『8番出口』級の注目度 じっとりと絡みつくようなホラー体験を味わえる、ロシア発ゲーム『No, I'm not a Human』の面白さ

『No, I'm not a Human』をプレイした。
本作はロシアのディベロッパー・Trioskazが制作し、『Buckshot Roulette』『Mouthwashing』などの話題作で知られるCRITICAL REFLEXが販売したタイトルだ。終末世界を舞台に、定期的に自宅にやってくるお客の本性を見分け、生き延びるのが目的のホラーゲームである。
ユニークなゲームデザインに、秀逸なテキスト、じっとりと絡みつくようなホラー体験が楽しめる非常に秀逸な作品だった。
現代より少し昔の、どこかの国の郊外。太陽が異常な熱を帯び、日中は出歩けないほど暑くなってしまったうえに、地中から人に擬態する“来訪者”が現れ、人を襲うようになってしまった。
政府は緊急対応に追われているが、一般人である主人公は家に引き篭もり、ただただ災厄が去ることを祈るほかない。
しかしながら、人々は数少ない安全地帯を求めて夜な夜な歩き回っており、主人公の家にも訪れるのだ。彼らは物資を持っているし、話し相手にもなってくれる。そのうえ、蒼白の狂人というとんでもなく凶悪な“来訪者”はひとりで引き籠っている人間を狙うので、身を寄せ合ったほうが安全なのだ。
かくして主人公は、お客を人間か来訪者か見分けながら、常に不安と恐怖に怯えつつ、いつ来るともしれない最後の日を待ち続けるのだった。
このゲームには昼と夜の概念がある。夜は人々が出歩ける時間帯だ。主人公は窓の外を覗いて近隣で何が起きているかチェックするのと、お客に対応することのふたつしかできない。
お客はさまざまなタイプがいる。太陽信仰で頭がいっぱいの不潔な中年男性や、バカな若者、親愛なる隣人の一人娘に、児童養護施設の中年女性、夫の死体を担ぐ女に、消防士を名乗る男……どいつもこいつも絶妙に信じ切れない風貌をしており、人間にも見えるし、来訪者にも見える。
来訪者は夜の段階では基本的に見分けることができないのもなかなか面白いポイントだ。一夜明けて、昼になった段階で初めて来訪者による犠牲者が出たことがアナウンスされる。
昼間は、テレビのニュースを観た後に、生き残っているお客と会話したり、彼らを検査したりすることができる。
検査方法はテレビやラジオでちょくちょく流れてくるもので、目が充血しているかどうか、手が汚れているかどうかなどさまざまだ。往年の名画のネタなどを仕込んでおり、ニヤリとできることもある。検査に該当しているからといって必ずしも来訪者であるとは限らず、ひとりひとりのパーソナリティ(よく泣いている人である……など)も加味して判断しなければいけないところもグッドだ。
そのほかにも、各所に電話をかけたり、アイテムを宅配してもらったり、エネルギー飲料を飲んで検査の回数を増やしたりできるので、本作のゲーム部分は昼に集中しているといってもいい。ゲーム的なシミュレーション面は昼にまとめて、夜はひたすら疑心暗鬼に駆られながらお客の顔を睨み、招き入れるかどうか決める……というホラー体験ができるのだ。この二軸に分けられたゲームデザインはなかなか考えられている。
お客のセリフやバックボーンもしっかりと書き分けられており、テキストアドベンチャーとしても品質が高い。また、殺されたり、連れ去られたりといったさまざまな理由でお客がいなくなっていくので、リソース管理のシステムも組み込まれていて、なかなか一筋縄ではいかない作りをしていた。
セーブはコンブチャ(昆布茶ではなく紅茶キノコという発酵飲料)というアイテムを使用する。このアイテムはゲーム中でも数日に一度しか入手できず、ゲーム終了時に中断セーブができるのみである。セーブアイテムが限定されている仕様は前時代的で面倒臭い印象を受けるかもしれないが、これが一周2~3時間程度のゲーム体験と相性が良く、決断に重みを与えている。
本作は10種類のエンディングがあり、ゲーム中の選択によって決定される。起きるイベントのランダム性が高いうえに、どうあっても完全にすべてのお客を検査することはできないため、完全にエンディングをコンプリートするのは骨が折れるところだ。きっちりとエンディングを狙って開けていくというよりも、その都度起きるイベントに身を任せるほうが楽しいだろう。
しかしながら、独特な寒気に襲われるホラー体験と、意外と見たことがないゲームデザインがまったく喧嘩することもなく、綺麗に折り重なっている点はとても高く評価したい。『8番出口』や『Lethal Company』のように、ホラーゲームの新たなデファクト・スタンダードになりうる可能性を感じるほどの作品だった。





























