接続した『VRChat』とVTuberの世界 3人の識者が振り返る、2024年のバーチャル業界(後編)

識者たちが振り返るバーチャル業界(後編)

 今年も様々なニュースが飛び交ったバーチャルタレントシーン。新たなタレントが才能を見せつけたり、意外なプラットフォームが注目されたり、はたまた長年活躍してきたタレントが活動を終えたり……。出会いも別れも多かったこの一年。シーンを観測し続けるライターたちは、この一年の変化についてどう感じているのだろうか。

 リアルサウンドテックでは3名の有識者ーー草野虹氏、たまごまご氏、浅田カズラ氏が語り合う座談会を企画。前編〜中編ではおもにVTuberを中心とした「バーチャルタレント業界」について振り返った。

 今回の後編では、ソーシャルVRをはじめとするXR業界について振り返りつつ、来年以降のバーチャルシーンにおける思いや予測を語ってもらった。

〈参加者〉

大爆発した2024年の『VRChat』界隈

VRChatで偶然出会った謎の生命体に、腹筋を壊されるスタンミじゃぱん【VRChat】

――それでは来年以降の予測に入る前に、『VRChat』関連のお話もうかがえれば。

たまごまご:今年、大爆発したのは間違いないです。

浅田:前編の冒頭で草野さんがおっしゃったように、「外側から見るとそれほどでもない」はその通りなんですが、内側から見た時にこれ以上に盛り上がったタイミングは、おそらく過去に類を見ないですね。

僕はこの一年、『VRChat』現地で動向を観測していましたが、人気ワールドの「FUJIYAMA」がピーク時には一日に最大3万人も訪れるワールドになるなど、人口が急増しました。それほどの新規層が流入してきたわけですが、タイミングはスタンミさんの『VRChat』配信がスタートした頃と見事なまでにリンクしています。

たまごまご:この爆発も偶然の産物ではなく、VTuberのエンジンかずみさんが1対1の会話ができるワールド「NAGiSA」を作り、そこにスタンミさんが行き、トコロバさんと出会って大きな話題になった、というように色んなことが連なっていますよね。

また、スタンミさんは『VRChat』を「生活をする場所」として発信していたこと、誘導がしっかりと機能していたのも大きいでしょうね。『VRChat』に対し「なんとなく難しそう」「エロい女の子のアバターがいっぱいいる場所」といった偏見を持っていた人たちに、「みんなでおしゃべりして楽しむ場所なんだよ」と広げていってくれたことで、多くの新規ユーザーが来たのかなと思います。

 その見せ方も秀逸で、スタンミさんって企画を練るときに何十本もの企画書を作るみたいなんです。その企画力が、トコロバさんとの物語に繋がったのかなと。

〈参考:KAI-YOU Premium

浅田:これまでの『VRChat』は、さまざまなカルチャーがあるうちの一部分しか注目されていないという事情もありましたからね。「妙なイベントをやっていたり、センシティブなアバターで遊ぶ人たちがいる奇妙な場所」と見る人も少なくなかったはずです。

 ただ、今年はその流れが徐々に変わっていきましたね。スタンミさんの登場は決定打ですが、その前段階として、ビッグネーム主催のイベントが続いたことが大きいはずです。2021年の冬からサンリオ主催イベント『SANRIO Virtual Festival』が3回開催されてきましたし、2024年にはTBS主催音楽イベント『META=KNOT 2024 in AKASAKA BLITZ』が開催されました。

 全4日間開催されたこのイベントには、キヌさんを筆頭としたVR発アーティストだけでなく、長瀬有花さん、somuniaさんといった気鋭のバーチャルアーティスト、春猿火さん&幸祜さんや名取さなさんといった著名なバーチャルアーティストが出演しました。TBS発バーチャルアーティスト・猫 The Sappinessさんもデビューするサプライズつきです。

Week4【META=KNOT 2024 in AKASAKA BLITZ】

 このライブを見るために『VRChat』に足を運んでみたという人もいれば、寝かせていたアカウントで再訪した人もいたと思うんですよね。時期的にも新生活シーズンの4月でしたから、新しいことを始めようと、VRヘッドセットを買い始めた人もいたのではないでしょうか。

 こうした複数の土壌が重なっていた中に、満を持して現れたのがスタンミさんでした。そのスタンミさんも、最初は「奇妙な場所」として興味を持ったと思います。しかし、すぐに自らの目で確かめに行き、ほどなくしてそこにいる人・場所の純粋なおもしろさに気づいて、その発掘や発信のために走り出したのが大きいですね。

たまごまご:初心者の時期を抜け出してからは、他の人を巻き込んだり、誘導したりするアクションをとっていることも、スタンミさんの特徴ですよね。自分で咀嚼し、飲み込んでからは、「これ面白いよ」だけでなく、「こんなすごい人がいるよ」と紹介し、「僕がやり方を教える」と誘導している。『VRChat』を始めた著名人としては、今までになかった動きですが、本気でここに愛情を感じているからこその動きゆえに、多くの人の支持を集めている印象です。

浅田:スタンミさんのファン層も『VRChat』と相性がいいんですよね。ストリーマーのファン層は、彼らが遊ぶPCゲームを遊べるだけのスペックを持つゲーミングPCを持ち、『Steam』をインストールしている確率は高めです。

 これだけそろっていれば、HMDを所有していなくともデスクトップモードで最低限のスタートを切ることは容易です。僕が出会ったスタンミさんがきっかけの新規プレイヤーの中にも、「とりあえず行ってみたら、おもしろかったのでVR機材も買った」といった経緯でハマった方がいらっしゃいました。

