山奥の“生きているスクリーン”に映し出される、光と音の極上体験 何度も訪れたくなる体験型イベントをレポート

山奥で味わった「光と音の極上体験」

 山奥にある“村”で、極上の「自然を活かした音と光のイルミネーション」が味わえるーーそんな話を聞いて足を運んだ三重県・多気町にある『VISON』で、噂に違わぬ、いや、それ以上の体験をしてきた。

 『VISON』は東京ドーム24個分(約119ヘクタール)の敷地面積を誇る巨大商業施設なのだが、建物や空間全体の雰囲気はいわゆる“商業施設”のそれとはまったく異なる。地元の野菜や果物が売られているマルシェや、海鮮・松坂牛などを提供する飲食店、薬草湯や山に開かれたサウナのある温浴施設にドッグラン、RVパークや農園など、自然と共存した73の店舗や設備がならぶ。特に食については、一流シェフが監修したものばかりという手の混みようだ。

 建築も個性的で、山の斜面にそって立つホテルは圧巻。うねるように作られた橋や茅葺きのように見せた建物などは赤坂知也氏(赤坂知也建築設計事務所|ORGA-Lab主宰)が全体の企画・意匠設計を手がけたもので、地元の木々を大胆に使っているという。一つひとつの建物をじっくり見てまわりたくなるほど、それぞれに意匠が凝らされているし、大手チェーンやブランドの看板もなく、そこにまるで“村の住居”のように存在している。

 そんなVISONは自然を活かしたロケーションや建築を押し出す一方、これまで定期的に最新テクノロジーによる実験的な取り組みを行ってきた。

 たとえば「自動運転バスの公道実証実験」。巨大な敷地かつ道路と人が歩くエリアがはっきりと分かれていることもあり、自動運転バス『MiCa』が1日に四回程度、施設内を周遊している。ほかにも、ソニー株式会社が開発した、音声を聴きながら街をめぐることで街の新しい魅力や楽しみ方を発見することができる “音のAR”を楽しめるサービス『Locatone™(ロケトーン)』を活かしたツアー『音で巡る、VISON』も7月25日より開催されている。

 そうした最新テクノロジーを活用しながら、自然とも溶け合うような“新体験”ができるのが、現在開催中の体験型イルミネーション『月の神さまと不思議なまつり』だ。

 巨大なVISONの敷地を周遊し、昼とは違った顔をみることができるこのイベントは、8種類のイルミネーションとデジタルアートに加え、光の演出と連動する最新の立体音響技術が採用されている。実際に筆者も足を運んできたが、広大な自然と空間をすべて活用したからこそできた演出も多く、様々な制約がある都会や美術館などではおよそ実現できないものばかりで、様々な友人知人に「絶対に行ったほうがいい!」と喧伝して回りたくなった(実際にこの取材も過去に現地へ足を運んだライターの方から猛プッシュされ、興味を持ったという背景がある)。体験型コンテンツという性質上、足を運んで目と耳で確かめるのが一番説得力を持つのだが、期間限定の取り組みということで、一人でも見逃す人が少なくなるよう、可能な限りこのイベントの模様をお伝えしたい。

 前置きしておくと、筆者は先ほど最新テクノロジーを活用した〜と先述したが、そこまで身構えず、直感的に体験できるイベントでもある。シンプルに「すごい!楽しい!」という反応も現地では多く見られていたし、テクノロジーやクリエイティブに興味のある方からすれば思わず笑ってしまうくらいの技術が集約されている。

 ということで、イベントの入り口は至ってシンプル。ビニールハウスを活用した期間限定のチケット売り場に足を運び、受付でQRコードをスキャンし、生年月日を入力すると「月占い」なるものが行われる。続いてチケットを手渡されるのだが、そのチケットの色は月占いの結果によって変わる。このチケットを施設内にある特定のスポットにかざすことで、イルミネーションがチケットと同じ色に変化したり、場所によっては光や音が変わったりと、インタラクティブな演出を体験できるわけだ。さらに特別アイテムである「月の勾玉」を身に着けると、特殊な演出も楽しめる。このチケットや勾玉にはRFID(Radio Frequency IDentification System)という無線通信技術(ピンとこない方はバーコードやQRコードの進化版だと思って欲しい)が活用されており、精度の高い自動認識が行われるため、かなり暗いVISONのなかでも問題なくチケットや勾玉を認識し、ストレスのない体験を可能としている。

