をしている知り合いを見ていると、タリシャ・ジョーンズのように、いつ日本からAIを使ったスターが出てきてもおかしくないと思いますよ。

Saito:そういえば、シティポップ的な音楽性のBeat Flickersさんが来年、ULTRA-VYBEからフルアルバム『TOKYO MIDNIGHT』を出しますね。

Lab:ローファイ・ヒップホップがYouTubeで流行った直後から活動されているイメージです。AIを使用したアーティストで、日本のレーベルからリリースされるのは初じゃないですか。

――この2025年を踏まえ、来年はどうなっていくと思いますか。

Lab:1年で情報が追えないくらい進化しましたね。クオリティはますます上がっていくと思いますが、音楽の楽しみ方がどうなっていくのかが業界にも大きな影響を与えていくと思います。好きな音は自分で作れちゃう訳じゃないですか。ユーザーがどうなっていくのか……。想像がつきませんが、未来は明るいと思います。

Saito:まだまだ黎明期だと考えています。適法化された『Udio』と『Suno』がレコード会社と提携して始める新サービスによって、色々なことが変わるはずです。それによって生成AIが大衆に浸透すれば、2026年以降ますます生活に密着した使われ方をするんじゃないかなと。

<参考>

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