 加えて、この時期にスタートした新規層は、ゲーム中にDiscordで会話する習慣があるおかげか、音声コミュニケーションに積極的な方が多いですね。フランクな対話にも慣れていることも多く、ゆえに『VRChat』でのコミュニケーション、とりわけタイミングよく登場した「NAGiSA」との相性は抜群です。何時間も滞在し、「楽しすぎて数日徹夜した人」にも出会ったくらいです。

たまごまご:そのコミュニケーション能力の高さを活かしてか、アバター改変などの情報を集めて、スキルアップしていく速度も早いですよね。便利なツールの登場によってハードルが大きく下がっているのも追い風ですが、そうしたテクニックを教わる能力が高いことで、始めてから3日でちゃんとしたアバター改変ができていることもめずらしくないですよね。

浅田:テクニックやツールのハウツーが、WEB上に充実してきたことも大きいですね。検索エンジン経由でそうした情報にアクセスしやすくなっているし、そうして得た情報をベースに質問もしやすいはずです。

 重ね重ねになりますが、あらゆる要素が成熟したうえで重なり合ったタイミングで、大きく外へ発信する人が現れたことで、大きく間口が広がったのが2024年の『VRChat』界隈です。VTuber業界で例えるなら、にじさんじが一気に勢力を伸ばした2019年前半くらいのインパクトが起こったのかなと。

たまごまご:メジャーカルチャーからすれば小さな炎ですが、この炎は大きいですよ。

飛び込んだ新規層に、「続けるカギ」をどう提示するか

【スタンミドッキリ計画!!】弟者,スタンミ,k4senの「VRChat」【2BRO.】

浅田:一方で、さらなる拡大には懸念点もあります。VTuberの場合、ハマり続けるには気に入ったタレントのチャンネルに通い続ければ、基本的にはOKです。にじさんじやホロライブが伸びたのは、グループ全体に多くのタレントが所属していて、一人でも気に入ったらコラボ配信を見ることで、さらにお気に入りタレントが増えていく流れを早期に組めたことが大きいですよね。「箱推し」という概念はまさにその象徴です。

 でも、『VRChat』はいざ入った後に、“その先どう過ごしていくか”を探すのは意外と難しいんですよね。

たまごまご:友達ができればどっぷりとハマっていきますけど、できなかった場合はそのまま去ってしまうケースが多いですよね。とはいえ、先ほど話に挙がったグリーティングのような、特定のイベントのときだけ訪れるライト層も今後増えていくとよいですよね。

浅田:もし友達ができたとしても、その友達がこれから先ずっと『VRChat』を続ける保証はないですからね。実際、今までも大きなイベントのタイミングだけログインする人はいましたし、まず最初はテーマパーク的な場所として見てもらうのが、始める最初のきっかけとしてはちょうどよいのかなと思いますね。

 話を戻すと、長く『VRChat』を続けるためには、現状では「コミュニティに属する」か「一人でも楽しめる趣味を内側で見つける」かが重要なカギになります。自分のたまり場を作る、または見つける、あるいは創作拠点とする、といった具合ですね。特に、クリエイティブ領域に踏み込むと、創ること自体が目的となって、逆に人と出会わなくても長続きする可能性もあります。

 こうした話をするのは、今年入ってきた新規層、特にスタンミさんがきっかけの新規層がこのあと、「VRChatでこの先なにをするか」を考え始めるフェーズに差し掛かると予測されるからです。「この先」が見つからないと、友人との縁の切れ目が離脱タイミングになるでしょう。

 そのヒントとなるアイデアを既存ユーザーやメディアが提示するのか、新規層の間で一つの文化が育まれるのか、どちらに転ぶかは読めないところです。とはいえ、フレンドになった新規層のユーザー動向を見ていると、なんとなく新規層で固まった場所やイベントができつつあるような印象もありますね。

たまごまご:それはいいことかもしれませんね。新しいイベントやコミュニティが生まれないと、新陳代謝が起こらず、場所として淀んできてしまうでしょうから。

浅田:既存の人気イベントが、参加定員に対して参加希望者が多くなっていることも大きいでしょうね。特に、スタンミさんが配信で訪れたイベントは、参加倍率が跳ね上がっていると聞きます。そうなると、「入れないなら自分たちで作るわ」と考える動きも出てくるでしょうし、その動きがどこまで継続・洗練されていくかがカギかなと思います。

たまごまご:成長が急に来たからこその成長痛がある段階ですね。とはいえ、僕はこの状況は楽観的に見ています。そもそも人がいなければどうにもなりませんから。

浅田:こうした『VRChat』界隈の動きは、VTuber業界のこれまでの動きと相似形になるんじゃないかなと、個人的には考えています。やってくる者もいれば、去る者もいる。スクラップ&ビルドが重なり、プレイヤーもどんどん入れ替わるはずです。

たまごまご:「黎明期から6〜7年経って、活動を終えていくVTuberが増えている」という前半の話とシンクロしているように感じます。

浅田:そして、VTuberと合流していく可能性も十分にあり得ると思います。

たまごまご:VTuberも普通に『VRChat』をうろついていたりしますからね。結構名前の売れているVTuberの方を、人気ワールドで見かけることも多いです。

浅田:そして、ここから何が起こるかは、VTuber業界を眺めていた人間にとっては割と予測がつくのかなとも思っています。なので僕は、『VRChat』にいる人に「VTuberの歴史を把握しておくとよいですよ」とたまに言っていたりします。杞憂している方に対しては、「なるようにしかならないし、そんな悪いところには行かないよ」とも。

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