接続した『VRChat』とVTuberの世界 3人の識者が振り返る、2024年のバーチャル業界(後編)
VTuberの行き先はVRか、さらなるマスコンテンツか
――では最後に、来年以降の予測について話していきましょうか。
草野:正直、来年以降の予測が難しいなと個人的には思っていて。だって、宝鐘マリンさんと明石家さんまさんがコラボしちゃったんですよ? これ以上何が起こるというのやら……(笑)。
たまごまご:僕としては、企業がVTuberを守り、よからぬ人がしっかり検挙される流れが大きくなっていってほしいですね。
草野:たまごまごさんの意見にプラスするなら、企業所属だけでなく、個人勢も助けてあげてほしいです。法解釈が広がらないと厳しいはずなので、来年中とは言わないにしても、守る範囲は広がってほしいですよ。守られてしかるべき人が「企業に所属してるか否か」だけで変わってしまうとなると、それはおかしいじゃないですか。一例ですが、天開司さんがその壁にぶつかっていたはずです。
たまごまご:たしか、アクセスプロバイダに対する発信者情報の開示請求までいけなかったんですよね。
ご報告https://t.co/L1v1GQ5B8U pic.twitter.com/B9w5Xwi1Ek
— 天開司🎲バーチャル債務者Youtuber (@tenkaitukasa) February 6, 2024
草野:情報を集め出した時期が悪かったとは本人の弁でしたが、それにしても「救ってやってくれよ」とはすごい思ってました。
浅田:そうした相談ができる道が、個人勢に開かれていない可能性もありそうですよね。法的なトラブルなどを、誰でも気軽に相談できる環境を整えれば、個人勢はもちろん、駆け出しのスタートアップなども助かるはずです。誹謗中傷への対応は、VTuberに限らずインターネット社会全体の課題となっていて、対策については今後も加速していくでしょうし、動きが止まることはないと見ています。
草野:次は自分の予測ですが、国内における視聴者予備軍が、そろそろ枯渇する予感がしています。来年ではないけど、2〜3年後にレッドゾーンが来そうだなと思うんですよ。嵐やSMAPのような「みんな知ってる」レベルにまで星街すいせいさんや宝鐘マリンさん、月ノ美兎さんや葛葉さんが至ったとき、どうするんだって。
そうなった時に活躍の場や面白いものをシーンから生み出すために何が必要かと言えば、3Dスタジオやそれこそ『VRChat』の活用にあるかと思います。リスナー側に対する要求値はすごく高くなるとは思いますが、『VRChat』でのグリーティングが特別なイベントではなく、普段の配信からできるようになったら、めちゃくちゃ面白いなと思います。
たまごまご:やっぱり、会いに行きたいですもんねえ。2017年の電脳少女シロさんの配信で、ファンがVR空間で触れ合えたのを思い出します。
草野:『VRChat』は、多分VTuberが打てる“リーサルウェポン”だと思うんです。例えば、ゲーム配信をしているストリーマーにリアルタイムで直接会いに行くことは、ゲーム上でそういった仕様がない限りはほぼムリじゃないですか。例えば、シンガーの三浦大知さんもゲーム配信をしているんですが、実際には会うにはライブやイベントに行くほかない。でも、もし三浦大知さんが配信している姿をVR空間で見れたりできれば、ファンとしてめちゃめちゃ面白いですよね。
リアルの芸能人である三浦大知さんを、3D空間で活動できるように準備するのはちょっとコストがかかるはずです。しかし、いま活動しているVTuberだったら、そのハードルはもう少し低くなるだろうなと。2~3年以内に、『VRChat』で気軽にVTuberへ会いに行けるようになればもっと面白いですし、『VRChat』の裾野ももっと広がるはずです。なにより、多くの人が本来想定していたVTuberの姿ってそういった側面があったはずですよね。
浅田:2018年当初夢見ていた光景が、今ようやく実現しかけているのは、たしかに。しかも、想像していなかったルートから開拓されようとしている。
