好奇心の赴くままに旅する「ゾーン」の魅力 『S.T.A.L.K.E.R. 2』には“ここでしか得られないなにか”がある

『S.T.A.L.K.E.R. 2』でしか得られないなにか

 11月中旬、『S.T.A.L.K.E.R. 2: Heart of Chornobyl』(以下、『S.T.A.L.K.E.R. 2』)のレビューコードを頂き、CPU:intel i7-9700F / GPU:GeForce RTX 3060Tiという「少し前のゲームなら十分だけど、最近のAAA作品を動かすにはやや物足りない」環境のデスクトップPCでレビュービルドを動かし始めた当時、その印象は少なくとも良いものではなかった。

 グラフィックの設定を下げてもフレームレートは30FPS前後で大いに乱れ、オブジェクトの描画は安定せず、大量のバグに悩まされる日々。11月20日のリリース以降、毎週のように実施されたアップデートによって、多くのバグは解消されているが、それでも現時点での本作のパフォーマンスが安定していないことについては、多くのプレイヤーが同意するだろう(年内最後のアップデートが配信された現時点でもシェーダーのコンパイルに難を抱えており、2回に1回は起動してもメニュー画面まで進むことができない)。

 このような状況を前に、普通に考えれば改善が見られるまで待ってからプレイを再開してもよかったのだろうが、実際にはプレイを止めることはなく、ゲームがクラッシュしても、「またか」と思いながら再起動のボタンを押すというサイクルを重ねた。それどころか、プレイ時間を重ねれば重ねるほどに本作から離れることができなくなり、いまでも秋と冬のSteam大型セールで買った2024年を代表する作品の数々にほとんど手を付けることなく、仕事から帰宅しては『S.T.A.L.K.E.R. 2』を起動する日々を続けている。現在のプレイ時間は50時間ほどになるが、適切なレビュー公開のタイミングを完全に逃した自覚はありつつも、ゲームから離れることができずにいる(本稿は「このままだと冬が終わる」と確信したことをきっかけにして書いている)。明らかに問題を抱えていることは分かっているのにも関わらず、この作品から離れるどころか、むしろ惹きつけられてしまっているのだ。

 だが、きっとこれこそが『S.T.A.L.K.E.R. 2』、あるいは約15年の年月を経て復活した「S.T.A.L.K.E.R.」というシリーズの本質なのだろう。ここにあるのは、快適とは程遠い世界だ。だが、そこには間違いなくこの場所でしか得ることのできないなにかがあり、道のりは険しくとも、それを求めて多くの人がやってくる。

「人間が生きるべきではない場所」、ゾーンへようこそ

 シリーズ共通の舞台である、かの有名な1986年の歴史的事故と(「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズの物語上で発生した架空の)2006年の原因不明の爆発事故を経験したチョルノービリ原子力発電所の周辺地域、通称「ゾーン」。地域一帯に放射能汚染の影響が色濃く残り、突然変異した生物「ミュータント」や怪奇現象「アノマリー」がはびこるこの地は、根本的に人間が生きるべき場所ではない。だが、86年の事故が起きた当時のまま、文明の手が加わることなく40年近く放置された空間や、壮絶な放射能が引き起こした未知の世界は人々の好奇心を刺激してやまず、いまでも新たな人々がこの地へとやってくる。それは、ちょっと入りづらいからといって阻まれるものではない。

 これはゲームに限った話ではなく、現実の世界においてもチョルノービリ原子力発電所の周辺地域は、立入禁止区域として指定されているにもかかわらず、旅行客向けの「違法ツアー」が横行するほどに人気の観光スポットとなっている(現実においても同様に「ゾーン」と呼ばれている)。その独特の魅力については、本作のリリースに先駆けて公開された制作ドキュメンタリー「War Game: The Making of S.T.A.L.K.E.R. 2 Documentary」でも詳細に語られていた。

