カニエ・ウェスト、リンキン・パーク、SEVENTEEN……世界的アーティストも導入、生成AIが変えるMV制作の現在地と注目の新進気鋭アーティスト

 音楽業界は常にテクノロジーの革新と共に発展してきた。そのような歴史がある中でこの業界は近年、生成AIの登場により、新たな転換期を迎えている。この分野では、これまでに音声変換や音源分離といったものから、音楽自体を生成する作曲AIがすでに登場しており、大きな注目を集めている。

 こうした大きな変化が起こりつつある中で、最近、音楽業界では、MV制作の分野においても生成AIがもたらすクリエイティブな可能性に注目が集まっている。このような業界の動向を踏まえて、本稿では海外の大物アーティストや国内の注目アーティストの事例を紹介しながら、MV制作におけるAI利用の可能性を探っていきたい。

 生成AIを活用したMV制作はまだ発展途上の段階にあるが、高度な画像や動画を作成できる生成AIツールの登場により、MV制作の敷居自体は着実に下がった。

 その制作手法は多岐にわたるが、例えば、画像生成AIのMidjourneyやStable Diffusionは静止画生成に優れ、RunwayやKaiberは動画生成を得意としている。これらのツールを組み合わせることで、手軽にMVが制作できるだけでなく、従来では実現が難しかった視覚表現が可能になるなど、アーティストのクリエイティブなビジョンを反映しやすくなった。

 しかし、一般的に知られる有名アーティストが生成AIを活用してMVを制作した事例はまだ少ない。一方で海外ではすでに一部の先見性のある大物アーティストによって生成AIがMV制作に用いられている。その代表的な事例を見ていこう。

 K-POPグループSEVENTEENの「MAESTRO」MVは、AIで何でも作り出せる仮想のディストピア世界観をコンセプトにしたものだ。本編に先駆けて公開されたティーザー動画では、映像の一部(オーケストラが楽器を演奏するシーンや背景などで使用されていることが予想される)がAIを利用し制作されたことが明示されており、そのコンセプトを楽曲の世界観と巧みに融合させている。

SEVENTEEN (세븐틴) 'MAESTRO' Official Teaser 1

 一方、ピーター・ガブリエルは、Stability AIと提携し「Peter Gabriel/Stability AI #DiffuseTogether」というMV制作コンテストを開催。参加者はStable Diffusionを使用して、ピーター・ガブリエルの楽曲からインスピレーションを得たオリジナルのアニメーション作品を制作した。コンテストで入賞した作品は、実際にピーター・ガブリエルの新作アルバム『i/o』収録曲の公式MVとして公開されている。この試みは音楽業界におけるAIを活用したMV制作の可能性を示すものとして多くのクリエイターや音楽関係者に大きな影響を与えた。

Peter Gabriel - The Court (Dark-Side Mix) (Junie Lau Official Video)

 今年7月に新メンバーを迎え、再始動した人気バンドのリンキン・パークも、Kaiberを利用してアルバム『Meteora』時代の未発表曲「Lost」のMVを制作。楽曲の世界観を忠実に再現した美しくもダークなアニメーション映像が話題を呼んだ。また、メンバーのマイク・シノダは、自身のソロ作品「In My Head」でもKaiberを利用した独創的で印象的なMVを公開している。

Lost [Official Music Video] - Linkin Park

 さらにイェことカニエ・ウェストとタイダラー・サインによるユニット「¥$」の「Vultures (Havoc Version)」のMV(先行して映像の一部がアルバム『Vultures』シリーズの予告編として公開)では、Midjourneyでイメージ画像を作成し、Runway Gen-2でアニメーション化するという手法が用いられた。これにより楽曲の雰囲気を反映した奇妙で不気味な映像が視覚化されている。

¥$, Ye, Ty Dolla $ign - Vultures (Havoc Version) feat. Bump J & Lil Durk

 ちなみに生成AIの活用は、最近ではMVだけでなく、ライブパフォーマンスやそのPR活動にも広がっている。ザ・ウィークエンドは、今年9月で開催したブラジル・サンパウロコンサートのライブストリーミングの宣伝用にGoogle Veo、Luma Dream Machine、Midjourney、Runway Gen-3など、複数のAIツールを駆使してトレイラー動画(現在は非公開)を制作している。また、かねてからAIに好意的な発言を行ってきたグライムスも、コーチェラ2024のライブ演出で、Kaiberとコラボレーション。AIによる幻想的な映像と音楽を融合させた没入感のあるライブ体験を観客に提供している。