草野:そしてもうひとつ、まったく逆のアプローチとしては、レギュラーのテレビ番組を作るところまで進む手があります。今年はレオス・ヴィンセントさんなど、番組のワンコーナーぐらいは任せられる段階に来ているので、実現してほしいところです。
たまごまご:ここまでタレントとして認められる世界になったのなら、徹底して「タレント」としてやってみてほしいですね。
草野:その路線もありつつ、星街すいせいさんのラジオ番組にあるVTuberを取り上げるコーナーのようなものが、バラエティ番組のワンコーナーにまで昇格するのも面白いはずです。それ以外は東京ドームのライブや、楽曲がめちゃくちゃバズる、といったルートがあるくらいですね。
――先ほどの明石家さんまさんの件もそうですし、YouTubeからより公共の媒体へ進出する流れは増えていくでしょうね。
草野:『VRChat』との接続か、よりマスな方向へ進むか、どちらかが流れとして出てきたら面白いなと思います。
浅田:マスな方向といえば、来年こそ紅白歌合戦に星街すいせいさんの名が連なってほしいですね。
草野:にじさんじの緑仙さんとともに2人は「COUNTDOWN JAPAN」の出演が決まりましたし、無きにしもあらずですね。野外フェスに「RIOT MUSIC」の松永伊織さんやおめがシスターズさんが出演していますし、今後は「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」や「サマーソニック」、「FUJI ROCK」に出る可能性もあると思います。
たまごまご:VTuberっていう壁がなくなってきたのは嬉しいな。ずっと望んでいたことが実現しつつあります。星街すいせいさんの『ビビデバ』のMVも、シンデレラにならず外に飛び出していくかなり攻めた内容でしたし、挑戦しているのかもしれませんね。
草野:星街すいせいさんが「バーチャルアイドル」と名乗るようになったことも、自分の中では一つのメルクマール(指標)というか、彼女が背負うものの意味合いを感じています。「そうか、あなたがVTuberっていう言葉をやめるんだ」っていうところに、メッセージを感じずにはいられなかったですね。
VTuberから“バーチャルな一般人”へ
浅田:僕は正直、今年見てきたものが、去年の予測を五段階ぐらい乗り越えるようなウルトラCの連発で、正直来年の予測なんてできないです(笑)。
草野:自分と一緒じゃないですか(笑)。
浅田:『VRChat』がこのぐらいの広がりを得るにはあと3年ぐらいはかかると覚悟していたのに、1年で飛び越えていきましたから。なので、『VRChat』方面に対しては一周回って、いまある慣性に流されるまま進んだ結果を観測してみたいですね。なんなら、プレイヤーとしての参加も検討したい。
逆に、VTuberについては、今年は大きな卒業が増えて、転生も多く見られ、そんな中ホロライブが「配信活動終了」を設けた動きを見ていて、バーチャルタレントの「その先の在り方」がもう少し増えてもいいかなとは思いました。個人的には、「バーチャル一般人」の概念が芽生えてほしいですね。
草野:一般人、ですか。昨年の座談会でも「VTuberという言葉が融けてなくなる日が来るかも」という話をしていて、「VTuberという呼ばれ方」についていろいろとお話しましたね。
浅田:序盤に述べた「VRChatユーザーのVTuber宣言」は、『VRChat』で活動していたローカルな人が、YouTubeというステージで活躍するタレントを目指す流れを意味します。リアルにおける、一般人がタレント・芸能人を目指す道と同じですよね。
では、その逆はなにかと言えば、いま活動しているバーチャルタレントが、タレント業を辞めて、「ただの人」になることだと思います。このルートは、VTuber業界にもうちょい広まってほしいなと思うんです。