War Game: The Making of S.T.A.L.K.E.R. 2 Documentary

 1977年、ソ連の支配下にあったウクライナに、ソ連主導のもとに建築されたチョルノービリ原子力発電所。2000年代当時、実際に現地を訪れたGSC Game Worldのメンバーが目の前に広がる光景を見て「これをゲームにしよう」と思ったことが「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズ誕生のきっかけであり、「永遠にその時間に閉じ込められた別の世界」と形容されるゾーンは、開発者自身が語るように“理解できないほどに”魅力的だ。写真家・ライターのAram Balakjianが2019年に寄稿した現実のゾーンでの4日間の不法滞在の模様を綴った体験記も興味深く、なかでも、下記の言葉は特に印象に残る。

「ウクライナの人々が解放感を求めてゾーンに侵入するのは論理的にも筋が通るものだ。ゾーンを占拠することによって、彼らはウクライナ国民として負った心の傷と向き合っている。ゾーンは博物館であり、自然保護区であり、激動する国からの避難所でもある。国家が慢性的な不安を抱えるなかで、ゾーンで過ごすという経験は、まさにそうした状況に対するアンチテーゼとなる。それは、たとえ部外者であったとしても、きっと同様なのではないだろうか。ゾーンへの侵入は、合法のツアーでは決して得られないような、深い歴史への洞察をもたらしてくれる。また、リスクとサバイバルにさらされるという経験は、意外なほどに瞑想的な逃避行となる」

 この言葉は、『S.T.A.L.K.E.R. 2』やシリーズの持つ魅力に対しても、驚くほど見事に当てはめることができる。現時点での本作は技術的な面において数え切れないほどの難を抱えているが、それでもなお、作中に作り上げられた広大なゾーンには抗えないほどの魅力があり、それは他のAAA作品では決して得られないものだ。草木や土、水たまり、道路といった何気ない地形の一つひとつが「単なる風景」としてではなく、独特の存在感と魅力を持って画面いっぱいに広がっていく。銃撃戦のさなかにスコープに映り込むおびただしい草木は、端的に言って戦闘の邪魔でしかないが、それはゾーンにおける自然が、人間の存在を気にもとめていないことの表れだろう。

 ゾーンの天候は荒れ放題であり、基本的には晴れの方が珍しいくらいで、時には光熱放射が生み出すこの世の終わりのような光景に圧倒される。本稿に掲載しているスクリーンショットからも分かるように、本作はいわゆる(一般的な)フォトジェニックなタイトルではないだろう。だが、光熱放射から逃れるために、必死の想いで近場のシェルターへと駆け込み、放射が収まるまでの数分間、ただあてもなく荷物を整理したり、食事をしたり、偶然居合わせたNPCと何気ない会話をしていると、じっとりとした「ここで生きている」という感覚に飲み込まれていく。そんな時間を積み重ねていくうちに、荒れ果てたゾーンの光景に居心地の良さを感じるようになり、黄土色の空の下で雨風が吹き荒れる光景を目の当たりにして、なぜか癒やしを感じるようになっていく。

 きっとこれは筆者だけではないのだろう。ゲーム内に登場する何気ないNPCの言葉の一つひとつが、ゾーンという場所が持つ独特の魅力を表している。

「誰も見ていないとき、たまに光熱放射の中に入ってみるんだ。もちろん、長くはいない。なにか懐かしい感じがするんだ。まるで...…故郷にいて、歓迎されてるみたいな」

 ローンチ当初の『サイバーパンク2077』が、数え切れないほどの問題を抱えていながらも、その向こう側にある唯一無二の物語やキャラクター、マップの魅力によって当時からコアなファンベースを築き上げていたように、いまの『S.T.A.L.K.E.R. 2』には、見事に作り上げられた「ゾーン」という絶対的な魅力がある。ローンチ時点で問題を抱えているタイトルが、のちに大きな支持を得られるかどうかの境目として、「問題の向こう側に、強く光るものはあるか」という点が挙げられるが、『S.T.A.L.K.E.R. 2』は、まさにそんなタイトルのひとつだろう。でなければ、いろいろ問題のあったレビュービルドの状態から夢中になってプレイしていたことの説明がつかない。