 これらイベント全体の企画・プロデュースはKIRINZI Inc.が担当。光の演出を含む、体験コンテンツの企画・制作は「クリエイティブとマーケティングの力でCX(顧客体験)向上」を掲げる株式会社D2C IDが手がけた。VISONの自然と夜空に光や音を連動した演出と空間設計によって、ここでしか味わえない体験が創られている。

 チケット売り場からほど近い「月の庭」にはフォトスポットとインタラクティブスポットが設置されており、SNS用の写真をとりながら、色や光が変わるチュートリアルを無意識に行うことができた。隣の「月夜市」にはアイテムを買うことができるブースや、アップサイクルのビー玉をすくえる「月のかけらすくい」に「型抜き」など縁日のような遊びも楽しめる。こちらは独自コイン(チケット購入時に1コイン贈呈、追加購入も可能)で体験することができ、景品が当たらなくてもハズレ券を3枚集めるとLEDの入った光る風船をもらうことができる。かなり写真映えするうえ、子どもは喜ぶこと間違いなしだ。

 ここからいよいよ各アトラクションへと歩いていく。眼前に佇む「神使いのバルーン」(オリジナルキャラクター)を横目に橋を渡っていくと、足元を彩るイルミネーションにあわせて、不思議な音が耳に入ってくる。この音は“無限音階”を使用しており、ずっと音程が上がり続けているように聴こえるので、ぜひ耳を澄ませてみてほしい。

 橋を渡って「旅籠ヴィソン」の手前には、200本のライティングバーとムービングライトによる「光の森」&「光のやぐら」 が見えてくる。日中には銀の柱が無造作に刺さっているアート作品のように見えるこの場所が、夜になると“光と音の森”へと姿を変えた。

 ライティングバーを移動する光はTouch Designerでプログラムされており、ランダムに光が降り注いでくるような感覚を覚えるのだが、視覚だけではないところがこの体験・コンテンツの肝だ。ゲームのサウンドエンジンに活用されている技術をベースにした最新の立体音響が使われており、足元のスピーカーから鳴る音も光の雨と連動。雨粒が落ちた箇所から音が聴こえてくるほか、はしゃぐ子どもの声や水たまりを跳ねる音は自分の周囲を取り囲むように鳴っているため、どんな人でも”立体的に音が鳴っている”と知覚することができるだろう。

 森の中間まで歩みを進めると、今度はライトが少し高くなって、サウンドも風や雷の音に変化。これらもただ鳴っているのではなく、自分の周りを渦巻いたり、360度様々なところから響き渡るため、臨場感がハッキリ伝わってくる。雷の音の後には動物たちが逃げ惑う声も聴こえるのだが、これも自然の中にアトラクションがあることで、本当に深い森の中を嵐が襲っているような感覚になる。

 それらの森を抜けると、今度は「光のやぐら」として、26灯のムービングライトが顔をだす。一般的にムービングライトとは舞台や屋外での演出のために使われるものだが、ここではムービングライトが主役と言わんばかりに高く夜空を照らす。光同士が当たる瞬間に音が鳴るように作られているため、交わった瞬間に柱同士を打ちつけているようなサウンドがインタラクティブに鳴り響くのには、すごすぎて思わず笑ってしまった。湿度が影響しているのか空気が澄んでいるからなのかは定かではないが、ムービングライトも夜空に打っているにもかかわらず、かなりハッキリと光の柱としてあらわれているのも興味深い。それらをわかりやすく見せてくる「ショウ」も8分に1度開催されており、オーケストラの演奏にあわせてムービングライトが踊るように動く様子は圧巻だ。