そうしたあり方の実現には、『VRChat』は別に必須ではなくて、究極Xのアカウントひとつあれば実現できると考えています。僕が唯一の“推し”と定めたVTuber・由持もにさんは、たまにしか配信せず、基本はXでの存在が確認できるのですが、それでいいんですよ。ごく普通の人が、たまに趣味で配信する、そうした存在がもっと増えていいはずなんです。
引退とか転生とか、「配信活動終了」とか、実は必要ない。一般人というあり方が増えれば、こういう存在でいることが、『VRChat』ユーザーのようにより気軽になるはずです。
もちろん、あり方を厳密に縛ることで、すごいものが作れるというケースもあると思いますが、ちょっと疲れた時に「タレント一回やめてゆっくりする。でも存在は残す」って選択肢があっていいはずです。
リアルの芸能人だって、タレントを辞めた後に、存在ごと消えるわけじゃなくて、あくまで芸名とそれに紐づく活動が一旦フリーズするだけで、存在は続くし、普通に生活しますよね。“元VTuber”と「そういえばあなた、昔あの配信企画やってた人だよね」みたいな会話を「ポピー横丁」でする未来が増えたらいいなぁと願っています。
草野:別の考え方ですが、大枚をはたいてLive2Dモデルや3Dモデルを準備し、「よし、やるぞ!」とVTuberをするというよりも、『IRIAM』や『REALITY』で簡易的に、気軽に活動するような流れはもう少し広がってほしいですよね。
浅田:そうですね。それくらいがちょうどいいのかもしれません。普通の主婦がアプリ製のアバターをまとって、夕食作りながらおしゃべりしている、みたいな。
草野:そういうフィーリングはより広まってほしいですね。自分も「タレント」という言葉を使っていますが、もうちょっと肩の力を抜いてもいいんじゃないかなって。ただどうしても、オーラをまとった“活動者”という感じがしちゃうじゃないですか。
たまごまご:たしかに、そうなってしまうとうかつにできるものではないですよね。なんというか、名物視聴者的な捉え方ですよね。それはメタバースの基本的な考えの、一番大事なところかもしれません。みんなアバターをまとって、みんなバーチャルになることが出発点だったような気もしますよね。
草野:もちろん、そうした才能を持つ人もいるので、「そういうやり方を無くせ」などというつもりは一切言わないです。でも、それこそ視聴者も「バーチャル一般人」として存在できるようになれば、誤解なくこのフィーリングが広まるだろうなとは思いますね。
浅田:『VRChat』界隈でも、「何者かになる」は大きな議論として浮上するテーマですね。クリエイターやパフォーマーが比率的に多い環境なので、それを見ていると「私もなにかにならなきゃ」と、半ば強迫観念に駆られる人は少なくないです。でも、別に何者かにならなくてもいい時ってあるはずなんですよ。VTuberだってそうだと思うんです。目標を達成したから、いったん何でもない人に戻ってもいいやって言える空気が、この業界にも芽生えていくといいですけどね。難しい問いですが。
草野:なんというか、インターネットカルチャーから反逆しないと無理でしょうね。基本的に、インターネットカルチャーでは創作者がとても強く、どうしても目に留まります。「私も何か作ってみたい」と思って配信者になると、「何者かにならなきゃ」って考えるのは当たり前だと思うんですよ。
たまごまご:趣味で始めたはずなのにね……。
草野:ここに承認欲求などが混ざると、さらに複雑になってきます。というか、承認欲求を満たしたいみたいな欲求を抱えたひとが、配信者になったり、動画投稿をしてみたりする人が、圧倒的に多いはずですよね。これはVTuberに限らず、インターネットカルチャー全体に言えることだと思いますが。
浅田:なんなら、「ニコニコ生放送」が生まれた時代から、おそらくあった話ですよね。
草野:「インターネットでクリエーションしなきゃ」という思いからくる、永遠に解決されない問題だとは思います。
浅田:実際、様々なカルチャーが進展するごとに生まれてきて、永遠に解決はしないものの、一定の落とし所もどこかにあるはずです。この業界においても、どこかで落とし所が発明されていくんじゃないんですかね。