15年の時を経て、尖ったままで進化した「S.T.A.L.K.E.R.」体験

 『S.T.A.L.K.E.R. 2』における基本的なゲームサイクルは、「拠点を出る→マップや景色を見ながら目的地に向かう→早々に荷物の量が重量制限を超える→アーマーや銃が痛む→目的を達成する→拠点に戻る→荷物を整理・修理する→新たな目的地に向かう」というものであり(合間にかなりの頻度で寄り道が挟まる)、ゆったりとしたゾーンでの日々を繰り返しながら少しずつ物語を進めていくことによって、作品の世界へと没入していく。もちろん、メインミッションだけを追いかけるだけでも問題はないだろうが、主にリソースや装備の面でなかなかに苦労することになるだろう(また、その場合は、後述するオープンワールドゲームとしての遊びづらさを、より顕著に感じてしまう可能性が高い)。

 これは2007年のシリーズ初作『S.T.A.L.K.E.R.: Shadow of Chernobyl(現題:S.T.A.L.K.E.R.: Shadow of Chornobyl)』から変わることなく受け継がれているものだが、過去作では(一見するとオープンワールドのようでありながらも)大量の見えない壁や分割されたマップによってルートが規定されているために、同じ道を何度も往復する時間が多かったのに対して、本作では完全にシームレスなオープンワールドを実現しており、「マップや景色を見る」という過程に大きな意味が生まれている。実際に得た情報を頼りにして、ひたすらにゾーンを進んでいくという行為は(ただ同じ光景が続くわけではない手作り感のあるマップや、ゾーンそのものの質感、神出鬼没のアノマリーやミュータント、空腹などの概念が存在するサバイバル要素なども相まって)、それ自体が好奇心を強く刺激し続ける。

 一方で、本作にはファストトラベルや車両などによる高速移動といった近年のオープンワールド作品では当たり前の要素がほとんど搭載されておらず(厳密には拠点間でのみファストトラベルを使うことができる)、いわゆるユーザーフレンドリーなタイトルではない。それどころか、過去作には搭載されていたミニマップが廃止されたことによって、より遊びづらくなっている部分もある。さらに、スキルツリーもなければ(装備のアップグレードはある)、レベルの概念も用意されておらず、ゲーム全体のメリハリに欠けるのも否めない。

 また、うんざりするほどゲームオーバー画面でご尊顔を拝むことになるブラッドサッカーを筆頭としたミュータントは、アップデートで弱体化されたとはいえ異様に硬いうえに、倒したところでなにかをドロップするわけでもないため、基本的には相手にしない方が良い。人間の敵の場合は倒せばアイテムを奪えるが、銃の制御が難しいために弾の消費が激しく、ちょっと被弾するだけで出血状態(治療するまでHPが常時減り続ける)になるため、戦闘を重ねるほどにリソースが枯渇していく。近年のオープンワールド作品がこの15年間でさまざまな試行錯誤を重ねながら遊びやすくなっていったのに対して、『S.T.A.L.K.E.R.2』はそうした流れをほとんど無視しており、ひたすらに尖った作品のままであり続けている。

 ただし、『S.T.A.L.K.E.R.2』はただ懐古主義的に当時を再現しているわけではないということは強調しておくべきだろう。Unreal Engine 5で描画されたグラフィックは非常に美しく、NPCとの会話は従来のダイアログ形式からフルボイス(英語 / ウクライナ語)へと変化している。銃の挙動や手触りはしっかりとした重みやリアリティを感じられるもので、ゲームバランスについても、あくまで過去作基準ではあるが、通常の難易度でも心が折れずに頑張れるくらいには緩和されている。進化するべきところは進化させつつ、変えるべきではないと思った箇所は、たとえ現代基準で遊びづらいとしても残す。そんな大胆なバランス感覚のもとに、本作は成り立っているように思う。

 それは、やはり本作の軸となっているゾーンでの生活サイクルを、単なるリソース集めの作業ではない、リアルで奥深い体験にするためなのだろう。前述した「厳しい環境のなか、限られた情報とリソースで長距離を移動しなければならない」という制約は、ゲーム中の多くの場面において緊張感と、探索の必要性を生み出している。その結果として、ゲームプレイ全体で強く印象に残るのは、荒廃した人工物と自然が織りなす独特な光景であり、一歩ずつ踏みしめながら多くの移動時間を費やすことによって、その魅力をよりディープに味わうことができる。そのなかでも特に魅了されるのが、数十年間に渡って放置された建造物の数々だ。