 先述した立体音響についてもう少し記しておくと、通常このような体験を味わせる際、特定の施設内や部屋のように四角や丸などシンメトリーの空間に綺麗にスピーカーを置き、音を配置するのが一般的だ。しかし今回の「光の森」&「光のやぐら」 は少し勾配のある道に作られているため、動線がアシンメトリーなうえ足元もガタガタしている。2〜3メートル離してスピーカーを置くと、結構な高低差が出てしまうレベルだ。こういった環境かつ自然のなかで自然な立体音響の空間を作る&運用し続けるには、かなりの技術力が必要とされるし、現地でかなりの実験&調整をしないと成り立たない。この立体音響の仕組みは、ソニーグループのSoVeC株式会社が手掛ける「音のXR体験」と呼ばれる新体験であり、ソニー株式会社の技術開発研究所や、長らくゲーム業界でゲームのサウンドエンジンを手掛けていた寺坂波操株式会社など、複数のテクノロジー企業が関わり、時間をかけて準備したようだ。 光の演出は先述したD2C IDが、サウンドデザインは清川進也氏率いるEIGHTYEIGHT.が手掛けている。

左より、D2C ID前野剛宏氏、ソニー技術開発研究所 古賀康之氏、布沢努氏、SoVeC上川衛氏、D2C ID古川雄大氏。
左より、D2C ID前野剛宏氏、ソニー技術開発研究所 古賀康之氏、布沢努氏、SoVeC上川衛氏、D2C ID古川雄大氏。

 続いて「光の道」を通り、日中はミシュラン星付きシェフ7名を含む、全国の有名料理人18名が監修した“食の美術館”として運営されている「AT CHEF MUSEUM」に向かうと、「月見のレストラン」と称された空間が待ち受けていた。月のように光るオブジェのまわりに、柔らかな光がクネクネと動いている。

 筆者は一瞬、天井に碁盤のようにLEDディスプレイが張り巡らされているのだと思ったのだが、実際はまったく違った。投影しているのは6台のプロジェクターで、それを映し出しているのはなんと、よく家庭などにある“ナイロン製のカーテン”に防火処理を施したものだという。そこにプロジェクターが2Dで作った碁盤の目のような図形を、少しずつ左右や上下に光を動かして投影、というシンプルな理屈で動いているのだが、それを聞かされてなお「ホントに!?」と疑ってしまうくらい、光が柔らかく上下左右を移動しているのだ。ここでは月占いの診断とマッチする色のカクテルやモクテルも楽しめるので、飲みながらゆっくりお月見と洒落込むのもいいだろう。

 施設を出て“木育”エリアのほうに向かい、階段を降りていくと眼前には池が。この二子池とその奥にある山そのものが最後のアトラクション「月の神さまの隠れ家」だ。6分間隔で行われるのは、2台のプロジェクターとレーザー、ムービングライトを使ったデジタルアート。なによりスペシャルなのは、そのスクリーンに使われているのが「山」であり「池」なのだ。木や動物、そして星々が山に映し出され、池は鏡面のようにその光を反射する。凪いだ晴れの日はそっくりそのままを映し返し、風のある日はエフェクトが掛かった反射のように見える。山の木々も夏は緑のスクリーンのようだが、もう少し秋めいてくると赤と緑が混ざり合ったり、冬になれば枯れ木が映えたりするのだろう。そうした“生きているスクリーン”と音楽が合わさった表現はとても感動的で、これを書いているいまも撮った映像を見返しながら「何度でも観に行きたい……」と思っているくらいだ。

 「何度でも」といえば、筆者が日中の施設内やマルシェを見て回っている間、訪れた人たちが「次に来たときはこれを食べよう」「前はここに行ったよね」と口にしているのを何度も聞いた。話を聞けば、地元である三重県民や、関西圏からも多く足を運んでいる人が多いのだとか。ネットや動画・写真でみた段階ではあまりわからなかったが、実際に訪れてみて、筆者も「改めて来よう」と決意したうちのひとりだ。

 そのほか、まだまだ書ききれないくらいVISONの魅力はある(特に食の方面などで!)のだが、テクノロジーからあまりにも逸脱してしまうので、それはまた別の機会に。

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