 さらにマドンナも最近行った北米・ヨーロッパを廻る「The Celebration Tour」で、Runway(Gen-1およびGen-2)を使用し、ライブで披露する曲の雰囲気に合った幻想的な背景映像を制作。これにより、パフォーマンス全体を視覚的に強化し、観客に新たな体験を提供することに成功している。

 こうした潮流の中、国内において注目を集めているのが新進気鋭のアーティスト、magicHourだ。20代ながら作詞家、作曲家、音楽プロデューサー、サウンドエンジニアとして多彩な才能を持つmagicHourは、クラシカルピアノから80年代ファンクやディスコ、ロック、さらには現代のヒップホップやクラブミュージックの影響も受けたジャンルにとらわれない独自のサウンドが持ち味。その楽曲は、Spotifyの人気プレイリスト『キラキラポップ:ジャパン』にも追加されるなど、高く評価されている。

 そんなmagicHourは、MV制作においても生成AIを活用した先進的なアプローチを展開。これまでに公開されたMVは全て全編AI生成画像により構成されている。

 例えば、今年2月にリリースされた1stシングル「Feel The Same」では、AI生成画像を元にしたサイバーパンク的なアニメーションが特徴的で、シンセウェイヴ風のレトロな楽曲の世界観を視覚的に表現している。

magicHour - Feel The Same [MV]

 また、今年7月にリリースされた4thシングル「City of Desire」では、さらに一歩進んだ表現が見られる。このMVでは、登場するキャラクターのダンスシーンに、モーションピクチャー的なムーブを取り入れ、それまでのアニメーションを基調としたMVにより動的な視覚表現要素が加えられている。

magicHour - City of Desire [MV]

 最新作となる今年9月にリリースされた5thシングル「Alright」では、さらに革新的な表現手法を導入。AIで生成されたキャラクターの動きと、同様の動きをする実写映像との切り替えを演出に取り入れることで、現実とデジタルの境界を曖昧にするかのような世界観を実現している。この手法により、視聴者は現実と仮想の世界を行き来する独特の体験を味わえる。

magicHour - Alright [MV]

 このMV制作アプローチの変遷は、magicHourが単にAIを使用するだけでなく、その可能性を積極的に探求し、MVの表現手法を拡張していく姿勢を示している。各作品で異なるアプローチを試みることで、生成AIを活用したMV制作の新たな可能性を切り開いていると言えるだろう。

 では、生成AIのMV制作への活用は、アーティストに具体的にどのようなメリットをもたらすのだろうか。そのひとつとして、まず、制作の効率化が挙げられる。短期間で高品質なMVを制作できるようになったことで、アーティストやクリエイターは自身の創造性をより迅速に視覚化することが可能になった。次に表現の幅の拡大がある。従来の映像制作では実現が難しかった表現が可能になり、アーティストの想像力の限界を押し広げている。さらに創造性の刺激という面も重要だ。新しいアイデアを視覚化し、作品に深みを与えることで、アーティスト自身の創造性もより刺激されるようになった。例えば、映像の高度なリアルタイムモーフィングなど、AIならではの映像表現の可能性を追求するアーティストも今後は続々と登場するはずだ。

 一方で、著作権や倫理的な問題など、生成AIの活用には新たな課題も浮上している。AIが生成した映像の著作権帰属や、AIによる既存作品の模倣などは、今後さらなる議論が必要となることはすでに周知の事実だ。

 しかしながら、AIの利用を明示することで新たな表現を生み出す例も見られる。現在、YouTubeやInstagramといったプラットフォームは、生成AIを用いて作られた動画にラベルを付けることを義務付けしている。しかし、先述のSEVENTEENの「MAESTRO」MVのように、AI利用を予め明示することで楽曲の世界観に合わせたストーリー性のあるMVを公開するなど、ルールを逆手に取った人間ならではのクリエイティブな表現も生まれている。このことはAI利用に伴う制約を創造的なチャンスに変える、アーティストの柔軟な発想力を示している。

 生成AIの登場により、MV制作は新たな時代を迎えている。今後、生成AIを活用したMV制作はさらに進化し、音楽業界に大きな変革をもたらすことが予想される。AIと人間の創造性がどのように融合し、新たな表現を生み出していくのか。そして、その可能性に着目するmagicHourのような若いアーティストたちが、この新しい表現手法をどのように発展させていくのか。引き続き動向に注目していきたい。

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