 ゲーム中に登場する建造物の多くは、過去作と同様に実際のゾーンを入念に取材したうえで制作されたものである。redditの「S.T.A.L.K.E.R.」コミュニティに投稿された、実際にプリピャチを訪れたことのあるユーザーによる、現地で撮影した写真と『S.T.A.L.K.E.R. 2』のスクリーンショットの比較画像を見ると、いかに本作が実際のゾーンをゲーム内に再現しているのかを強く実感することができる。それは、いわゆる近年のオープンワールドゲームにおいても異様とすら呼べるほどの再現性の高さであり、本作の軸が「“ゾーンに足を踏み入れるという行為”そのもののゲーム化」にあることをしっかりと強調している。そして、厳しい環境のなかでこうした光景を目の当たりにすると、他のオープンワールド作品では経験したことのないほどの「この世界は生きている」という感覚を抱くのだ。

Comparing my real photos of Pripyat with screenshots of S.T.A.L.K.E.R. 2
byu/vbohush instalker

まだ真価を発揮していないA-Life 2.0。2025年の進化に期待を

 以前の記事でも書いたとおり、「ゾーンで生きる感覚」は「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズの魅力を語るうえで極めて重要な要素であり、それは約15年ぶりの続編となる本作においても、ここまで書いたように強烈に受け継がれている。だが、現時点ではまだ十分に真価を発揮できていないのが、過去作における目玉となっていたシリーズ独自のAIシステム「A-Life」だ。ゲーム内のNPCが自律した存在として活動する同システムは、過去作における「遠くで異なる勢力に属するNPC同士が戦っていたり、ミュータントが敵地で暴れていたりする」といった「S.T.A.L.K.E.R.」らしい光景を生み出すための重要な要素であり、ゾーンでの生活にリアリティを与えるうえで欠かせないものだった。

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『S.T.A.L.K.E.R. 2: Heart of Chornobyl』の正式な発売日がアナウンスされた。シリーズとしては約…

 とはいえ、大量のバグや最適化不足に飲み込まれた結果として、本作版のAIシステムとなる「A-Life 2.0」は現時点で開発者の想定どおりに機能していない。ローンチからしばらくの間は突如として敵がポップアップしたり、さっきまで誰もいなかった場所からNPCのチームが歩いてきたりと、かなり雑な仕上がりとなっている状況が続き、そのような光景を見るたびに没入感が削がれてしまっていたのが実情だ。これは率直に残念というほかなく、ファンコミュニティの間でも「A-Lifeが機能していない本作は、まだ完全な「S.T.A.L.K.E.R.」の続編とは呼べないのではないか」という声もよく聞かれていた。開発者自身もこの状況を認識しており、早期から修正に取り組んでいる旨を公表している。

 12月に配信されたバージョン1.1アップデートでは「A-Life 2.0」に手が加えられ、ある程度はNPCが自律的にゾーンでの日常的な生活を過ごすようになった。その結果として、マップを歩いていると遠くの方から銃声が聞こえてくるようになったり、目の前でミュータントにNPCが襲われたりといった「S.T.A.L.K.E.R.」らしい光景がゲーム内に広がるようになった。動作や描画距離など、まだまだ課題は山積みだが、ローンチ以降は毎週、時には毎日のようにパッチが配信されているため、2025年にはかなりの改善が期待できるだろう。そのころには、きっと堂々と「S.T.A.L.K.E.R.」の続編を名乗るに相応しい完成度に仕上がっているはずだ。

単なる回顧ではない。外部の存在として「ゾーン」に対峙する続編に込められた意思とは

 ここまで過去作との比較や、「過去作から変わることのない魅力」ばかりを書いてきたが、技術面と同様に、シナリオ面においても『S.T.A.L.K.E.R.2』は単なる懐古主義的な作品にはなっていない。それを最も象徴しているのが、本作における新たな主人公、スキフの存在だ。

 かつてウクライナ海兵隊の一員だったスキフは、それまでゾーンの「外側」の住人であったにも関わらず、オープニングで発生する出来事をきっかけに、本人の意思に反してゾーンへ足を踏み入れることになる。彼はゾーンに対して関心を抱いているわけではなく、(シリーズファンを含め)長年に渡ってゾーンで生活してきた人々と異なり、この地への思い入れは皆無といっても良い。この構図は基本的にゲーム全体で一貫しており、旅を通して出会う人々の多くがゾーンに対する(時には複雑な)想いを語る一方で、スキフは徹底して「外部の存在」であり続ける。

 一方、ゾーンの住人についても、過去作から時を経たことによって、それぞれの状況に変化を迎えている。派閥によっては考え方の違いで対立していることもあるし、一度はゾーンを離れたものの、また戻ってきてしまったという人もいる。本作には過去作に登場した多くのキャラクターが再登場するが、その境遇は決してこれまでと同じではない。また、住人の誰もが奇妙な居心地の良さを感じている一方で、「この場所は根本的に人間が住むべき場所ではない」という事実は、何気ない会話においてもしっかりと強調されている。とあるサブクエストでNPCが発するセリフは、端的だが極めて印象的だ。

「スキフ、このゾーンは...…何もかもが間違っている。そもそも存在していい場所じゃない。」

 本作ではメインシナリオ・サブクエストを問わず、さまざまな分岐点が用意されており、どの派閥に味方するのか、状況に対してどのように対処するのかをプレイヤーの意思で決めることができるようになっており、進め方に応じてエンディングも変化する。マルチエンディング自体は過去作においても導入されていたものだが、本作の場合は従来よりもさらにロールプレイ性が強化されている。これは、「ゾーンで自由に生きる」という本作のライフシミュレーター的な側面を強調するうえでもうまく機能しているが、おそらく最も重要なのは、「外部の視点」としてゾーンやそこに住む人々と対峙して感じたことを、画面の向こう側にいるプレイヤー自身に対して問いかけているということだろう(あるいは開発者自らが自分たちに対して)。

 冒頭で書いたように、ゾーンとは現実のウクライナにおける負の遺産にほかならない。そして、ゾーンに足を踏み入れるということは、それ自体が反抗的な行為であると同時に、歴史に対する洞察を深めたり、瞑想的な体験をもたらすものでもある。だからこそ、筆者を含む多くの人々が、事故から約40年を経たいまでもゾーンに魅了され、奇妙なほどに執着している。これは「S.T.A.L.K.E.R.」シリーズがカルト的な名作として愛され続け、約15年の時を経たいま、続編が出た理由でもあるだろう。あらゆる意味で現実から逸脱したゾーンで生きるのは、理解しがたいほどに魅力的だ。

 だが、本当にそれでいいのだろうか? 本作をプレイしていると、何度もそのような疑問が頭をよぎる。そして、頭を振り払いながら、好奇心の赴くままにゾーンでの旅を続けるのだ。

 約15年の時を経て復活した『S.T.A.L.K.E.R. 2: Heart of Chornobyl』は、現時点では万人にオススメできる状況ではなく、決してユーザーフレンドリーな作品でもないが、過去作が持っていた独特の魅力をあまりにも見事に現代に蘇らせると同時に、ウクライナの国内外で愛される「S.T.A.L.K.E.R.」という特異な存在を再び見つめ直す作品でもある。いまはまだゲーム・オブ・ザ・イヤーに選出することは難しいかもしれないが、GSC Game Worldは本作に対するファンからの愛情を原動力に、熱心に改善を続けており、2025年の終わりごろには「2024年のゲーム・オブ・ザ・イヤー」として本作を選ぶことができるようになっているかもしれない。そしていつの日か、過去作と同様に、本作もまた、カルト的な傑作として世界中のゲーマーに愛され続けることになるだろう。それだけの巨大な「なにか」が、間違いなく『S.T.A.L.K.E.R. 2: Heart of Chornobyl』にはある。

S.T.A.L.K.E.R. 2 is a registered trademark of GSC Game World Global Ltd. © 2024 GSC Game World Global Ltd. GSC Game World and its logos are Trademarks or Registered Trademarks Of GSC Game World Global Ltd. © S.T.A.L.K.E.R. 2 HEART OF CHORNOBYL a game developed GSC Game World.

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